第50話 カティア

-街を出て1日目(ヴィクター達が、狼旅団の拠点襲撃作戦を行なっていた日)

@死都 外縁部


(まぶしい……もう朝か……)


 太陽がビルの真上からその姿を現し、日光がカティアの緑色の瞳に突き刺さる。カティアは、眩しさに目を細め、歩き続けてきた足を停める。

 夜通し歩き続けてきたが、無事に死都へと辿り着くことができた。だが歩き続けた脚は、悲鳴を上げている。しばらく休もう。

 建物の影で荷物を降ろして、腰を下ろす。取り出したビスケットとドライフルーツを頬張り、水筒の水を飲む。


(相変わらずマズいわね、これ……)


 わざわざ夜に出発したのは理由がある。カナルティアの街周辺は、平野で見晴らしがよい。さらに、最近狼旅団の活動が活発になっているので、昼間に女一人で歩いていると狙われる確率が高いのだ。


(こんなの、Dランクに見合った仕事じゃないわね……。まあ、それだけ信頼してくれてるって事なんでしょうけど)


 しばらく休息を取ったカティアは、荷物を担ぐと、銃をいつでも発砲できるように両手に携える。外れとはいえ、ここは死都だ。どんな敵が、いつ襲ってくるか分からない。


「さてと、お仕事しなくちゃね……」


 そう呟いたカティアは、死都の中へと足を踏み入れていった。



 * * *



-街を出て2日目(ヴィクターが服屋で採寸する時にムラムラしていた頃)

@死都 外縁部


「ギャァギャァッ!」

「キーッ! キーッ!」

「もうっ、しつこいッ!!」


 カティアは、キラーエイプの小規模な群れと戦っていた。小規模な群れといっても、その危険度はC〜Bと判断されることもある位、厄介な相手だ。

 すでに何匹か倒しているが、その数が減ったようには見えない。何匹かの猿が、カティアを仕留めようと迫って来ている。


(勿体ないけど、仕方ないか。クソ……)


 カティアは、ガラルドから渡されていた缶詰に穴を開けて、即座に地面に投げつける。幸いなことに、こちらは風上だ。缶詰からは、ドロドロした何かが飛び出しており、目には見えないが途轍とてつもなく臭い匂いを漂わせているはずだ。


「ッ! ……ギギギ!」

「ギャァッ!」

「ギギ……ギィ……」

「うっ! ゲホゲホっ……ううっ、何入ってんのよ、アレっ! でも、今のうちね」


 猿達は、あまりの臭気に足を止めて、唸りだす。中には逃げ出したり、気絶する個体も現れた。その強烈な臭気は、風上にいる筈のカティアでさえ、思わず咳き込んでしまうほどだった。

 だが、これで猿達の鼻を潰せた筈だ。今のうちに逃げなくては……。



   *

   *

   *



 あれからしばらく経ったが、猿達は追ってこない…どうやら無事に逃げる事が出来たようだ。


(あ〜、シャワー浴びた〜い……。さっさと仕事終わらせなきゃ。どこにあるのよ、狼旅団のアジトって!?)


 カティアは5日以内に帰ると、フェイと約束している。最長でも、4日目の夜には街に帰らなくては……。これを過ぎると、用意した食料が尽きてしまうのだ。

 ……いや、食料なら現地で狩りをすれば手に入るし、その訓練もガラルドから施されている。

 だが、死都に長く留まるべきではない。師匠であるガラルドも、ここで命を落としているらしい……。あの、どんな事も飄々ひょうひょうとこなして、必ず生きて帰って来た人がだ……。


(……あのクソオヤジ、本当に死んじゃったの?)

「ヴア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!」

「な、何ッ!?」


 突然、不気味な鳴き声が背中から響いてきた。振り返ると、ボロボロになった道路の彼方に、陽炎に揺られる人影が姿を現す。そのずんぐりとした赤黒い体躯には、首が無いように見えた。

 その特徴的な外見から、崩壊後の人間であるカティアにはすぐに理解できた。虐殺の象徴……全てを喰らい尽くすまでその動きを止めないと言われる、悪食のミュータント……デュラハンだ。


「ッ……デュラハン!? 死都の外れなのに!? ほんっとについてない、だから死都は嫌いなのよッ!!」


 デュラハンがこちらへと走り出すと同時に、カティアも駆け出した。だが、圧倒的にデュラハンの方が速度は速い。距離が開いていたのが唯一の救いではあったが、このままではすぐに距離を詰められてしまうだろう。カティアは、意を決して近くの路地に入り込んだ。

