第49話 看病

-翌朝(街に来て6日目)

@ローザ服飾店


 俺は、出来上がっているであろう服を受け取りに、ローザ服飾店に来た。店に入ると、店主のローザが出迎えてくれた。正直、会いたくなかった……。


「あら、いらっしゃいヴィクターさん!」

「……」

「ちょ、ちょっと。そんなに身構えないでよ!」


 この前、ローザに変な恰好をさせられた為、警戒してしまう。


「……で、注文していた服は?」

「ええ、できてるわ。モニカちゃん、ヴィクターさんがいらっしゃったわよ~!」

「はい、今行きます!」


 奥から、モニカが出てくる。


「お待たせしました! 是非着てみて下さい!!」

「ああ、早速着てみるわ」


 モニカが服を渡してきて、促されるままに試着室に入る。受け取った服を広げてみると、何の変哲も無い、薄手のパーカーだった。恐らくフリース製で、タクティカルパーカーっていうのか? そんな形状だった。

 だが着てみると、その着心地に驚いた。俺の身体に丁度良くフィットしてとても動き易く、肩を回したり腕を上げたり伸ばしたりしても、どこにも余分なたわみが発生しないのだ。これなら動いた時に衣擦きぬずれの音が出にくかったり、装備が引っかりにくいだろう。


「ヴィクターさん、どうでしょうか?」

「……完璧だ、素晴らしい!!」

「ありがとうございます!」


 ノア6でも服は作れるが、やはり素人が作る物とプロが作る物は違う。ノア6では大まかな採寸で服を作れてしまうが、モニカはちゃんと俺が動いた時の肩周りや、可動域なんかを計測して作ってくれていた。……そのせいで、変な姿勢になったり、モニカの胸が当たったりして辛かったが。


「残りの服も同じ感じか?」

「えっと……日常生活で着れて、かつ戦いの時に動き易いものを作ったので、パーカーがもう一つと、後はTシャツを作りました。Tシャツの方は、この前買って頂いたジャケットと合わせてもいいと思いますよ!」

「なるほど。ありがとう、また頼むよ!」

「はい!」


 買ったパーカーを着て、外に出る。最近、昼間は暖かくなっているので、この服は丁度良いだろう。ひとまず、買った服を宿に置きに行こう。



 * * *



-昼

@クエントの宿


 午前中は、新しい服で気分が良かったので街中を散歩していたのだが、流石に暇になってきた。気がつくと、俺はクエントが滞在している宿へと足を運んでいた。


(朝、ギルドに行かなかったからな……。いるかな? それとも仕事行ってるかな?)


 部屋をノックすると、返事が返ってきた。幸いなことに、今日も仕事は休みらしい。


「は〜い。おっヴィクターか、まあ入れよ!」

「よう。……今日も休みなのか? 顔大丈夫か?」

「ああ、腫れはだいぶ引いた。けど、すまなかったな」

「いや、あれはあのヒス女が悪い。気にするな。それより、何かしてたのか?」

「ああ、新しく役に立つ道具を閃いてな、今作ってるところなんだわ!」

「その楽しみは分かるぞ、気が付いたら凄い時間が経ってるんだ」

「そうそう! あと、ミシェルが体調崩してな……一人で置いてくわけにもいかんだろうしな」

「ミシェルが? 大丈夫なのか!?」


 クエントとミシェルは師弟関係で、チームを組んでいる。チームは、同じ宿に滞在している場合が多く、彼らもそうだった。

 部屋に入ると、ベッドにミシェルが寝ていた。心なしか顔が赤いように見える。


「ヴィクターさん……ごめんなさい。体調崩しちゃって……」

「いや、大丈夫だ。今は気にせず、休むんだ。」

「そうそう。ヴィクターのお陰で、今は金に余裕があるからな。きっちり休んで、さっさと体調治せよ!」

「は、はい……」

(……俺のお陰? 稼げてる?)


