第63話 悪夢の夢オチ作戦

-帰還当日 夕方

@ノア6 居住ブロック


 俺がノア6へと帰ってきた当日。俺はさっそく、捕まえて来た娘達の洗脳計画に着手した。と言っても、怪我してた娘はまだ眠っているので、そちらはまた後日になるが……。


 ロゼッタと共に、捕まえた二人を閉じ込めた部屋の前に来ると、ガスマスクを着ける。これは、俺たちの正体を隠す為だ。特に二人の内一人は、今後の都合上とても恐ろしい目に遭ってもらう。

 洗脳に成功したとして、今後俺たちの顔を見る度にビクビクされても困るからな。


『着けたか、ロゼッタ?』

『はい、問題ありません』

『よし、行くぞ』


 部屋に入ると、一人は睨みつけ、もう一人は怯えた目を向けてくる。


「何? 食事ならそこに置いて、さっさと出てってッ!」

『……ここまで気が強いとはな。おい、抑えろ』

『はい』

「何の用!? ッ、来ないで! ……くっ、離せっ!!」


 ロゼッタが、赤毛の女を抑える。報告では、ジュディという名前らしい。ジュディは碌な抵抗をすること無く、ロゼッタに腕を拘束された。恐らく、実力差を理解しているのだろう。ロゼッタに何度か挑んだらしいからな。

 俺は、もう一人のカイナという名前の娘に近づいていく。相当怖いのか、俺が近づくなり後退あとずさり、部屋の隅で固まってしまった。俺はカイナの腕を掴むと、部屋の外へと引きずって行く。


「……ぃゃ……いやぁ!!」

「おい、カイナに触るなッ! ……ッ! 離せッ、離してッ!!」

『おい、そいつは例の部屋へ連れていけ』

『了解しました』

「くそッ! カイナ、大丈夫だから! 絶対に何とかするからッ!!」



 * * *



-数分後

@ノア6 居住ブロック:別の部屋


 俺は、居住ブロックの個室を改造した部屋へと、カイナを連れて来た。この部屋は、さっきまで二人がいた部屋と大差ないが、カイナを精神的に追い込む仕掛けを仕込んである。


『入れ』

「ヒィ! ……は、はいッ!」


 カイナは怯えた声を上げると、いそいそと部屋の中へと入って行った。


『……2日だ』

「えっ?」

『じゃあな』


 俺は、部屋のドアを閉めてロックを掛ける。後は、何日か放置しておけばいいだけになるだろう。これは楽ちんだ。

 もう一人……ジュディと言ったか。そっちの洗脳に向かうとしよう。ロゼッタも準備できてるだろうしな。



   *

   *

   *



「……ジュディ、怖いよぅ」


 突然、あの怖いマスクの人達がやって来て、ここに連れて来られた。何の目的があって、こんな事をするのかわからないが、とにかく怖い。ジュディとも、離れ離れになってしまったし、これからどうしたら……。


 部屋の隅で震えていると、突然部屋の壁が明るくなり、あのマスクの人が映し出された。


『ようこそ、哀れなさん』

「ヒィッ! な、何!? 何なのッ!?」

『この部屋の説明をします。基本は、さっきまでいた部屋と変わりません。ですが、以前のように食事は運ばれて来ません』

「……」

『……テーブルの上にある食事を、食べたい時に食べて下さい。それではまで、ごきげんよう』


 突然の事に驚いた。壁に映像が映るなんて、まるで昔観に行った映画館のようだった。これも、似たようなものだろうか? 崩壊前は、壁に映し出された映像を楽しんでいたらしいが……。

 言われた通り、机の上には缶詰などの食料が置いてある。しばらくは困らないだろう。


 それにしても、さっきなんて言った? とても穏やかじゃない。死刑囚……最期……この部屋に連れて来た男は、2日と言っていた。ま、まさか──


「私は、あと2日で殺されるッ!?」


 そんな、嫌だッ! 死にたくないッ!! 何故、自分が殺されなくてはならないのか!?

 アレか? 狼旅団……野盗の一味だと思われているのか? だが、ちょっと待って欲しい! 確かに、狼旅団には入っていたが、まだ新入りだ。やった仕事といえば、アジトの警備位のもので、野盗らしい事はまだ何もしてない!!


