第58話 助っ人は遅れて来るもの

 ギルド前の広場は、突如飛来した航空機の存在に騒然となっていた。文明が衰退した中、航空機は珍しいのか、続々と野次馬が集まってきている。そんな中、その航空機から一人の老人が杖を突きながら降り立つのを見た群衆は、空港で有名人の出待ちをするファンの様に騒ぎ出した。


「何だあれは!?」

「空を飛ぶ……機械……なのか!? ギルドの物か?」

「おい、中から誰か出てきたぞ! あれ……いや、あの人は!?」

「まさか、支部長か? シスコ・デロイトだ!デロイト支部長が帰ったぞぉ!!」

「うぉおお! 本当だ!!」


 降りてきた老人は、四隅をギルドのエンブレムが刺繍された制服を来た護衛達に守られながら、こちらへとやって来る。その光景に、副支部長パンテンは驚愕の表情を浮かべていた。


「なっ!? き、貴様は!!」

「おやおや、お久しぶりですねぇルーンベルト君。お元気そうで何よりですよ」

「シスコ・デロイト!! 街道は封鎖してあった筈だ! 何故、貴様がここにいるのだ!?」

「アレが目に入らないのですか? ギルド本部の厚意で、カナルティアの街まで送ってもらったのですよ、アレで空を飛んでね。聞けば、街道に野盗が出没するそうですし、渡りに船ということで、有難く送ってもらったのですが……」

「なん、だと……」

「……それよりも、何やら不穏な事を仰いましたね? 街道を封鎖した……とか何とか。まさか、貴方が関与しているのですか? それに、この騒ぎは一体何でしょうか?」

「そ……それは、この野盗が暴れて……。ギ、ギルド支部長の私と、スカドール家の跡取りに暴行を加えまして……その取り締まりを……」


 副支部長は俺の事を指さす。シスコと呼ばれた老人は、俺を一瞥すると、周りを見渡した。そして、フェイの姿を認めると、彼女に近づき声をかける。


「おお、これはフェイ嬢! お久しぶりですね。元気にしてましたか?」

「あ……えと……デロイト支部長? ですよね……」

「ええ、そうですが」

「グス……お、おかえり……なさい……。ずっと、ずっと帰りを待っていたんです……。いつまで経っても帰って来ないし……もう帰ってこないかと……うぇぇぇん!!」

「い、いやぁ……ギルド本部で色々とありまして……申し訳ありません」


 フェイは泣き出した。……意外と泣き虫ちゃんなのかな? それよりも何だこの状況は?

 目の前の爺さんは、見た所偉い人……なのか? 有力者を黙らせるには、より力の強い有力者をぶつけるのが一番だ。この状況を、この爺さんなら何とかしてくれるかもしれない。


「おい爺さん! 取り込み中の所悪いが、コイツを何とかしてくれよ! カティア、お前はフェイをなだめてやってくれ」

「えぇ、また? でもそうね、ほらフェイ……行きましょ」

「ん、君は? それよりも……ルーンベルト君。私の聞き間違いで無ければ、先ほど君は、自分が支部長だと言わなかったかね?」

「ぐ……は、はい……」

「おや、おかしいですねぇ。このカナルティア支部の長は、私の筈なのですが?」

「そ、そんな事は無い! た、確かに任命書状も受け取っている!!」

「……はぁ。信じたくはありませんでしたが、まさか身内に、それも私の部下に裏切り者がいるとはね」

「さ、さっきから貴様は何を言ってるのだ!?」

「ルーンベルト君、変わってしまったのですね。昔は仕事熱心で、熱意ある職員だったのに……」

「うるさい! さっきから何の話をしている! 貴様はもう支部長では無いのだ! 黙って見ていれば、ギルドの護衛に囲まれて偉そうに威張りやがって!! おい、お前たち!! そこのジジイより、支部長である私の護衛をせんか! そして、そこの者達を捕らえるのだ!!」

「「「「 …… 」」」」

「貴様らぁ、何故私の言うことを聞かないのだ!!」


 パンテンは、シスコの護衛達に声を掛けるが、彼らがその声を聞く様子は無い。それどころか、彼らはシスコとパンテンの間に割って入り、装備しているアサルトライフルを構えて、パンテンに銃口を向ける。


「な、何をする!?」

「……ルーンベルト君、この者達はギルド本部直属の執行官達でね、ギルドの幹部クラスの人間の命令しか聞かんのだよ」


 そう言いつつ、シスコは胸に取り付けられている、ギルドのエンブレムが彫られた金色のバッジを外して、パンテンに見せつける。


「な、何だそれは!?」

「……やはり。これを知らずに支部長など、ありえない事ですよ?」

「何を言っているんだ!?」

「覚えていませんか? 私は以前まで、銀色のバッジを付けていましたよね?」

「知るか! 貴様の服装など、どうでもいいではないか!」

「このバッジはね、ギルドにおける役職を表す物なのだよ。銀色のバッジだと支部長クラス、金色のバッジだと幹部クラス……といったようにね。そしてこれらの職に任命される者は、支部長クラスの者だったら幹部のいる支部まで赴き、バッジを授与され任命されるのだ。だから、“任命書状”なんて物は存在しないのだよ」

