第51話 個人的な依頼

-街に来て10日目の朝

@レンジャーズギルド


 ……もう限界だ。何がと言われると、俺の性欲の事だ。自分でもこんな下らない事で悩むなんてと呆れているし、昔はこんな事にはならなかった筈なのだ。

 理由は分かっている、ロゼッタのせいだ。……いや、ロゼッタの身体を設計した自分のせいだろうか? 彼女との3ヶ月間は、非常に充実していた。そのせいで、俺は一種の依存症の様な状態になっているのだろう。いきなり210年が経過していたのだ……何かに依存することで、俺は精神の安定を保っていたのかもしれない……。

 それとも、長い事コールドスリープしていた影響で、身体に異常が起きているのかもしれない。


 まあともあれ、俺は今は非常にマズい状態にあった。この3日間、ミシェルが体調不良でいなかったので、クエントと2人で依頼を受けていたのだが、射撃時の命中率が普段よりも3割ほど低下したり、格闘戦時に気絶させて生け捕りに出来たであろう野盗を、勢いあまって撲殺してしまったりと、かなり影響がでてしまっている。……ともかく、いったんノア6に帰るべきだろうか?


 この街に来た目的である、「ガラルドの弟子に会う事」と「愛人を作る事」が達成できていないのが心残りではあるが……。ガラルドの弟子は、積極的に探してはいなかったが、これはギルドに通っていればその内会えると思っていた為だ。

 だが結局、これまでに会う事は無かった。俺がギルドに行かなかった日にすれ違ったか、周辺の村々へ派遣されているのかもしれない。

 愛人に関しては、頑張ったつもりだったがダメだった……。そもそも、俺は崩壊前の人間だ。崩壊後の女性と話題が合わなかった為か、ナンパは上手くいかなかった。……やはり、クエントの言う通り娼館にでも行くべきなのか?




「……」

「あ、ヴィクターさん! おはようございます、お騒がせしてごめんなさい! おかげさまで、今日から復帰できます!」

「よう、ヴィクター! ……おい、大丈夫か?」

「……」

「……あの、ヴィクターさん? どうしたんですか?」

「……」

(クエントさん、ヴィクターさんどうしちゃったんですか!? 何か宙を見て動いてないですけど……)

(ああ……どうも溜まり過ぎてヤバいらしい。処理しようにも、一人じゃもう出来なくなったってよ。昨日相談された時は呆れたけどな……)

(た、溜まってる?)

(あれだけ、娼館に行っとけって言ったのにな。変なプライド持つからこんな事になるんだ……)

(し、娼館って……あ、あのエッチなお店ですかぁ!?)

(ああ、そうだぞ〜。ミシェルに禁止されてからご無沙汰だからな〜、俺もヴィクターみたいになっちゃうかもな?)

「ッ! 不潔ですッ!!」

「イダッ!! ミシェル、師匠に平手打ちとは……イタッ、痛いって! 分かったからッ!もうやめてくれ〜!!」


 うるさいな……人が苦しいってのにコイツらは……。


「あ〜お前ら……公共の場所で騒ぐのはヤメロ」

「ヴィクターさんっ! 大丈夫なんですか!?」

「ミシェル……大丈夫に見えるか?」

「い、いえ……」

「ああ、女……女が欲しい……」

「えぇ……。ヴィクターさん、元に戻って下さい!」

「いてて……。ミシェル……もうここまできたら末期だぞ、こいつは」

「そ、そんな!? 打つ手は無いんですか!?」

「いや……娼館でエッチなお姉さん達と、イチャイチャすればあるいは……」

「だ……ダメですっ!! 絶対にそんなことは許しません!」


 またコイツらはギャーギャーと……。思わずキレそうになったその時、背後からあのヒス女の声が聞こえてきた。ここ最近、こいつもしつこいのだ……。


「ね、ねぇ……いいかしら?」

「げぇ! ……ミシェル、後は頼む!」

「あっ、クエントさん!? どこ行くんですかぁ!?」


 フェイが近づいて来るや否や、ミシェルの声を無視して、クエントはギルドの外へと駆けて行った。……そういえば、顔を叩かれたんだっけ? 苦手なのかな?


