第59話 報酬

-夕方

@レンジャーズギルド 支部長室


 支部長帰還と、副支部長の裏切りのゴタゴタが落ち着いてきた頃、ギルドの支部長室では、支部長とフェイが、今回の事件解決の中心人物ともいえる、ヴィクターについて話し合っていた。


「どう思いますか、フェイ嬢?」

「彼のことですか? 少なくとも活躍を見る限り、Fランクに収まる人物ではありませんね……」

「そうですね。単身で野盗のアジトに乗り込み、さらには執行官二人を同時に相手にできる戦闘力を持った人間なんて、そういません。さらには相手を無力化するだけで、極力殺さないようにしている事……こんな芸当が出来る人は、さらに少なくなるでしょうね」

「……この前も、賞金首を生け捕りにしていました」

「ええ、聞きましたよ。全く凄いですね、彼は……」

「カティアと同じく、ガラルドさんの弟子…との事ですが」

「それなんですが……彼が持ってきてくれた、ガラルド君の報告書にも彼のことが書いてありましたが、どうも不自然なんですよ」

「不自然?」

「見て下さい。ガラルド君は彼と死都で出会い、彼を弟子にした事までは書かれていますが、それ以外の彼に関する情報は書かれていないのです。ガラルド君は、あまり人を信用しない人でした……当然、彼の事も尋問して情報を聞き出していたはずなのですが……」

「……まさか、彼が報告書を改竄かいざんしているとか?」

「いえ、この字は間違いなくガラルド君のものです。はぁ……やっぱり彼に直接聞くしかありませんね」


 ちなみに、事情聴取を受けていたヴィクターは「徹夜で眠い」と言って帰り、カティアは「シャワー浴びたいし、着替えたい!」と言って帰ってしまった。確かに、疲れているだろうと配慮して、彼らからの事情聴取はまた後日にということになったのだ。


「……それにしても、ガラルド君が既に亡くなっていたとは。残念です……」

「……そうですね」

「公式発表は、私がやります。今まで公表しないでくれて、助かりました」

「い、いえ! 私はただ……公表したら、ギルドが混乱するかと思って」

「……フェイ嬢、疲れてますか?」

「はい?」

「あっと、失礼……。いえ、以前より元気が無いなと思いまして。私がいない間、苦労をかけたようですね?」

「いえ、そんなことは……」

「聞きましたよ。殆ど毎日、朝から晩まで働き詰めだったのでしょう?」

「は、はい……」

「ありがとう。君のおかげでギルドも、この街の人たちも助かりました。君の働きに、感謝します」

「はい。わ、私……頑張りましたぁ……」

「おや、私も罪なジジイですね……。この歳になって、女性を泣かせてしまうなんて」


 その後、業務に関する話をした後、フェイは時計を見ると、支部長に切り出した。


「あっ、もう時間! ……あの、デロイト支部長」

「どうしました?」

「お忙しいところ恐縮なのですが、そろそろお暇させていただきたく……」

「ええ、構いませんよ。そうですね……貴女はしばらく仕事を休みなさい」

「えっ!?」

「私がいない間、働き詰めだったお詫びです。他にも休みたい日があれば、遠慮なく言って下さい」

「わ、分かりました……。ありがとうございます」

「しかし、珍しいですね。フェイ嬢がこんな事を言うなんて。まあ、年頃ですからね……結婚する際は、お相手の方を連れて来て下さいね?」

「ち、違います! そんなのじゃなくって! ただ……レンジャーに報酬を渡しに行くだけです」

「……?」

「そ、それでは失礼致します! お休み、ありがとうございますッ!!」


 そう言うと、フェイは支部長室から出て行った。


「最後の方、小声で聞き取れませんでしたが……まあいいでしょう。さて、フェイ嬢のおかげで、思ったより仕事が捗はかどりました。これなら日没前には、帰れそうですね」


 シスコは、残っていた書類仕事を再開する。色々とゴタゴタしていたが、優秀な部下のおかげで、思っていたよりも早く仕事が片付きそうだ。

 そして残っていた仕事が片付いた頃、待ってましたと言わんばかりに、支部長室のドアがノックされる。


「ふう。さてと、今日は帰りますか。久々の我が家ですね」


──コンッコンッコンッ!