 それを見ていたデュラハンは、同じように路地に入り込むが、そこにカティアの姿は無かった。


「グルル……ヴア゛ア゛ッ!?」


──ドスッドスッドスッ……。


 カティアを見失ったデュラハンは、そのまま咆哮すると、路地の奥へと走って行った。

 しばらくして、路地にある崩壊前に使われていたゴミ箱の蓋が開けられる。


「ふぅ〜、死ぬかと思ったぁ……。焦ってたら、絶対死んでたわ」


 幸いなことに、入り込んだ路地に身を隠せそうなゴミ箱があったので、カティアは咄嗟とっさの判断でゴミ箱の中に隠れたのだ。

 流石にガラルドの弟子なだけあり、彼女はこのような判断に優れているようだ。


「ヒッ! ……な、なに?」


 足元にゾワゾワとした感覚を感じ、一瞬身を震わせる。恐る恐る足元を見ると、体長30cm程の巨大なGがカティアの脚に貼り付いていた。


「……ひっ! ……い、嫌ぁッ!!」


──ダダダダダダッ!


 カティアは脚を振り回して、Gを地面に叩きつけ、手に持った突撃銃ダムを乱射する。蜂の巣にされたGは、身体をバラバラにされて空中にその破片を撒き散らす。


「はぁ、はぁ……。うげぇ、気持ち悪っ!」

「ヴア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!」

「ふぇっ!? げ……まずッ!」


 先程のデュラハンが、銃声とカティアの悲鳴に反応したようだ。カティアはその場から急いで離れると、急いで駆け出した。


(もうっ、ほんっとサイアクっ!!)



 * * *



-街を出て3日目(ヴィクターとミシェルが賞金稼ぎをしていた日)

@死都 外縁部


(眠い。髪もボサボサ……。もう、帰りたい……)


 昨夜はいつにもまして、眠れなかった。カティアはいつも廃墟に隠れて眠っていたのだが、昨夜は何処からか聞こえてくるミュータントの鳴き声や、誰かの銃声や爆発音が聞こえてきて、中々寝付けなかったのだ。


(とりあえず、昨日の夜うるさかった所に行こう……)


 昨夜、誰かが死都で戦っていたのは確かだ。運が良ければ、目的の狼旅団のアジトが近いのかもしれないし、他のレンジャーがミュータントと戦っていたのかもしれない。どちらにせよ、調べてみる価値はあるだろう。



   *

   *

   *



 しばらく進むと、複数のミュータントの死骸と数名の人間の死体が転がっていた。


「……妙ね。なんで、みんな自治防衛隊の防具を装備してるのかしら?」


 転がっている死体は皆、カナルティアの街の中央地区を担当している、自治防衛隊の防具をつけていた。彼らの制服は、赤地のシャツの上から、タンクトップの鎖帷子、金属製のプロテクターなのだが、死体は皆その格好をしていた。


「ま、今はどうでもいいか……。それよりも──」


 カティアは死体をまさぐると、財布やら弾薬を頂いて行く。


(おっ、コイツ結構持ってるじゃん♪ あっ、弾薬もたんまり! そろそろ弾薬も尽きてきたから、丁度良かったわ♪)


 ……一見カティアは、死人から物を奪うゲスに見えるが、崩壊後の世界においてこれは一般的な行為なのだ。死人に口なし、物も要らず……生きている者が、死者の物を有効活用して生きていく。これはごく当然な行為として、認識されているのだ。

 カティアは、死体を建物の側に並べると、彼らの荷物や服で彼らの顔を覆ってやる。


(……ごめんなさい。ここじゃこんな事位しか出来ないけど、どうか安らかに)


 カティアは、心の中で彼らの冥福を祈り、出発する。彼らのお陰で補給も出来た事だ。もう少し頑張ってみようと意気込み、歩みを進める。

 ……唯一の心残りは、重量の関係で彼らの武器と、弾薬の全ては持って行けなかった事か。車でもあれば、全部持って行けただろうに。今回持って行けない分はきっと、他に死都を訪れた者が有効活用してくれるのだろう……。


(てか、あのクソオヤジの秘密基地ってどこにあるのよ!? きっとそこに、車も置きっ放しになってる……ああ、取りに行きたーいッ!!)


