第37話 Dear my Angel!

-ヴィクター達が依頼を受け、出て行った後

@レンジャーズギルド 応接室


 小綺麗な部屋の中で、二人の女性が向かい合ったソファーにそれぞれ腰かけていた。


「ふぁ~、眠いぃ……」

「カティア、いい加減に目を覚まして!」

「いや~、昨日は大変だったのよ? 誰かさんが、新米の面倒見てくれって言うから、こっちは参ってるのよ」

「……ごめんなさい。でも、貴方くらいしか適任はいなかったのよ」

「謝らなくていいわ、どうせ副支部長のせいでしょ?」

「そうね、あまり大きな声で言えないのだけど……」

「で、今度は何?」

「……ガラルドさんが亡くなったって話は聞いた?」

「噂では。でも、本当なの? あのオヤジが死ぬ事なんて、想像できないんだけど」


 フェイは、机の上にガラルドのドッグタグを置く。ドッグタグとしては分厚く、チタンの鈍い銀色が高ランクのレンジャーであった事を示している。


「……本当、だったんだ」

「ええ、まだ非公開だけど、近日中に公表される予定よ。その前に、関係者の貴方には伝えておこうと思って」

「ああ、そう……」

「……悲しい?」

「えっ!? いやいやいや、何言ってるのよ!? あのクソオヤジ、事あるごとに私のお尻触ったり、酔った時なんて胸も揉んできたのよ!? まあ、すぐに殴ってやったけどね……? べ、別に悲しくない!!」

「そうなの? 何かあったら私を頼って頂戴。カティアは、同じ孤児院の妹みたいなものなんだから……。遠慮しなくていいからね?」

「いや、ホントに! 大丈夫だからッ!!」

「でもカティア、あなた昔から強がりな所あるじゃない? ホントに大丈夫?」

「いや、強がってないし! で、今日の用はそれだけ!? もう私、帰ってもいい?」

「待って、あともう一つ。ガラルドさんの弟子って、貴方だけのハズよね?」

「そうだけど? まあ弟子って言っても、殆どほったらかしだったけどね……。気づいたら出かけてたり、酔いつぶれてるんだもの」

「……昨日、ガラルドさんの弟子を名乗る男が来たわ」

「えっ、嘘でしょ!? 私、そんな奴知らない!」

「でも、噂だとアーマードホーンを倒していたり、スカドール家の長男坊に暴行を働いたらしいわ。あくまで噂だけど」

「……スカドール家? あのムカツク連中なら、ボコられても不思議はないけど、アーマードホーンは嘘でしょ!? 私でも戦ったこと無いわよ!?」

「それが、昨日街の外でアーマードホーンに襲われたトラックがいて……。実際に襲われた、護衛のレンジャー……クエントなんだけど、彼の話だと、襲われた時に助けに来てくれた男がいたんですって」

「……そいつが、弟子を名乗ってるって訳?」

「恐らくね」

「何よ、ハッキリしないわね!?」

「クエントも、助けて貰った人の事は覚えていないそうよ? 対応した筈の警備隊も、何も話さなかったり、逆にガラルドの新しい弟子が来たって言ってる人もいるの……。おかしいと思わない?」

