第38話 ウサギ

-昼頃

@カナルティアの街より離れた平原


 俺達は3人で、ギルドから【セルディアシロウサギ】の狩猟依頼を受けていた。

 セルディアシロウサギは、崩壊前でもその毛皮が利用されていた動物で、肉もジビエとして食べられていた。“シロウサギ”の名の通り、冬季はその体が白い体毛で覆われるのだが、春から夏にかけてその体毛は抜け代わり、夏になると完全に茶色や黒色になってしまう。白色の時期が短く、環境保護政策の為に狩猟を制限していたことから、天然のセルディア白兎の白色の毛皮は超高級品として扱われていた。

 そして、今の時期は春。ギリギリ、白色のウサギが存在するかもしれないが、可能性は低い。だが依頼はこの白色の毛皮を入手し、指定の店舗に納入するというものだった。昼の弁当を食べ終えた俺たちは、歩いてきた街道を外れ、ウサギが生息するであろう平原に足を踏み入れた。


「しっかし、何でまた春に……。冬に獲りに行けば確実なのにな」

「さあな。依頼主が、どうしても今すぐに欲しいらしくてな」

「でも、見つかりますかね? そもそもウサギ自体、見つけづらいのに……。せめて、狩猟犬とかがいれば良いんですけど」

「俺達に犬を飼う余裕なんてないぞ、ミシェル」


 セルディアシロウサギは、平原に適応しているウサギだ。普段は、掘った穴に隠れて出て来ない為、見つけるのは困難とされていたのだ。


「で、でもよ? これくらいしか報酬の良い依頼は無かったんだよ」

「確かに、報酬は高くて驚きましたけど……依頼主、ローザ服飾店でしたっけ?」

「ローザ服飾店?」

「中央地区の高級な服屋だな。服以外にも、動物素材の防具とか、御婦人向けの鞄とか、色々売ってるよ」


 皮革製品レザークラフトの専門店兼服屋ってところだろうか?


「お、いたぞクエント」

「な、どこだ? ……ってか見えるのかよ! こんなだだっ広い所で、よく見つけられたな」

「さすが、ヴィクターさんです!」


 持っていた双眼鏡を使い周囲を観察していると、ちょうど100mくらい先に地面の穴からでてきたウサギが見えた。残念ながら茶色だ。


(ってか、結構いるな!?)


 ちなみに、この双眼鏡……正式には歩兵用の携帯偵察用機器なのだが、様々な機能が内蔵されており、当然ながら誘導用レーザーや指向性集音マイク、動体検知機能、FLIR(遠赤外線検知)などの高度なセンサーも備わっている為、壁の向こうに隠れた敵なども発見することが可能だった。

 双眼鏡をFLIRモードに切り替えると、今さっき視認したウサギの周囲の地面に多数の生体反応があるのが見えたのだ。


「あっ、地面に逃げちまったな」

「どこだ、そこに行くぞヴィクター!」


 3人でウサギを追うが、当然視認はできない。セルディア白兎は、自分の巣の穴の入り口を巧妙に隠す習性がある為、ぱっと見は平原が広がっている様にしか見えない。だが、先ほど俺は双眼鏡で確認した位置をマーキングしていた為、俺の視界にはマーキングした箇所が疑似的に表示されていた。


「くそ、どこだ!」

「ヴィクターさん、本当に見えたんですか?」

「ああ、多分ここだな」


 俺は、持って来たシャベルで表示された箇所を掘ると、ズボッと穴が開き、中からウサギが飛び出してきた。


「おわっ! ミシェル!!」

「は、はいッ!」


 飛び出したウサギを、ミシェルが捕まえて胸の前に掲げる。


「ほ、ほんとにいた……」

「ヴィクター、お前すげぇな!」

「だが、茶色だぞ? 目的は白色なんだろ?」

「ああ。だが、この茶色でも毛皮は高く売れるし、肉も売れる。見つけるのが難しい奴だから、依頼程じゃないが稼ぎにはなる」

「そうか。じゃあ、全部狩るか」


 俺は、次々と地面に穴を開けていき、時に穴に手を突っ込んでウサギを引きずり出し、時に逃げたウサギをクエントやミシェルが捕まえていく。捕まえたウサギは、持って来た麻袋の中に入れていく。セルディア白兎は、袋の様な狭い所に入れると、落ち着くのか大人しくなるそうだ。


「おい……ヴィクター、これはちょっと多すぎだろ」

「さ、さすがにこれは持って帰れませんね……」


 チラリと振り返ると、ウサギでパンパンの麻袋が視界に入る。……狭い所が好きと言っても無理があるのだろう。麻袋は、モゴモゴと動いており、中でウサギがもみくちゃになっているのが想像できる。