 ちなみに、そのガラルドの車はヴィクターによりバラバラに分解されて、ノア6でほこりを被っていた……。



 * * *



-街を出て4日目(ヴィクター達がミシェルに薬を飲ませている頃)

@死都外縁部 旧拘置所


(やっぱり間違いない、ここがアジトだ!)


 夕方も迫り、タイムリミットが近づいてくる中、遂にカティアは狼旅団のアジトを発見することができた。

 昨日の死体を中心に捜索を続けたカティアは、昨晩、廃墟のビルの上から双眼鏡を眺めた。すると、死都郊外の開けた所に灯りが見えたのだ。そこは、崩壊前は刑務所……いや、正確には死刑囚も収監される拘置所として使われていた建物だった。

 建物の周りは、拘置所として使用されていただけあって、頑丈で高い壁があり周りは見晴らしが良い、死都でも守りやすいのだろう。だが、理由はそれだけではないようだ。


──プァンッ! ブロロロロ……


 門の前にトラックが何台か走ってきて、クラクションを鳴らして門の中へと入っていく。荷台は、家畜用の檻になっており、中には人間が載せられていた。


(……どうなってるの?)


 カティアは見つからないように、建物の影や茂みを利用して接近するが、拘置所の周りには建物も何もない為、見晴らしが良い。これ以上は近づけない。


(ダメか……。ッ、誰か来るっ!)


 カティアは建物の影に身を隠すと、息を抑えて気配を絶つ。拘置所の門からは、2人の女性が出てきた。歩哨だろうか……。


(……あれは、カイナとノーラ!? 何でこんな所に)


 歩哨の2人は、カティアと面識があった。同じ孤児院出身で、カティアの後輩にあたる娘達だった。2人はカティアと同じくレンジャーをしていた筈なのだが、カナルティアの街では食べていけないと言って、他の街に旅立っていた筈だった。


「いやぁ、うまい話ってそうそう無いもんっすね〜。まさか死都で警備するなんて……これじゃ、レンジャーの時の方がマシっすよ!」

「……でも、ここなら毎日ご飯が食べられる」

「まあ、ノーラの言う通りなんっすけどね。でも、あの捕まった人達を見ると、罪悪感半端ないっす……」

「……同感」


 狼旅団は、周辺の村々を襲っている。その際に捕まえた人々を、拘置所の監獄を利用して閉じ込めておき、後に闇奴隷として売りに出すのだろう。カイナ達の話を聞く限り、何処かの村が襲撃されたようだ……酷い話だ。

 カティアの心には、怒りが燃え上がっていた。村々を組織立って襲う、卑劣な狼旅団に……そしてギルドを、レンジャーを裏切った後輩達に! そしてカティアは、我慢が出来ずに飛び出した。


「はあ……ウチらこのままでいいんすかね〜?」

「……裏切れば、殺される」

「わ、分かってるっすよ! ウチ、まだ死にたくないっす!」

「……私も」

「2人とも、動かないでッ!」

「「 ッ!? 」」


 カティアは、2人に銃を突きつける。


「カティア? カティアじゃないっすか!? カティアも狼旅団に……って訳じゃないみたいすね?」

「……違うと思う」

「見損なったわよ、アンタ達! まさか、野盗になっているなんてね!! ジェイコブ神父が聞いたら、きっとアンタ達の事を殺しに来るわよっ!」

「あわわ……それは勘弁っす!」

「……こ、怖い」


 ジェイコブ神父とは、カティア達の孤児院の院長である。昔ヤンチャしていたらしく、怒る時はとんでもなく恐ろしい人なのだ。


「はっ、神父がどうしたって?」

「何ッ!?」


 気がつくと、カティアの背後にもう1人の女が立っていた。その左手にはベースボールバットの様な物が握られ、太い部分を肩に乗せている……。同じ孤児院出身で、カティアと同期のジュディという娘だ。


「ジュディ!? まさか、貴女まで……。どうして!?」

「どうして? はっ、英雄様の弟子には分からないだろうね! アタシらがどれだけ、苦労しても報われない日々を送ってきたか!?」


 レンジャーは難儀な商売だ。特に低ランクの者は、命を危険に晒す割には報酬は少なく、レンジャーだけではやっていけず、その日の食事もままならないという事もある。特に女性だけで活動するなら尚更だ。

 カティアは、運良くガラルドの弟子という立場を掴むことが出来た為、仕事で困る事や、飢えるような事は無かった。だが、それは英雄の弟子というネームバリューがあった為というのが、非常に大きい。

