第60話 変貌

-1時間後

@ヴィクターの宿 ベッド


「グスッ、ヒグッ……うぅ……」

「……」


 フェイ……マジで初めてでした。最中、何度も泣き叫びながら痛みや、中止を訴えてきたが、爆発した性欲は自分でも止める事はできなかった。俺は、彼女に凄い酷い事をしてしまった……気持ち良かったけども……。

 落ち着いて考えてみれば、護身用で拳銃を持ってるなんて、崩壊後の世界では普通のことだ。執行官用の拳銃だって、もしかしたらギルド職員全員に支給されていて、使う所を目撃される事が多い執行官の装備なのだ、と皆に誤解されていただけかもしれない。それを、俺が制服を着てくるように指示していた為、彼女は律儀に制式の拳銃を装備していただけなのでは……?


「な、なあ……」

「グスッ……痛いって……初めてだって、何度も何度も言ったのにぃ……!」

「わ、悪かったって!」

「ヒック……誤解だって……言っても、全然話を聞いてくれないし……」

「ご、ごめんな……?」

「うわぁぁぁん!」

「……」

「こんな……こんな初めてなんて嫌ァ! もう、お嫁に行けないッ!」


 フェイは抱きついた枕に顔を埋めると、えんえんと泣き出した。

 確かに俺は悪いことをしたように見えるが、見方を変えればそんな事はない。報酬はフェイの身体だったので、俺はそれを受け取ったに過ぎない。……たまたま、彼女が初めてであって、行為の前に誤解を招き、思わず激しくなってしまったのも、彼女のせいと言えなくもないはずだ。

 まあ色々あったが、悲しいすれ違いという奴だ。どうも俺とフェイは、そういう事が多いみたいだしな。


 とにかく、フェイが泣いてる所悪いのだが、回数勝負派の俺としては、そろそろ2回戦目といきたいのだが……。


「グスッ、ヒグッ……うぅ……」


 この状態でなんて、鬼畜過ぎる! なんとかして、フェイを宥めなくては。さて、どうするか……。

 う〜ん……適当に、何かそれっぽい事言っとけば流されないかな? 俺が学生だった頃も、委員長タイプの女の子が、不良みたいな奴と付き合ってたりしたしな。……ちなみにその後、その女の子は不良少女となってしまったが。

 とりあえず、ラブロマンス映画から口説き文句をパクってくればいいかな?



 * * *



-その夜

@ヴィクターの宿の前


「ここがあの男の宿ねッ!!」


 ヴィクターの滞在する宿の前に、一人の娘が仁王立ちしていた。その髪は明るい栗色をしており、宿の入り口を見つめる瞳は緑色である。そう、カティアだ。

 カティアはギルドから解放された後、真っ先に家に帰りシャワーを浴びた。何日も独房で監禁され、その間はジュディに水をぶっかけられるくらいしか、身体を洗う機会が無かったのだ。風呂好きなカティアに、これほど辛いものは無かった。

 その後、街中でヴィクターを探していたところ、クエントとミシェルのコンビがマーケットで買い食いしている所に出喰わし、ヴィクターの宿を聞き出したのだ。


(宿の場所、ちゃんと聞いとけば良かった! クエント達が知ってて良かったけど……)


 カティアは、宿の扉を開けて中に入る。そして、宿の受付にいたおばちゃんに声をかけられる。


「いらっしゃい。こんな時間に、お嬢ちゃん一人かい? 空いてる部屋はあるけど……」

「ああ、違うの。人に会いに来たの……ヴィクターの部屋はどこかしら?」

「ああ、あの人ね……」

「歯切れ悪いわね、何かあったの?」

「いやね、今は収まったみたいだけど……。あそこまで絶倫だとはね。夕方からお盛んなこって」

「ゼツリン……何それ?」

「お嬢ちゃんも、あの人の相手かい? そうは見えないけど……。今回は運が無かったね……まあ、仕事ならアンタも頑張るんだよ!」

「……?」


 どうも受付のおばちゃんは、カティアを娼婦か何かだと勘違いしているらしい。その後、おばちゃんからヴィクターの部屋を教えてもらい、ヴィクターの部屋の前に立つ。

 カティアは、ヴィクターに用があった。カティアはソロで活動することが多いレンジャーだ。だが、別に彼女は望んでソロ活動をしている訳では無かった。

 カティアはガラルドの弟子という事もあり、ガラルドとチームを組んでいたのだが、当のガラルドは単独で死都の偵察に行ってしまい、彼女は放置されていたので、誰ともチームを組むことが出来なかった。臨時で他の者とパーティーを組むことはあっても、ヴィクターとクエント達の関係のように、同じメンツと組むことはなく、一度カティアと組んだ相手は、何故かカティアから離れていくのだった。


(欲しいわ、あの男……! あの男がいたら、きっとガッポリ稼げるはずよ!)