「あの……お願いですッ! 話を……私の話を聞いてッ!」

(またか……相変わらずしつこいなぁ。それにしても、今日は一段と必死だな。文句の一つでも言ってや……ッ!?)


 こちらが無視を貫いているのに、フェイはしつこく俺に話しかけてきていた。今日はいつにも増して必死な感じだったので、文句の一つでも言ってやるかと振り返ると、何とあのヒス女ではなく、別の女性が立っていたのである。


(アレ? こんな娘いたっけ? やっべ……俺が無視したからか、この娘泣きそうになってるじゃん!?)


「あっ、もしかして俺に話しかけてました? ごめんね〜、銃声聞いてると耳が遠くなっちゃうんだよな〜♪」

「えっ、ヴィクターさん……?」

「うう、話を……聞いてくれるんですか?」

「聞く聞く! さあ、どこか二人きりになれる所へ……」

「はい……」


 それにしても受付嬢に、こんなにスタイルが良くて可愛らしい娘がいるなんて知らなかったな。しかも俺に話があるだって? これは、とうとう俺にもモテ期というやつが──


(ヴィクターさんッ!)

(……何だミシェル、悪いが今忙しいんだ)

(ずっとフェイさんのこと避けてたじゃないですか? 急にどうしちゃったんですか!?)

(フェイ? 何言ってるんだ、この娘はフェイじゃないだろ? ほら、眼鏡もかけてないし)

(えっ……いやいや、フェイさんですよ? その人!?)


 ヴィクターに話し掛けてきたこの女性は、紛れもなくフェイであった。だがヴィクターは、自分が興味の無い人間の顔をちゃんと覚えていない事があった。フェイのことも、その身体は良く見ていたが、顔まではしっかりと見ていなかったのである。その為、以前アナグマですれ違った時も気がつかず、今のようにフェイが眼鏡を外していると、フェイのことを認識出来なかったのだ。


(すまないが……いくらミシェルといえども、俺のを邪魔するなら許さんぞ!)

(そ、そうですか……)

「グス……あ、あの……」

「ああ、ごめんね。さ、行こうか! ほら、泣くのやめてさ。もっと楽しいお話しをしよう! ……一緒に」

「あっ、ヴィクターさん! ……行っちゃった」



 * * *



-数刻後

@レンジャーズギルド 応接室


「……だましたな!」

「え、えぇ!? 何よ急に!」

「眼鏡まで外しやがって! 一体何が目的だッ!?」

「いや、これは徹夜してたらどこかに行っちゃって……」


 まさかコイツがあのヒス女、フェイだったとは……。実際のところ、俺がちゃんと人の顔を覚えていなかったのが問題なのだが、俺にモテ期が到来したと誤解させた罪は重い……俺のワンチャンを返せ!!


「で……お前さ、前々からしつこかったよな? 何の用だよ?」

「あ、貴方……やっぱり意図的に避けてたのね!? 何でそんな……」

「うるさい。用が無いなら帰るぞ!」

「ッ! ま、待って! 待って下さいッ!!」


 俺が立ち上がると、フェイが俺の腕に縋り付いてきた。……コイツ、やっぱり結構あるな。ロゼッタほどじゃないけど。


「お願い、助けてッ! もう貴方しか頼れる人がいないのッ! このままじゃ……このままじゃ、カティアが……うぐっ……ビグッ」

「カティア? 確か、ガラルドの弟子っていう娘だったか? そいつがどうかしたのか?」


 フェイは、しばらく体を震わせながら嗚咽おえつを漏らしていたが、やがて落ち着いたのか、少しずつ状況を説明しだした。どうもカティアは、フェイからの個人的な依頼により、死都近郊にあるとされる、狼旅団の拠点を探しに行ったらしい。5日以内に返って来る予定だったのだが、8日目の今朝になってもまだ帰って来てないらしい……。