「ん? はい、どうぞ!」

「失礼します」

「どうしました、アレッタ君?」

「今しがた、警備隊の方がいらっしゃいまして、支部長とお話ししたいとのことで……」

「……帰るのは、当分先になりそうですね。分かりました、こちらにお通しして下さい」

「かしこまりました」


 その後、やって来た警備隊長達と、ヴィクターが助け出した村人達への対応を話し合うことになり、シスコは徹夜をすることになってしまった。


(全く凄いですね、彼は……。こんな事、私聞いてませんよ、ヴィクター・ライスフィールド君ッ!?)



 * * *



-日没前

@レンジャーズギルド 職員寮


 レンジャーズギルドの建物の裏手には、職員用の小さな寮がある。寮と言っても、シェアハウスの様なもので、一階に共用のリビングやキッチンなどがあり、その上の階が職員用の部屋になっている。

 入寮できる者は、未婚のギルド職員となっている為、この寮は現在、殆ど女子寮と化している(ギルド職員は女性が多く、男性職員は殆どが既婚者)。


 フェイも、この寮を利用している職員の一人であった。


「おっ、フェイ姐さん。おつかれさまで〜す!」

「ブレア、また下着だけでうろついて……。ここは、共用のスペースなのよ! ちょっとは遠慮しなさい!!」

「い、いやぁ……だってほら、上のお姉様方は結婚して出て行っちゃったしぃ? 今この寮にいるのって、あーしらくらいなもんだし……ヒィ!」

「ブレア……それは、何? 私が行き遅れてるって言いたいの?」

「違います、違いますッ! そんなことないです! 男共がフェイ姐さんの魅力に気がついてないだけですッ!!」

「……はぁ、もういいわ」

(た、助かったぁ〜!)

「……ねぇ、ブレア?」

「ひゃいッ!?」

「あの……その……」

「ん?」

「そ、その……男の人って……そういう下着が好きなの?」

「えっ? ……えぇぇッ!? ま、まさか……」

「ち、違うからッ! そんなんじゃなくて! ち、ちょっと気になっただけで……」

「な、なんだぁ〜。あ〜ビックリしたぁ。……ん〜、とりあえずエロいのがいいんじゃないすか(知らんけど)」

「え、エロ……!?」

「そうそう、普段絶対履かないようなエッロエロな奴なら、間違いないんじゃないすか?」

「そ、そうなのね……わかった。ありがとう」

(……あれ。そういえばフェイ姐さん、何でギルドの制服着てんのかな?)


 自室に戻ったフェイは、制服をベッドに脱ぎ捨てた。本来ならギルドの制服は、ギルドの更衣室で脱いでくるものだが、これから報酬を渡しに行く相手ヴィクターが、朝この制服を着てくるように条件を追加した為に、こうして持って帰ってきていたのだ。

 フェイは、脱いだ下着を洗濯カゴに投げこむと、バスルームへと入り、シャワーを浴びる。そして、昨日の会話を思い出していた……。


(グス……も、もちろん! お金なら、いくらでも払うわッ!! お願い、カティアを助けて! あの娘は、私の妹みたいなものなのッ!!)

(その心意気は素晴らしいが、俺が欲しいのは金じゃない──)

(えっ!?)

(一晩、お前を抱かせろ。意味分かるよな? それで、お前の依頼を受けてやるよ)

(なっ、なんですってッ!?)

(あ〜、もちろん前払いとは言わない。成功報酬で後払いだ……どうする?)

(……わ、分かりました! その代わり、カティアを……カティアをお願いッ!!)

(ああ、任せろ。その代わり、成功したら報酬はきっちり頂くからな!!)

(ッ!)


 そして、彼はカティアを無事に救出したどころか、副支部長の裏切りの証拠を持ち帰り、挙句の果てに狼旅団の拠点を壊滅……さらには手違いがあったとはいえ、執行官と戦うはめになり、彼らを殺さずに制圧した。

 これらの行為に対する報酬は、金額にしたら一体いくらになるのだろうか? 少なくとも、自分の身体にそこまでの価値は無いだろう……。


「……私が報酬か。ちょっと怖いな」


 シャワーの音がバスルームに反響する。これまで強がってきたが、シスコが帰ってから安心したのか、肩の荷がおりたフェイは、元の年相応の若い娘へと戻っていた。そして、これからのことを考えると、自然とその目から涙が出ていた。