 カティアは、ヴィクターとチームを組みたいと考えていた。ヴィクターの戦闘力があれば強い相手も倒せるし、彼の車があれば持ち帰れる物が増え、高難易度依頼達成の高額報酬と、素材や廃品の売却益で相当儲かるはずである。


(乗るしかないッ! この大波ビッグ・ウェーブにッ!!)


 支部長が帰還した以上、副支部長の政策は破棄されるだろう。つまり、街周辺の村々に派遣されていたレンジャー達や、この街のギルドを不安視していた他の街のレンジャーなどが、じきに帰ってくるだろう。

 そんな時、ヴィクターのような優秀な人材は、他のチームから引っぱりだこになるはずだ。だから、今のうちにヴィクターを確保しなくてはならないのだ!!


(レンジャー辞めるとか言ってたけど、ゼッタイに辞めさせるもんかッ!)


 カティアは、ヴィクターの部屋のドアを叩く。何としても彼を確保する為に。

 いざという時の為に、勝負下着もバッチシだ。経験はないが、人よりもスタイルが良い自信はある。最悪、既成事実を作って脅すのも作戦の内だ! ……ちょっと怖いけど。


──ドンドンッ!


「ちょっと、開けてよ。ねぇ、ヴィクター、いるんでしょ!」

「ふわぁ……何、ちょっとどなたですか? こんな夜中に……」

「わわわ、ちょっとヴィクター! 何であんたハダカなのよッ!?」


 ドアが開き、ヴィクターが欠伸あくびをしながら出てきたが、その姿は下着一枚だけでほぼ裸だった。


「ん? カティアか……どうしたんだ?」

「えっ!? えっと、その……」

「まあ、中入れよ」

「ええ、おじゃましま……って、何ここ!? 蒸し暑ッ!」

「ああ。さっきまで運動してたんだ……激しくな。気づいたら、寝ちまってたみたいだな」

「そ、そうなの……」


 部屋の中は蒸し暑く、何やら変な匂いが漂っていた。カティアが部屋の中に入ると、ベッドが膨らんでいるのが見える。誰か寝ているのだろうか?


「あれ? 他にも誰かいるの?」

「ん? ああ」


 騒がしかったのか、ベッドで寝ている人はゆっくりと起き上がると、両手を頭上で組み、腕を伸ばして欠伸あくびをした。


「んっ、ん〜! あれぇ〜? ヴィーくん、どうしたのぉ?」

「……フェイ?」

「へ? ……カ、カティア!? どうしてここに!?」

「フェイこそ! それに、何で裸なのよ!?」

「えっ……そ、それは……」


 フェイは顔を赤らめると、シーツで顔を隠した。カティアは、フェイの初めて見る姿にしばらく呆然とする。その後、カティアはフェイとヴィクターを交互に見つめて、先程ヴィクターが放った言葉を思い出した。


(ああ。さっきまで運動してたんだ……激しくな。気づいたら、寝ちまってたみたいだな)

(さっきまでしてたんだ…………)

(……運動……激しく……そ、それってまさか!?)


「……」

「おい、カティア? どうしたんだ?」

「ななな何でもななないわよッ! き、急用思い出したから、か、帰るわッ!」


 カティアは、ボンッと顔を赤らめると、ヴィクターの部屋から飛び出した。そのまま、宿の中を走り抜けると、宿から飛び出して、自分の家へと帰って行った。


「ヴィクターさんだっけねぇ……。あの人は要注意だねぇ」


 カティアが走り去る光景を、受付から見ていたおばちゃんは、ヴィクターに対して警戒感を強めていくのであった。



   *

   *

   *



「……何だったんだ、カティアの奴?」


 フェイとの連戦の末、俺たちは疲れ果てたのか、気がつくと眠りに落ちていた。ちなみにフェイは、あの後俺が映画やら小説やらの知識をフル稼働させて、口説き落とした。

 その結果──


「ねぇヴィーくん、カティアに私達の関係……見られちゃったね?」

「……そうだな」

「やぁん、どうしよう!?」

「んなもん、見せつけてやれよ。それよりもさ……」

「キャッ! ……んもう、ヴィーくんのエッチ♡」


 とまあ、こんな具合になってしまった……。気づいたら、俺の事『ヴィーくん』とか呼んでるし……俺はお前の彼氏か何か!? と初めは思ったが、意外と悪くない。

 フェイも受付嬢だけあって可愛いし、スタイルも良い。……もちろん、ロゼッタ程では無いが。だが、この街に滞在する以上、フェイのような存在は必要かもしれない。それに──