「……知り合いにでも会って、寄り道してんじゃないのか?」

「そんな訳ないでしょ! カティアは死都にいるのよ!? それにカティアはそんなことしないっ! 自分で言った事は守る筈よ!!」

「はぁ……テメェを落ち着かせる為に言っただけだ、少しは空気読めよ。で、俺に話したい事ってそれか? にしては、随分前から付きまとわれてた気がするが?」

「そ、それは貴方がッ!!」

「面倒臭い女だな……もう帰ろっかな」

「ッ!? 待ってッ! その……不愉快な思いをさせて、ごめんなさい! そ、それで……貴方にお願いしたい事があるの」

「……カティアの捜索か?」

「……そうよ」

「嫌だ、と言ったら?」

「ど、どうして!? 貴方もガラルドさんの弟子なんでしょう!? 同じ弟子同士だったら……」

「悪いが、俺はそのカティアって娘と面識がない。ハッキリ言えば、知らない奴の為にみすみす危険を冒す気は無い」

「そ、そんな……。やっぱり……ヒグッ……助けて、くれないんだぁ……うぐっ……」


 また泣きだしたよ……いつもの勢いはどうしたんだよ。まあ、追い詰められてるのは分かるが、もう少し落ち着いてほしいな。俺もイジメ過ぎかもしれないが、今までこいつに不愉快な思いをさせられたからな。お互い様だ。


「泣くな、なにも助けないとは言ってないだろ?」

「ヒック……ふぇえ?」

「俺がこうむるであろうリスクに対して、相応の報酬を貰いたい。依頼ってそんな感じだろ? 俺が要求する報酬を用意できるなら、助けてやらんでもない……」

「グス……も、もちろん! お金なら、いくらでも払うわッ!! お願い、カティアを助けて! あの娘は、私の妹みたいなものなのッ!!」

「その心意気は素晴らしいが、俺が欲しいのは金じゃない──」


 俺は、フェイにある要求を突きつけた。


「なっ、なんですってッ!?」

「あ〜、もちろん前払いとは言わない。成功報酬で後払いだ……どうする?」

「……わ、分かりました! その代わり、カティアを……カティアをお願いッ!!」

「ああ、任せろ。その代わり、成功したら報酬はきっちり頂くからな!!」

「ッ!」


 この依頼……正直、悪くない。ノア6に帰る前に、俺の目的を達成することが出来そうだ。しかし、カティアをギルドで見かけないと思ったら、まさか死都にいたとは……。

 フェイの個人的な依頼と言っていたが、実際はギルドからの直接的な依頼……任務に近いものだ。副支部長は書類を碌に確認せずに判子を押す為、フェイは何度かこっそりとこういった依頼をカティアに任せていたらしい。

 何でこんな事をしているのか尋ねると、今はいない支部長から、この街を、そしてギルドの事を頼まれていて、彼女なりに色々と考えて行動していたそうだ。……健気けなげだねぇ。

 部屋を出てロビーに戻ると、ミシェルが待っていた。


「ヴィクターさん、大丈夫ですか?」

「ああ。ミシェル、復帰早々悪いが、俺は今日別件の仕事が入っちまった。クエントもあんな感じだし、今日は休みになるかな?」

「えっ、そうなんですか!? 分かりました、僕もたまには一人で出来るような仕事を探しますね!」

「ああ、気をつけてな!」



 ミシェルと別れた俺は駐車場に向かい、車のエンジンを始動させる。

 フェイのあの口振りから察するに、カティアのレンジャーとしての腕前は信用されているのだろう。彼女はあのガラルドの弟子だ……俺よりも彼との付き合いは長かったはずだ。

 敵を冷静に観察し、常に自分が優位になるように立ち回り、かなわないと察した時は迷わず撤退するという、ガラルドの行動が引き継がれていると仮定しよう。つまり、まだカティアが生きていると仮定して、何故帰ってこないのか?

 考えられるとしたら、捕まったとかだな。彼女は、狼旅団の拠点を探しに行ったらしい。そこで、狼旅団に捕縛されたとしたら? 俺も狼旅団の拠点を探すのが手っ取り早いのかもしれないな……。


《ロゼッタ、聞こえるか?》

《はい。なんでしょうか、ヴィクター様?》

《旧カナルティア周辺の、最新の衛星情報と、人がいそうな区画をマーキングして、俺に送ってくれ》

《分かりました》

《あ、あとそれから……》

《はい?》

《……用意してほしい物があるんだ》

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