 気になる発言はあったが、今はミシェルが心配だ。崩壊後の医療事情がどうなっているかは知らんが、俺にできることがあれば、何かしてやりたい……。


「なあ、病院とか行った方がいいんじゃないか?」

「い、いや……病院なんて行く程じゃないです。大丈夫です、ヴィクターさん……」

「あー、たぶん大丈夫だと思うぞ。ミシェルは月に一回くらい、頭痛と腹痛を起こす体質みたいでな……。ま、いつもほっといたら治ってるし、大丈夫だろ」


 それって、何かヤバくないか!? 今すぐ、ノア6でメディカルチェックをさせたいが、そうする訳にもいかない。定期的な頭痛と腹痛……何か大きな病気の症状のような気がする。大腸に炎症が起きてるのか? 頭も痛いって言ってたな……クソッ、データが無けりゃ何も分からない。

 俺は昔の研究の都合上、解剖学や機能形態学、多少の医学は学んでいる……基礎的な病態生理学や薬物動態学も齧っている。だが、診断を下すには医学の知識はもちろん、何より経験が必要だ。人体は繊細で、知識があったとしても対応しきれないのだ。

 ノア6は、【メディカルポッド】なる便利な装置があったが、ここにはそんな物はない。どうするか……せめて症状だけでも何とか和らげてやりたい。ミシェルに近づいて、腰を下ろす。


「ミシェル、ちょっと触るぞ」

「えっ……ひゃっ!?」

「……可愛い声出すなよ」

「ご、ごめんなさい……」

「ん〜、熱はちょっとあるか? よし、分かった」


 俺はクエントの腕を掴む。


「ん、おい……なんだ、ヴィクター?」

「薬買いに行くぞ、案内してくれ」

「えっ、俺は装備の作成が……」

「ヴィクターさん、僕は大丈夫ですよ」

「いや、大丈夫じゃない。何か症状を和らげる薬とかある筈だ。それにクエント! お前も、弟子がこんななのに放っておいていいのかよ!? 確かに楽しいのはわかるが、今は他に優先する事があるだろ?」

「そ、そうだな! ……ミシェル、すまなかった。今すぐ薬を買ってくるからなッ!! 行くぞヴィクター!」

「おうッ!」

「あっ、二人とも! ……行っちゃった」



 * * *



-1時間後

@マーケット


「ヘッヘッへ……兄さん方、この薬はどうよ? 飲んだらそらビンビンで、女はヒィヒィ言っちまうぜ?」

「「 …… 」」

(なあ、ヴィクター?)

(なんだ、クエント?)

(俺、その薬ちょっと興味ある……)

(やめとけ、どうせ使う相手もいないだろうに)

(クソ、そうだけどさ……。はぁ〜、いつかブレアちゃんとあんな事やこんな事を……)

(おい、今はミシェルの顔を思い出せ! 俺たちは何しにきたんだ!?)

(そ、そうだったな! すまん)

「あ、あの〜兄ちゃん達……何かお探しで?」


 ミシェルの症状は頭痛と腹痛、あと微熱だったか……とりあえず解熱鎮痛剤か何かを買って行こう。


「ああ、痛み止めみたいなのあるか?」

「痛み止めか……兄ちゃん達、レンジャーだろ? なら、丁度良い物があるぜ」

「……これは?」

「モルヒネだよ」

「却下で。NSAIDsがいいな、何かないか?」

「え……えぬせいず? 何だそりゃ?」

「……アセチルサリチル酸とか、イブプロフェンとか、そういうの無いか?」

「ん~、似たような名前のアセトアミノフェンって奴ならあるぞ?」

「原末か?」

「げ、原末? ウチは、混ぜ物なしだぞ!」


 どうも、店の店主は別に薬剤師という訳では無いらしい……そもそも、そんな職業が崩壊後にあるかも分からないが。幸い、アセトアミノフェンの散剤(粉薬)があったので、それを買う事にした。熱も少しあったので、ちょうど良かったかもしれない。

 もっとも、こんな怪しい所で買う薬だ。本当に飲んでも大丈夫か疑問だし、中身が本物かも分からないが。とにかく、クエント曰く信用できる店らしいので、買って行く事にする。

 