 それに殺すよりも、犯罪奴隷として売った方が得なはずだ! 女だから、自分は高く売れるはずだ! ……売られる自分は、金持ちの性奴隷として扱われるだろうが、それでも死ぬよりかはマシだ!!


「ねぇ、待ってッ!! 誰かッ! 誰かぁ!!」


 気がつくと、狂ったようにドアを叩き、先程の男を呼び戻そうとしていた。話を聞いてもらう為に……自分が生き残れる活路を見出す為に……。

 だが、声を枯らして叫び続けても、ドアが開かれることは無かった……。



 * * *



-ヴィクター帰還より2日目 朝

@ ノア6 施錠された個室


 気がつくと、床の上だった。ドアの前……あれから叫び疲れて寝てしまったようだ。

 腹が減ったので、テーブルの上の食料を食べようとしたが、昨日と同じように、壁に何か映し出されているのに気がつく。


[35:52:56]


「これは……時計?」


 壁には、デジタル式の時計が映し出されているようだ。だが、様子がおかしい……。


[35:52:48]


「時間が……減ってる!?」


 壁の時計は、秒単位で時間が減っていた。まるで何かのタイムリミットを示すかのように……。


「あ、あぁぁぁ!! ま、まさか……まさかッ!? いや、嫌ァ!!」


 昨日の言葉を思い出す。恐らくこれは、私の処刑までのカウントダウン……私の生きられる時間なのではないか!?


「止まって! お願い、止まって下さいッ!!」


[35:51:32]


 当然、止まるはずが無い……。頭では分かっていても、何か動いていないと耐えられなかった。脚はガクガクで、心臓はバクバク、歯はカチカチだ。そんな時、昨日と同じように壁に映像が映し出された。


 愉快な音楽と共に、映像が流れ始める。そうこうしている間も、カウントダウンは進んでいくので、映像を見ている場合では無いはずなのに、その映像からは目が離せなかった。……何故なら。


[〜♪ 処刑と拷問の歴史 Ep.1 ♪〜]

『……優美にして精巧。冷酷なまでの機能性。目的はただ一つ……命を奪う事……』


 ……そう、とても他人事では無かったからだ。



 * * *



-翌日(帰還より3日目) 朝

@ ノア6 施錠された個室


 昨日はあれから、壁に映される映像に釘付けになり、発狂寸前だった。映し出される映像は「処刑と拷問の歴史」だったり、「死ぬ瞬間」「生と死」「死後の世界特集」などなど、死を意識させるようなものばかりだったのだ。

 夜中は映像は流れなかったが、とても眠れるものでは無かった。そのせいで、自分の人生について色々考えてしまった。


 思えば酷い人生だった……。物心ついた頃には、孤児院にいた。聞いた話では、私を産んだことで母は病死し、父は発狂して蒸発……そして私は、孤児院である教会の前に捨てられていたらしい。

 10歳くらいの時に、神父にその話を聞かされた。……正直、ショックだった。

 それくらいの頃だろうか? お調子者で、陽気な性格を演じるようになったのは……。確かに、この性格を演じるようになってから、友達も増え、周りの人達と仲良くできるようになって、毎日楽しかった。


 だが、孤児院を出てからは過酷だった。碌な仕事は見つからず、毎日食べていくのでやっとの生活だった。結局、野盗という何の役にも立たない、世間の爪弾き者になってしまった。

 こんな人生……大したことない。別に死んでしまってもいいじゃないか……。

 そう考え出した途端、心が楽になった。朝になって、再び壁に映像が映し出されるが、怖いはずの映像もどこか達観した気分で観れるようになっていた。


[……こうして、終末期医療の権威である博士は──]


 確か、今流れているのは「死後の世界特集 その2」だったかな? 机の上の食料を食べながら、映像を見る。


[──死ぬ瞬間に時間が停止するという事を悟り、最期は錯乱しながらこの世を去りました]


「……」


 ああ恐ろしい……。錯乱して死んでいくなんて、自分はごめんだ。まあ自分は、今のように落ち着いた状態で、潔く死ぬつもりだが。

 死ぬ瞬間に時間が停止するのも……ちょっと嫌だな。出来るだけ、苦しまずに死にたい。首を絞められたり、痛めつけられるのは嫌だなぁ……。


[11:01:25]


 後、10時間近くか……短い人生だったなぁ……。



   *

   *

   *



[00:59:04]


(やっ、やっぱり嫌だッ! 死にたくないッ!! こんなの悔しいっ! まだ生きたいッ!! まだ17歳になったばかりだよ? これからじゃん、自分の人生!?)