 しばらくして、バスルームを出たフェイは自分のチェストの前で固まっていた。その手には、大分前に購入した下着が握られていた。いつか自分に、相手が出来た時に着て行こうと購入した勝負下着(ブラと紐留めショーツのセット……30,000Ⓜ︎の超高級品)を、意を決して身につけると、ギルドの制服に着替える。

 その後、自分の日記帳を兼ねた手帳を開き、カレンダーを確認する。


「……今日は、何があっても大丈夫なはず。……よしっ!」


 自分の顔を両手で叩いて、気合いを入れたフェイは部屋を出る。ブレアに挨拶しておこうと共用のキッチンを覗くと、ちょうど彼女は下着姿の上からエプロンを着て、料理を作ろうとしていた。……ブレアは意外な事に料理が得意で、よく他の寮の仲間の食事も作ってくれるのだ。


「〜♪ あれっ、フェイ姐さん出掛けんの? 今からメシつくるんだケド?」

「ああ、ありがとう。でも、今夜はちょっと出掛けるから、私の分はいらないわ」

「ほ〜い、りょうか〜い」

「じゃあ、行ってくるわね!」

「……やっぱり制服着てたよね? まいっか、ご飯つくるべ!」



 * * *



-同時刻(日没前)

@ヴィクターの宿


 あの支部長の爺さん、相当な切れ者だ……。俺は自分の正体を明かさぬよう、全力を尽くした。バカを演じたり、疲れたから帰らせろと言ったり……幸いなことに、カティアもシャワー浴びたいとか何とか言って、帰らせろと騒ぎ出したのに便乗してはやし立てたら、事情聴取はまた後日にという事になった。

 それから帰り際に、支部長にガラルドから頼まれていた報告書を渡した。もちろん、俺の検閲が入っている。元の報告書には、俺が崩壊前の人間だと書かれていた為、改竄かいざんさせて貰った。ガラルドの筆跡は、ロゼッタに真似させたから完璧なはずだ。


「ふぅ、ふぅ……ぷはぁ! さんびゃく! ふぃ〜……これだけやっとけば、胸板はバッチシだな!」


 宿に戻った俺は、徹夜明けということもあり、軽く眠りについたが、昼間には目が覚めてしまった。その後、今夜の報酬の受け取りにソワソワしてしまい、こうして腕立て伏せなどの筋トレをして、全身をパンプアップしていたのだ。男なら気になるからな……。

 思えば、純粋な素人の女性は初めてだ……凄く緊張してきた。それに、あの女には散々苛つかせられたからな……ヒィヒィ言わせてやるッ!


「やべ、汗だくだ……シャワー浴びなきゃ」



 * * *



-日没後

@ヴィクターの宿


 俺の滞在している宿は、部屋毎に料金が設定されている。例えば、シングルの部屋に3人で泊まったとしても、料金はその部屋の料金だけでいいという訳だ。……何がいいたいかというと、今俺の部屋のドアがノックされたのだ。フェイが来たのだろう。

 待ちに待った、性欲解消の機会だ。今夜は寝かさないぜぃ!!


「……よ、よお!」

「……こ、こんばんは」

「「 …… 」」


 やべ、超気まずい……。いざとなったら、急にヘタレになっちまった!


「あ、あの……?」

「ああ、悪い……とりあえず、中入れよ」

「は、はい。おじゃま……します……」


 フェイを部屋の中へ招き入れ、テーブルの椅子を勧めて、その対面に座る。


「「 …… 」」


 ダメだ……。何か恥ずかしいやら、嬉しいやら分からない気分だ。フェイを見ると、心なしかモジモジしているように見える。もしかして、彼女も同じ気持ちなのだろうか? ……いや、勘違いは良くないな。ここは、堂々と行くべきだな。


「……そういえば、ちゃんと約束通りに制服着てきたんだな」

「え、ええ。……あの!」

「ん?」

「カティアのこと、ありがとうございました。それから、今まで不愉快な思いをさせて、ごめんなさい!」

「何であんなに俺に付きまとってたんだ? そういえば聞いてなかったな?」

「そ、それは……」

「いいから話してくれ」


 フェイの話を聞くと、以前、スラムにあった狼旅団の拠点を襲撃する際の、自分の尊大な態度と非礼を詫びたかったのと、あの事件の詳しい話を聞きたかっただけらしい……。

 俺は何てバカな事をしていたんだ、まるでねたガキみたいじゃないか!