 そのままクエントの宿へと帰り、ミシェルに薬を飲ませた。しばらく様子を見るが、飲む前よりも落ち着いたようだ。気が付くと夕方になっており、クエントと早めの夕食を食べに行くことにした。ミシェルには何か買ってくることにして、寝かせておくことにした。



 * * *



-その夜

@カナルティアの街東部地区


 以前、ウサギ狩りの打ち上げをした歓楽街の食堂に入り、料理を注文すると共に、ミシェルの為に持ち帰り用の胃にやさしい食事を頼んでおく。待っているミシェルの為にも、今回は酒は無しだ

 料理を待つ間、クエントと雑談する。


「なあ、今何造ってるんだ?」

「何だ、気になるか? ふふん、そうだろうな!」

「何だよ、もったいぶるなよ」

「襲撃作戦の時に閃いたんだよ。あの時は、ドアを開けて手榴弾を放り込んでいただろ? そのままドアを貫通しながら手榴弾を部屋に投げ込めないかって」

「なるほどな」

「俺は閃いた。クロスボウみたいなもので、手榴弾を飛ばしてドアを貫通できないかってな。」

「んん?」

「試作品は出来たんだが、なかなかドアを破れなくてな……」

「それ、どこで試してるんだ?」

「宿のドアだが?」

「やめろ、迷惑だろうが! それに、いざ実戦でドアを破れなかったらどうすんだよ! 跳ね返って、自爆するだろうが!!」

「そうなんだよ、それで限界を感じてさ。はぁ……」

「い、いや……手榴弾を飛ばすってのは悪く無い考えだと思うぞ! そのまま、手榴弾を飛ばすのに使えばいいんじゃないか?」

「そうだよなぁ……うん、そうするしかないな。なんか、微妙だけど」

(俺だったら、グレネードランチャーを使うけどな……)


 飯を食って、弁当を受け取る。外に出てしばらく歩くと、例の風俗街に足を踏み入れた。エッチなお姉さんたちが客寄せをしている。溜まっているのか、下半身に悪い。


「ああいうの見ると、下半身に悪いな……」

「何だよ、溜まってるのかヴィクター?」

「まあな」

「じゃあ、娼館でも行けばいいじゃねえか」

「う~ん、そうなんだろうけどさ……」


 崩壊前もそうだったが、この手のお店に入る勇気が出なかった。それから、プロよりも素人の方が……なんてプライドじみたものが、俺の足を停めていた。


「……俺にはまだ早いかなって」

「何だそりゃ」

「まあほら、今はミシェルに飯食わせてやろうぜ」

「そうだな」


 クエントと共に、宿へ帰る。ミシェルに別れを告げて、俺も宿へと帰ることにした。



 * * *



-同時刻

@Bar.アナグマ


「……また来なかった。ミシェル、まさか嘘ついたんじゃ」

「……あまり人を疑うもんじゃないぞ」

「はいはい、分かってますよ!」


 今日、ギルドでヴィクターを待っていたフェイであったが、ヴィクターはギルドに来なかった。夕方、勤務を終えたフェイは、ヴィクターの宿の前で彼を待っていたのだが、帰ってくることは無かった。


(全く、何で避けるのよ! ……はぁ、カティアの方は無事かしら?)

 

 ヴィクターの態度にプリプリしながら、もう一人のガラルドの弟子であるカティアの事を思い浮かべながら酒を飲むフェイであった。





□◆ Tips ◆□

【メディカルポッド】

 専用の無人格AIにより、診断から手術まで、ほぼ全ての治療処置をこれ1台で行うことができる装置。ただし、1人に付き1台を、治療が終わるまで占有することになる為、効率は悪い。

 レガル共和国製であり、共和国の医療技術の粋を集めた機械。殆どの部分がブラックボックスとなっており、単価が非常に高く、崩壊後の世界では修理は殆ど不可能に近い。

 対応してくれるのは、手術やその後の安静時の投薬、看護処置だけなので、それ以外の経過観察や投薬は、医師や薬剤師の仕事となる。

 ノア6にも、稼働状態の物が存在する。

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