 さっきまで大丈夫だったのに、残り時間が1時間を切ってから、急に生への執着心が芽生えた。芽生えてしまった!

 お陰で、今じゃ錯乱寸前だ。生き残る為、バカなりに頭を使って必死に考えるが、いい案が浮かばない。浮かんだとしても、あの不気味なマスクを倒して逃げるというような、非現実的な物しか考えられない。


[00:28:56]


(どうしよう、このままじゃ!!)


 そうこうしている間も、非情にも時間は進んでいく……。


「助けて、助けて下さい……! 何でも、何でもしますッ!! まだ生きたいんですッ!」


[00:02:58]


「あああああっ……止まって、止まって下さいッ!! 止まれ、止まれよォォォッ!! 嫌だぁぁぁぁッ!!」


[00:00:00]


──ジリリリリリッ!!


 時間がゼロになり、部屋中にけたたましい音が鳴り響く。そして、後ろでドアが開かれる音を聞いた瞬間、意識が遠のいていった……。



   *

   *

   *



『……時間だ、来い』


 カイナは、いわゆる女の子座りでぺたんと座り込み、壁の時計を見上げたまま微動だにしない。


『……おい、聞いているのか?』


 カイナの肩を掴むと、そのまま俺の方に後ろ向きに倒れてきた。顔を見ると、白目を剥いている……気絶したらしい。

 仕方なくカイナを担ぐと、用意してある部屋へと向かう。



 * * *



-数十分後

@処刑室(仮)


 カイナを処刑室(仮)へと運んだ俺は、特殊な椅子に彼女を座らせると、腕や足を固定していく。


 処刑室(仮)は、使っていない部屋を改装して作った、中世の拷問部屋っぽい部屋だ。壁紙を石レンガ風に貼り替え、血糊っぽいペイントを至る所に施し、天井に鎖や絞首用の縄を走らせている。また部屋の中には、よく見るような三角木馬的な奴やら、各種拷問器具っぽい物を置いてある。


 さらには、カイナを座らせた椅子の目の前に置かれている机には、ペンチやらナイフ、ハンマーなどが置かれている。何も知らずにここに連れてこられたら、相当ビックリするだろう……俺でもビビるわ、こんなの。


「ん、んん……。ッ、ここはっ!?」


 カイナが目を覚ましたらしい。それじゃあ、死んでもらうか……擬似的にだけど。


『目が覚めたか?』

「ひっ! あ、あああのあの……こ、ここは何ですか!?」


 カイナは部屋の中を見渡して、顔を引攣らせる。俺はわざとらしく、ペンチやらが並んだ机をカイナが見えるように、目の前に持ってくる。


『知りたいか?』

「ヒッ!? お、お願いします! 助けて下さいッ!!」

『ダメだ、お前は殺す』

「どうしてッ!? アジトの警備だけで、私まだ悪いことしてないんですッ!!」

『だから?』

「……へっ?」

『野盗には変わりないだろ? 第一、お前が悪いことしてないなんて、証明できないだろうが。……じゃあ、死のっか?』

「ま、待って! 待って!! こ、殺すより、犯罪奴隷にした方がお得なんじゃ!?」

『いや、金に困ってないし』

「そんな!? 何でもします! 助けて下さいッ!!」

『ダメだ』

「そ、そうだ! 自分、まだ処女なんですッ! 私の身体、好きにしていいからッ!!」

『……』


 カイナは引攣った笑顔を浮かべながら、動かせない四肢に苦戦しながら、上体を倒して頑張って胸を寄せてアピールする。残念ながら、その程度じゃ俺は動じない。……が、このシチュエーションにはくるものがあるな。