「なっ、なんだと!?」

「それにね……ギルドの役員になるには、ギルドの教育機関を卒業しなくてはならない。君は卒業していたかな? 私の記憶だと、君はこの街で過去に雑務要員を募集した時にギルドに入った筈なんだが……。そして君は今、ここの支部長だと言っていたが、仮に外様とざまである君が支部長になれたとして、バッジはどこにあるのかね?」

「そ……それは、今つけて無いだけで……」

「ほう! バッジは常時着用する義務があるが、君はその義務を放棄しているというのかね?」

「く、くそっ……!」


 シスコは先程までの柔和な表情を崩し、初老の人間とは思えない、猛禽類を彷彿させる鋭い眼光を放つと、パンテンに詰め寄る。


「諦めなさい、パンテン・ルーンベルト! 貴方の罪を、私は裁く必要があります。まぁ、結局のところ、ギルドを裏切った時点で極刑になりますがね」

「なっ! ま、待ってくれ!」

「残念ですよ……」

「い、嫌だッ!」

「パンテン・ルーンベルト! ギルドへの裏切りの罪で、極刑に処すッ!! 連れていけ!!」


 ぎゃあぎゃあと喚くパンテンを、護衛の一人が銃床で殴って黙らせると、二人がかりでギルドの建物へと引きずって行った。


「いやぁ、お恥ずかしい。ここまでの護衛だけのつもりが、身内の恥を見せつけるどころか、その後始末もお願いすることになるなんて……」

「「 お気になさらず、デロイト評議員 」」

「それで……詳しいお話を、お聞かせ下さいますか?」

「あ、ああ……」


 シスコは、俺の方に振り向くと、登場時に浮かべていた柔和な表情で俺に微笑みかけた。俺は、目の前の爺さんが油断ならない人物だと感じながら、状況の激変について行けずに、ただ頷くことしかできなかった。



 * * *



-同時刻

@ノア6 居住ブロック


「ちくしょうッ!! ここから出せ!」


 現在、ノア6のとある部屋に、二人の娘が収容されていた。そして、その内の一人が部屋のドアを開けようと、ドアを拳で殴っていた。だがドアはビクともせず、殴るたびに額から汗が滴り落ち、彼女の特徴的な赤茶色ワインレッドの赤毛が虚しく揺れるだけだった……。

 この二人は、カティア救出の際にヴィクターが捕らえた娘達であった。二人とも、意識のないままロゼッタに運ばれて、気がついたらこの部屋にいたのである。その為、自分達の状況がいまいち把握できずにいたのだ。


「くそッ! どうなってるの!?」

「ジュ、ジュディ……もうやめようよ。怖いよぅ……」

「カイナ……」


 ジュディは、ドアを殴るのをやめて床で膝を抱えているカイナを見る。いつもは、誰にでも元気に軽い口調で接しているカイナであったが、その余裕は消え去り、不安と恐怖に支配されて震えているようだ。


「怖いよぉ……ここ……どこぉ? ウチら、どうなるの?」

「カイナ……。大丈夫、大丈夫だからッ!」


 ジュディは、カイナの隣に寄り添うと、自分の胸元にカイナの頭を抱き寄せる。今は大分落ち着いたが、先程までは酷かった。

 意識が回復してすぐに、二人は自分達が現実離れした、無機質な空間に閉じ込められている事を知った。そしてしばらくした後に、あの変なマスクの人間が食事を運んできた。ジュディはその際に、反撃してやろうと思ったが、カイナが恐怖で発狂してしまい、ジュディに抱きついて離れなかったのだ。

 マスクは、食事を置いて直ぐに部屋から出て行ったが、当然二人はそれに手をつけなかった。ジュディは警戒心から手をつけず、カイナは恐怖で食事どころでは無かった。


(次こそは……!)


 そう意気込んだその時、扉が開き、あの変なマスクが再び部屋の中に入ってきた。……そう、ロゼッタである。


『……食事、召し上がってないのですか?』

「ヒィッ! いやぁぁぁぁあッ!!」


 マスクを見るや否やカイナは怯えて、膝を抱えて縮こまる。ジュディは、先程暴れたおかげで少し冷静になったのか、今の自分達の置かれた状況を聞き出そうと試みた。


「ねぇ、ここは何? アタシ達は今どこにいるの!?」

『困りましたね……不適切な断食は、身体に良くありませんのに……』

「おい、アタシの話を聞けェ!!」

『……貴女、先程から暴れてますが、部屋を傷つけるのはやめていただけますか?』

「なに?」


 ジュディは、目の前のマスクを見る。発せられる声と、身体のラインと自分よりも大きい胸を持っているであろうその身体から、目の前のマスクは女であると判断できる。自分が戦ったマスクは、男だった。