「そ、そうだったのか……。すまん……てっきり、俺はまたうるさい小言を言われるんだと思って──」

「……意外と素直なのね。でも、この件は貴方に不愉快な思いをさせた、私が悪いわ……本当に、ごめんなさい」

「いや、俺の方こそすまなかった」


 先程までの気まずい空気は、お互いの誤解が解けて解消したように思える。このまま、また明日からよろしく!と言って解散すれば良い話になるが、待って欲しい。俺の目的は、このやり場の無い、溜まりに溜まって爆発寸前の性欲の発散先だ。このまま終わってしまっては困る!


「ええと、それで……報酬の受け取りをしたいんだけど……」

「……ッ!」


 先程までと打って変わって、フェイはビクッと身体を強張らせ、その表情は固くなった。そして、立ち上がると目をつむった。


「は、はい。ど、どうぞ……」

「ええと……では遠慮なく?」


 俺はフェイにハグをして、その感触を味わう。フェイの身体は強張っており、相当緊張しているのが伺える。……ただ嫌なだけかもしれないが。

 そして、手を腰に回して、そのまま下に手を下ろしていくと、太ももの辺りに何やら硬い物があるのに気がつく。


(……ッ!? こいつはっ!!)

「……きゃっ!!」


 俺は、フェイをベッドに押し倒すと、制服のスカートを素早く捲り、先程の硬い物へと手を伸ばす。


「……やっぱりな。おい、何だこれは!?」

「あっ、それは……」


 俺は、フェイの太ももに装着されていた拳銃を掲げて、フェイに問い詰める。しかも、この拳銃…俺の記憶が正しければ、今朝戦った執行官達が装備していた物だ。

 あの戦いの後、俺はカティアから執行官について聞いていた。ギルドの汚い仕事を担当する者達で、暗殺や拷問などをやっているとか。執行官は精鋭で、共通してギルド製の自動拳銃を装備しているのが特徴らしい。そして、俺が手にしているのは、間違いなくその拳銃だった。

 何故これをフェイが持っているのか……。俺の脳裏には、執行官の噂……暗殺・拷問という言葉が浮かんでいた。

 

(まさか、この女……俺を殺そうとしてるのか!?)


 俺は奪った拳銃をフェイの頭に突きつけると、片手でフェイの身体をまさぐってボディーチェックをする。他に武器は持っていないようだが、油断はできない。


「ヒッ! な、何を……!?」

「テメェ、さっきまでのは演技か? 何だよこれは? 俺を殺そうってか!?」

「えっ!? ま、待って……貴方、誤解してるわ! それはただの護身用よッ!」

「へぇ〜。これってさ、執行官の物だよな? 確か執行官って、ギルドに都合の悪い奴の暗殺とかやってんだよな?」

「そ、それはただの悪い噂よ!」

「まあ、いいや。で、何でこれをお前が……って、もうどうでもいいか。立て! ほら立てよッ!」

「痛ッ! ご、誤解よッ! お願い、乱暴しないで!」

「いいから、そこに立てッ!」


 俺はベッドの側にフェイを立たせると、奪った拳銃をフェイに向けながら命令する。


「脱げ」

「えっ……」

「他にも、何か持ってるかもしれないだろ? さっさと脱げ!」

「…ッ! わ、わかったわ。でも、本当に誤解なの!」


 フェイは顔を赤らめながら、ゆっくりと制服を脱いで下着だけになる。恥ずかしがるフリまでして、立派な仕事人だな。


「……さっきも思ったが、意外とエロいの履いてんだな?」

「…ッ! ぬ、脱いだわよ! これで、誤解を──」


 我慢できなくなった俺は、拳銃を床に置くと、フェイを再びベッドに押し倒し、その上にのしかかった。


「いやぁッ!? 待ってッ! 乱暴なのはいやッ!!」

「はぁ!?」

「お、お願い……優しくて……。は、初めてなの……」

「なっ……いや、俺は騙されないからなッ! そんなの関係ねぇ!」


 この期に及んで何を言ってるんだ、このクソ女は……。今回の報酬と迷惑料、それから俺を殺そうとした報復を込めて、メチャメチャにしてやるッ!! その後どうするかは、後でスッキリしてから考えよう……。

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