「変ね。そんなに活躍したなら、もっと自分をアピールするものでしょ?」

「ええ、そのせいでアーマードホーンの死体は自治防衛隊に取られたわ……」


 フェイが悔しそうな顔をする。歯を食いしばり、ギリリ……と歯が軋む音が部屋に響く。


「フ、フェイ……怖い顔してるわよ?」

「あら、ごめんなさい。最近、疲れてるみたい。それで、さっきの話なんだけど……このドッグタグを持って来た男、ミシェルを連れていたわ」

「それって、クエントのところの……」

「そう。で、1時間くらい前に、直接その人に弟子かどうか尋ねたら、肯定したわ」

「何それ! 私も会ってみたかったのにッ!」

「あなたが、私との約束の時間になっても、グースカ寝過ごしたからでしょうがっ!!」

「うっ……ゴメンなさい」

「とにかく、私には嘘を言っているようには見えなかった……。けど、あくまで可能性として考えてね」

「じゃあ、直接本人かクエントに問いただせばいいのねっ!?」

「クエントのチームなら朝一で、依頼を受けて出て行ったわ。ちなみに、噂の彼も一緒よ」

「よく、昨日襲われといて仕事する気になるわね……。お金に困ってるの? じゃあ、今から追いかけ──」

「ちょっと! 私の依頼、忘れた訳じゃないわよねっ!?」

「ああ……今夜からだったっけ? わ、忘れてないから! ちゃんとやるわよ!」

「ならいいけど。ゴメンなさい、貴女しか頼めそうになくて……」


 カティアはフェイから、野盗に関する調査依頼を受けていた。死都の外れにある廃墟の一つに、野盗集団「狼旅団」のアジトがあるというのだ。

 そして現在、狼旅団はカナルティアの街北東部のスラム街を拠点に、街中にもその魔の手を伸ばしつつある。そして、近々そのアジトにて集会が行われるらしいという情報が、ギルドにもたらされた。


 狼旅団には、ギルドから離反したレンジャー達も混ざっているという。そこでカティアに、アジトの偵察と、元レンジャーの有無の確認などを頼んでいたのだ。

 本来ならこの調査依頼は、支部長クラスの人間が依頼する仕事なのだが、副支部長が使えない以上、フェイが調査依頼を出すしかなかったのだ。


 カティアは、Dランクのレンジャーではあるが、あの英雄ガラルド・ラヴェインの唯一の弟子と言われていた娘で、期待のホープであった。それに、フェイとは同じ孤児院の出身の為、他のレンジャーよりも信頼がおけた。レンジャーズギルドを裏切っている者がいる中で、この依頼を頼めるのは彼女しかいなかったのだ。

 

「じゃあ、出発前にもうひと眠りしようかな……。さっきの話、私が帰ってくる前に調べといてね」

「ええ、分かったわ。気を付けてね、カティア」

「ん……。何もなくても、5日以内には必ず帰るから」


 カティアが応接室から出ると、フェイは大きく息を吐きだす。


「さてと……仕事しなくちゃ!」


 フェイは立ち上がると、応接室を後にした。



* * *



-同時刻

@カナルティアの街近くの街道


「ヘックション!」

「ヴィクターさん、大丈夫ですか?」

「……誰か俺の噂をしてやがるな。ロゼッタかな?」


《ヴィクター様? 今、お呼びになりましたでしょうか?》

《ごめん、何でもないです》

《それにしても、昨日からの街の様子を見るに、あの最終戦争から約200年の歳月にしては、人口が多いように感じますね。計算では──》

《ロゼッタ、計算が全て正しいとは限らないことがあるんだ》

《なんと、そうなのですか?》

《ああ。それに……》

《それに?》

《人間はそこまで弱い生き物じゃないのさ》

《なんだか素敵に聞こえますね》

(何か、俺今良いこと言ったな♪)


「……ロゼッタ?」

「よお、色男! 女とは羨ましいねぇ~!」

「茶化すなクエント。お前も期待の若手って感じだったじゃねぇか、相当モテるんじゃないのか?」

「あ~クエントさんは……」

「いいんだ、ミシェル」


 二人は、俺の言葉に急に雰囲気が暗くなり、気まずい空気が漂いだす。

 まずい、地雷を踏んだか!? この雰囲気だと、恋人と死別した……とかかもしれん!