「え、えへへ……ど、どうですか?」

『いや、女にも困ってない』

「……ゃ…嫌だぁ!! 死にたくないッ!!」

『諦めるんだな』


 俺は、姿見をカイナの前に置くと、カイナの首に金具を取り付ける。


「な、何コレ!? ま、まさか!?」


 カイナは、目の前の鏡を見て理解したようだ。部屋に流していたドキュメンタリー番組を、ちゃんと観ていたようだな。


「ガロット!? い、嫌だ! お願いですっ! せめて一瞬で死ねる奴にして下さいッ!! 苦しいのは嫌だぁ!!」

『ダメだ。死ぬまで苦しんで、しっかり罪を償え!』


 カイナが座っている椅子は、ガロットという、座りながら絞首する処刑器具だ。……見た目は。

 これにはちゃんとカラクリがあり、ちゃんと圧力センサーで首が締まり過ぎないようになっており、バイタルチェックができるようしてある為、安全に首が締まるようになっている。……安全に首を締めるなんて、矛盾を感じざるを得ないがな。

 また、意識が失われると、速やかに締まった金具が緩まるオマケ付きだ。安全ガロットと呼ぶことにしよう。


 一応、椅子の後ろには飾りのハンドルが付いてるので、ガロットらしく回しておくか。


「あっ……がっ……カハッ!? あぐっ……ぐぇ!!」


 ガタンガタンッと、カイナの身体が跳ねる。……実際には、そんなに首が絞められている訳では無いのだが、相当苦しそうだ。思い込みってやつかな?

 そんな事を考えていると、カイナは再び気絶したようだ。……バイタルは正常だ。次の段階へ移ろう。


 俺は、カイナを医療棟の病室へと運び、ベッドに寝かせる。病室に運び込んだのは、ロゼッタがノーラの世話をしているので、近い方が都合がいいからだ。もちろん、カイナとノーラは別々の部屋になるが。

 しばらくすると、ロゼッタがやって来た。ちなみに、もうガスマスクは必要ない。


「ヴィクター様」

「お、ロゼッタか。ノーラだっけ? あの娘はどんな感じだ?」

「昨夜、幻肢痛の対応をしたのですが、それ以降順調に信頼を獲得できているかと……」

「よし。大変だが、カイナも同時並行で頼むぞ」

「お任せ下さい」



 * * *



-数時間後

@医療棟 病室


「あれ……?」


 何があったんだっけ? とても怖くて、恐ろしい夢を見た気がする。それも、自分が死ぬような……。

 ……なんだか、手が温かいな。


「お目覚めですか?」

「ッ!? え、えっと……」

「随分うなされていましたよ?」


 声のする方を見ると、金髪の美しい女性がいた。どうやら、私の手をずっと握ってくれていたらしい。その優しげな笑顔に、思わず息を飲んでしまう。

 それにしても、この部屋は白い。全てが白で統一されていると言っても過言ではない、不思議な空間だ。


「悪い夢でも見られましたか?」

「は、はい……まあ、そんなところっす」

「まあ、それは怖かったでしょう?」


 悪い夢なんてものじゃない。私の人生で、最悪の悪夢だった……。本当に死んだかと思ったくらいだ。

 それにしても、ここは一体……? それに、この人は誰だろうか?


「あ、あの……あなたは誰っすか?」

「ふふふ……誰だと思いますか?」

「……さ、さぁ」

「よく思い出してみて下さい」


 分からない。誰だ? 私の知り合いにこんな人はいない。バカだが、人の顔を覚えるのは得意だ。確かに知らない人で間違いない。

 ……いや待て、一人だけ……いる。自分を産んだ後に死んだという母親だ。だが生まれた時に会っていても、覚えている筈が無い。……まさか!?


「……ママ?」

「あら?」


 つまり、ここは死後の世界なのでは!? 確かに、今でも首を絞められた感覚が残っている。という事は、あの悪夢は夢ではなく現実で、私はあの時死んでしまったのではないか!?

 ……だが、悪い事ばかりではなさそうだ。こうして、母に……ママに会えたのだから! 私は、ママの胸に飛び込んだ。


「ママ! ママッ!!」


(マスクの下が、私だと気付いてないか確認しただけなのですが……まあ、これは結果的にヴィクター様の思惑通りということでしょうか?)

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