 確かにカティアが優秀なのは事実だが、それだけでは報われない者がいる事も事実なのだ。そんな者達に、狼旅団は居場所を提供した。食事も与えた。そして、既存の社会への反逆……自分達以外の者から奪い、自分が報われるという目的を与えていたのだ。報われない者が多いこの世の中だ……どおりでここまで規模が大きくなる訳だ。

 ジュディはいかに自分達が、苦しい生活を送ってきたかカティアに皮肉たっぷりに話した。そして、カティアは何も言い返すことが出来なかった。


「……」

「あれれ、カティアちゃん? 困ったらだんまり?」

「ジュディ……やっぱりあなた達間違ってるッ! だからって人を襲うなんて……そんな人間がいるから、私達みたいな孤児が生まれるんじゃないの!?」

「チッ、んなことは分かってるよッ! でもアタシらには、こうするしか無いッ!」

「今ならまだ間に合う! もうこんな事はやめてッ!」

「はんっ! だったら力ずくで止めてみろよッ!」

「何ですって!?」

「カイナ、ノーラ! アンタ達は手を出すんじゃ無いよ!」

「わ、分かったっす……」

「……分かった」

「いくよ、カティア!!」


 ジュディはカティアに殴りかかる。ジュディは【ストライカー】という、接近戦を得意とするポジションだ。その身体は引き締まっており、陸上選手やアスリートの様だ。しかもカティアよりも身長は高い……格闘戦はマズい。


「くっ!?」

「どうした、撃たないのッ!?」

「う、撃てるわけないでしょ!?」

「そう……アタシはね、アンタのそういう甘ちゃんな所が、昔から嫌いだったんだよッ!!」

「ッ! ……かはっ!?」


 ジュディの攻撃を避け続けたカティアであったが、動きを見切ったジュディは、バットで殴りかかると見せかけてそのバットを捨て、素手でカティアの鳩尾みぞおちに正拳突きを叩き込んだ。バットの動きに集中していたカティアは、その攻撃をもろに受け、膝をついた。


「ッ! ……うっ、ゲホゲホッ!」

「これで終わりね。カイナ、ノーラ、コイツ縛るから手伝って!」

「……り、了解っす」

「…………分かった」

「ジ、ジュディ……」


 カティアは武器を取り上げられて、3人にロープで縛られてしまった。


「姉さん……カティア、どうするんすか?」

「……殺すの?」

「ええっ、殺しちゃうんすか!?」

「いや、独房が空いてた筈だ。とりあえず、そこに放り込んでおく」


 ジュディ達は、カティアを連れて拘置所へと帰っていく。


(フェイ……ごめんなさい。5日以内に帰るどころか、帰れるかどうかすら怪しくなっちゃった……)





□◆ Tips ◆□

【ポジション】

 レンジャーの大まかな役割の様なもの。パーティーを編成する際に参考にされ、足りないポジションがあれば募集が掛かったりする。

 ポジションはあくまで自己申告なので、パーティー編成の際は、その人が本当にそのポジションで活躍できるかを見極める必要がある。


※下記のポジションは、小説の中の物です。現実での、実際のポジションとは役割や仕事が異なりますのであしからず。


●ポイントマン──活動の際、最前線に立って索敵・戦闘を行う。ベテランがなる事が多く、パーティーのリーダーを務める事が多い。ただし、自称ポイントマンのバックアップマンが多い為、注意が必要。腕に自信のある者が名乗り出るポジションである。


●バックアップマン──これといって特徴の無い役割だが、パーティーの主力とも言える。殆どの人間がこれ。


●マークスマン──選抜射手・狙撃手。主にライフルを装備して、後方から援護したり、遠方からの狙撃を担当する。


●スカウト──主に、罠の設置や解除、偵察などを行う、工兵と偵察兵を混ぜた様な存在。他にも道具の製作や、鍵の解錠など活躍は広きに渡る。しかし、戦闘専門の者から軽視されがちで、活躍の割に冷遇される事が多い。


●ガンナー──車載の機関銃や、強力な重火器を担当。だが、これらの装備を保有している者は少ない為、このポジションを専門としている人間は圧倒的に少ない。


●ストライカー──近接戦・格闘戦のエキスパート。散弾銃や銃剣の他、ナイフや斧といった白兵戦用の武器を専門に扱う。敵が防弾装備をしている際に、決定打を与える事ができるとされる。敵の銃弾を防ぐ為に、防具を着込んだり、盾を持っていたり、逆に動きやすいように軽装だったり、両極端な装備をする者が多い。

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