 崩壊後の世界は、死亡率が高い。医療も碌な物が無い上に、ミュータントなどの危険生物、野盗……考えれば死因はいくらでもありそうだ。


 クエントには、悪いことを思い出させてしまったかもしれない。謝ろう。


「な、なあ……クエント」

「……どうせ俺は女の子に嫌われてますよォだ!!」

「それは、大衆酒場のウェイトレスさんのお尻を触ったりするからでしょうが!」

「なんでだ!? ちょっとくらい良いだろう! 別に減るもんでも無いし!」

「なっ、ななな何言ってるんですか、貴方はッ!!」

「実家の妹たちは、キャッキャ、キャッキャと喜んでくれるぞ!」

「それは、クエントさんの家だけですッ!!」

「あ、ヴィクター……何か言ったか?」

「ちょっ……ちゃんと僕の話聞いてるんですか、クエントさん!?」

「……いや、何も言ってない」


 ……心配して損した。モテない件に関しては100%コイツが悪い。


「でもな、そんな俺にも最近、天使が舞い降りたんだ……」

「えぇ! 僕そんな話、聞いてませんよ!?」

「お、何だよ。クエントもやる事やってんじゃねぇか! ……で、どんな娘なんだ?」

「ふふふ……聞きたいか?」

「ぜ、是非! で、デートは!? まさかあの時ですか? ってかどこまでいってるんですか?」

「……ミシェル、凄い食いつくんだな」

「そういう年頃なんだろ。思春期って奴か?」

「……ハッ!? 二人とも、そんなニヤついた目で見ないで下さい!!」


 クエントと二人で、温かい目でミシェルを見つめてあげる。ミシェルは恥ずかしいのか、顔を赤らめている。


「で? どんな娘なんだ?」

「聞いたら驚くぞぉ? 多分お前らも知ってる娘だぞ?」

「だ、誰だろう…?」

「……」


 俺がこの街に来てから出会った女性は、3人しかいない。つまりこの中の1人という訳か……。



●候補その1 フェイ


 こいつは無いな。確かに、制服の上からでもスタイルが良さそうなのが分かったが、ロゼッタと比べると月とすっぽんだ。それに、ヒス女は願い下げに決まってる。



●候補その2 ブレア


 ……ギャルも無いな。頭の悪そうな感じだったが、これだけだと好みが別れそうだ。しかし奴はぶりっ子で、素の雰囲気・態度は粗雑で、話し方も汚かった。この女は無い。



●候補その3 アレッタ


 俺がレンジャー登録の時に世話になった、郵便と銀行担当の清楚系の娘だ。話し方も丁寧で、さぞ男受けするだろう。……ってか、この娘しか選択肢無いだろ!?



「ふっふっふっ……俺には分かったぞ!」

「え、誰だろう。僕にはさっぱりです」

「お、何だよヴィクター言ってみろよ」

「お前の天使ちゃんは……受付嬢のアレッタちゃんだな!!」

「……おい」

「そ、そうだったんですかクエントさん!?」

「違うッ!! 俺はビッチに手を出すほど飢えてないぞ、失礼なッ!!」


 急にクエントが怒り出してしまった。聞いたところによると、アレッタはお偉いさんと接する機会が多いため、オジサマ達の愛人として夜な夜なそのお相手をしているらしい……マジかよ……。

 人は……というか女は見かけによらないんだな、と感じたヴィクターであった。



「……で、結局誰なんだよ?」

「ゴホン。え~俺の天使は……受付嬢のブレアちゃんで~す」

「「 えぇぇぇッ!? 」」

「なんだよ、そんなに驚くことか?」

「いや、驚きますよ!? 今までそんな感じありませんでしたよね!?」

「何言ってるんだ、ミシェル。今朝も、俺に対してあんなにニコニコと挨拶してくれただろ? あの、Dランク以下のレンジャーのことを、ゴミを見るような目で見るブレアちゃんがだぞ? これはもう、俺に気があるとしか思えないッ! いや、あるに違いない!」

「「 …… 」」


 クエントは、まんまとブレアのぶりっ子に引っかかってしまったらしい。恐らく、彼女がDランク以下に厳しいのは、彼女にとって魅力が無いからだろう。


(ミシェル)

(なんです、ヴィクターさん?)

(俺は知らないって、幸せなことだと思うんだ……)

(……そ、そうですね。僕も黙ってます)

「いやぁ~、ブレアちゃんマジ天使ッ!!」


 クエントはこの時、今後の二人の仲の伸展を妄想して、幸福の絶頂を感じていた。この時はまだ、彼は幸せだった。

 ……そう、この時は。

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