 ジュディは、女性にしてはかなり鍛えられた身体をしているが、どれだけ頑張っても鍛えられた男性には敵わないと実感していた。だが、逆に女が相手なら敵はいないとも考えていた。その為、目の前のマスクを倒せると思ってしまった。


「……暴れるなって? はっ、だったら力尽くで止めてみれば?」

「ジュ……ジュディ?」

「カイナ、大丈夫だから。コイツやっつけて、二人で逃げるよ!」

『ええと、傷つけないよう気を付けますね……』

「何余裕ぶっこいてんのよ! そっちが来ないなら、こっちから行くよッ!!」


 ジュディはロゼッタに肉薄し、格闘戦を仕掛けるが、全てさばかれてしまった。


「えっ……そん……な……」

『この程度ですか?』

「ジュディ……」

「カ、カイナ……大丈夫、まだ戦えるから……!」

「う……うん……」

『ハンデを与えます。私は左手だけで戦いましょう』

「ッ! 舐めるなぁッ!!」



 * * *



「……ど、どうして」


 届かない……。どれだけ攻撃を加えようが、奇襲をかけようが、マスクの女は宣言通り、左手だけでジュディの攻撃を全て捌いてしまったのだ。ジュディは、息が上がり膝をついてしまっていた。


「……もうダメだ、もうダメだ、もうダメだ、もうダメだ、もうダメだ、もうダメだ、もうダメだ、もうダメだ」

「カ、カイナ……!?」


 カイナは膝を抱えながら発狂し、その臀部からは水溜りが出来ていた。それを見たマスクは、カイナに近づくと、その腕を掴んで立ち上がらせる。


『……あら、失禁してしまわれたのですか?』

「いやぁぁ……怖いよぉッ! やめてよぅ! あっち行ってよォ!!」

「やめて! その子に触らないでッ!!」

『丁度いいですね。貴女達、着ているものを全部脱いで下さい』

「なっ、なんですって!?」

『今、貴女達は汚れています。ですので、これから洗わせてもらいます。さあ、脱いで下さい』

「脱ぎます! 脱ぐから、酷いことしないでぇぇ……。うぇぇん! 汚くてごめんなさいぃぃ!」

「カイナ……分かった! 脱ぐ、アタシも脱ぐから! 彼女に酷い事しないでッ!!」


  カイナは怯えながら、ジュディは屈辱を感じながら服を脱いで全裸になる。その後、部屋に付属していたバスルームにて、ロゼッタに身体を洗われ、バスルームの説明を受けた。二人とも、自分達がいた部屋にこのような設備があるとは知らなかったのだ。



 * * *



『……人によって、身体つきが異なるというのは、面白いものですね』

(……思ったより気持ちよかった。くそッ、屈辱だわ)


 自分の身体は自分で洗うもの……。これは親のいない彼女達にとって、小さい頃からの常識であった。その為、誰かに自分の身体を洗ってもらう感覚に、ジュディは困惑していた。

 そして、用意されたバスローブに袖を通すと、元いた部屋に戻って来ていた。どうやら、すぐに殺される様な事は無さそうだが、得体の知れない人物と空間に、ジュディは警戒心を強めていった。


「ね、ねぇ! 私達をどうするつもりなの!?」

『さあ、先程の食事が冷めてしまいましたので、新しいものを用意しました。どうぞ、召し上がって下さい』

「ひ、人の話を……!」

『……食べておかないと、動く時に動けなくなりますよ?』

「……ッ!」

『ベッドは、そこの壁のスイッチを押せば出てきます。それでは……』

「……くそッ!」


 マスクの女は、部屋の入り口で一礼すると、部屋から出て行った。


「ジュ、ジュディ……どうするの?」

「……食べよう。すぐに殺すつもりは無さそうだし、腹が減って体力が落ちたら、逃げられなくなるから」

「う、うん」


 二人はテーブルに着くが、その料理を見て困惑していた。テーブルの上には、いくつかの料理が並んでいたのだが、彼女達が見た事の無い、崩壊前の食材や料理があったのである。


「これ、何て言う料理……すかね?」

「ア、アタシも分からない……」

「……でも、凄く美味しそうっす」

「そうだね……。食べるよ!」

「は、はいっす!」


 二人は料理を食べて、その美味しさに舌鼓を打った。これまでに食べてきた、どの料理よりも美味しかったのだ。


「うまいっす! 何なんすか、これっ!?」

「……何これ、美味しいッ!?」


 食事のおかげで、二人は一時的に不安を忘れて、以前のような明るさを取り戻した。……そう、一時的に。

 彼女達はまだ、これから自分達に降り掛かる困難を知らなかったのだった。

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