「そういえば、彼女っていた事無いな……俺」

「え〜、じゃあ私がヴィーくんの初めての彼女だね! 何か嬉しいなっ♡」

「こいつめ、調子に乗るとこうだぞッ!」

「やんっ! ヴィーくんのケダモノ♡」

「……そういえば腹減ったな。夕飯食べて無かったな」

「何か食べに行く?」

「気づいたらもう夜中か、開いてる店あるかな?」

「あるわよ。私知ってる!」

「お、じゃあそこ行くか! ちなみに何処だ?」

「Bar.アナグマ!」



 * * *



-数刻後

@Bar.アナグマ


「クソ、何でこうも女に殴られなきゃならないんだ? 呪われてるのか俺は!?」

「まあ、日頃から女性のお尻とか触ってますからね……。バチが当たったんだと思いますよ、クエントさん。」

「クソ……。こんな生意気なガキが弟子なんて、どう思いますか、ボリスさん!?」

「……知らんな」


 アナグマでは、クエントとミシェルが飲んでいた。もちろんミシェルはジュースだ。

 先程クエントは、カティアにヴィクターの宿の場所を聞き出された際に、頬を殴られていた。……グーで。


「いてて。あの暴力娘……グーで殴ってきたんだぞ! 俺は何でヴィクターの宿が知りたいのか、理由を聞いただけなのにッ!」

「……ははは」

「ミシェルも、何さっさとゲロってんだよ! もうちょっと根性だせよ」

「……ごめんなさい」

「それにしてもヴィクターの奴、大活躍だったらしいな?」

「ええ……。執行官二人を瞬殺したらしいですね」

「俺ら、とんでもない奴と知り合ったみたいだな。あいつ、今頃何してんのかなぁ……」


 クエントはグラスを飲み干して、ため息をついた。その時、バーの扉が開かれて男女が中に入ってきた。女は、男の腕に抱きついている……カップルだろうか。


「チェッ、羨ましいね〜」

「あれ、クエントか?」

「ん〜? おい、よく見たらヴィクターじゃねぇか! 何だよ、女なんて連れて羨ましいな、オイ!」


 クエントは、ヴィクターの胸に軽く拳を突き出して挨拶する。


「お前も隅に置けないなぁ〜! で、その娘誰だよ? クエントさんにも紹介してくれよ!?」

「ん? いや、お前らも知ってるだろ?」

「ッ! クエントさん!? この人……!」

「ん〜? んっ!? ま、まさか……!」

「ど、どうも……ギルド受付嬢のフェイです……」



   *

   *

   *



「「 えぇぇぇぇぇッ!? 」」

「……」


 クエント達に、『私達、付き合う事になりました!』的な事を説明すると、二人に大声で驚かれた。


「なっ、なんでまた……。お前ら一触即発の仲だったろうが!?」

「そ、そうですよ! いつ爆発するかヒヤヒヤでしたよ!!」

「酷い! ヴィーくんとは、そんな事しないもんッ!」

「「 ヴィーくんッ!? 」」

「おいお前ら、驚きすぎだろ? 少しはボリスを見習えよ」


 ボリスは、気にも止めずグラスを磨いている。


「ボ、ボリスさん!? 驚かないんですか!?」

「……男女の仲だ、険悪なら改善する事もある。好きの反対は、無関心だからな」

「は、はぁ……そんなもんですかね?」

「……それよりも、二人共。何か頼んだらどうだ?」

「じゃあ俺は、いつものやつ。それから、何か食べる物くれ。二人分!」

「あ、私はプランテーションで!」

「……了解」


 その後ヴィクターとフェイは、二人でイチャつきながら食事と酒を楽しんだ。そして、その姿を呆然と眺めるクエントとミシェルだった……。

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