 だが、目的の白ウサギはまだ見つかっていない。袋の惨状に目をつむりつつ、目の前の地面を掘ると、中から白い物が飛び出てきた。


「ッ!! 白ウサギだ! そっちに行くぞ!」

「よっしゃ、俺に任せろ!!」


 クエントは、素早くウサギを掴もうとするが、ウサギも必死で身をよじり、捕まるまいと必死に逃げる。


「お、うわぁ!!」


 ウサギがクエントの股の間を抜け、クエントが自分の脚の間に頭を突っ込み、そのままバランスを崩して倒れる。


(……マヌケな画だな)


 そう思っていると、クエントが倒れた衝撃で捕まえたウサギの入った袋が倒れ、袋の中からウサギたちが一斉に逃げ出した。急に俺の前に茶色の絨毯が現れ、驚いた俺は足を止める。


「おわッ! すまんミシェル、任せたッ!!」

「は、はい!!」


 唯一動けるミシェルが、白ウサギを追いかける。しばらく追いかけ、意を決したように白ウサギへと飛び込んで、地面に転がる。


「おい、ミシェル。大丈夫か?」

「……この通りです! ヴィクターさん!!」


 ミシェルの元に駆け寄ると、ミシェルは立ち上がり、胸の前に白ウサギを掲げながら、眩い笑顔で答える。飛び込んで土と泥で汚れた服と顔だったが、とても輝いて見えた……やっぱイケメンだわ、ミシェル。


「残ったのは6匹か……」

「すまん、俺のせいで逃がしちまった!!」

「ごめんなさい、僕も袋の口をしっかり縛っていればこんなことには……」


 ウサギの入った麻袋の中を見ると、もみくちゃにされて気絶したウサギが6匹だけ残っていた。


「おいおい、別にいいって。どのみち、あんな大量に持って帰れなかっただろ? それに、ミシェルのお陰で白ウサギも確保できたしな!」

「そ、そう言ってもらえると、僕たちもうれしいです」

「それにさ、クエントのあれ、ふふ……。あんなの、金払っても見れるモンじゃねえだろ?」

「お、おいヴィクター、やめてくれよ! 恥ずかしいんだから」

「……ブフッ! ハハハ!」

「ミシェル、テメェ何笑ってんだよぉ!!」

「ご、ごめんなさ……プフゥ!」

「反省してねえだろ! あぁ~もう帰ろうぜ!!」


 クエントの事を笑いながら、俺たちは街への帰路についた。



 * * *



-夕方

@カナルティアの街中央地区 ローザ服飾店


「ここか? 想像と違うんだな……」

「……お前はどんな店を想像してたんだよ?」


 納入する店に着いた俺たちは、ウサギの入った麻袋を担ぎ店内に入る。俺は勝手にレザークラフトのお店と思っていた為、木や革などの茶色い雰囲気を期待していたのだが、店はブティックのような外観で、中も同様だった。

 カララン♪と音が鳴るドアを開けて店の中に入ると、婦人用の服やドレスが並び、革の鞄や、靴などが並べられている。彼女と一緒に女性用の服屋や下着屋に入ってしまった彼氏の様な感覚だ。……経験無いけどな!

 俺たちが店内に入ると、奥から声が聞こえてくる。


「はぁい、いらっしゃ~い!」

「あ、ローザさん。お久しぶりです」

「あら、クエントちゃんじゃない。ご無沙汰ねぇ~。今日は何? 服の新調かしら?」


 店の奥から、店主と思われるドレスを着た女が出てくる。


「ローザさん、お久しぶりです」

「あら、ミシェルちゃんも一緒なのね。ってか凄い汚れてるわね、大丈夫?」

「はは、ちょっと転んじゃって」

「あら? そちらのお兄さんは新顔ね?」

「ああ、コイツはヴィクター。一緒に仕事をしたんだ」

「仕事……ってことは、貴方たちがウチの仕事を請け負ってくれたのね! それで、いたかしら白ウサギ?」

「ああ! この中に入ってる。確認してくれ」

「ほんと!? よかったわ~、ウチに来た注文でどうしても必要で、困ってたのよ~。さあ、上がって上がって! 今日はもう店じまいだわ!」


 ローザが店の入り口に「閉店」の看板を出す。

 店の奥に上がると、中は俺が想像していたような皮革工房のような造りになっていた。中では、エプロンをした娘が一人、ミシンで作業をしていた。


「あら、モニカちゃん。まだ作業してたのね」

「あ、ローザさん。ここの工程だけは今日中に終わらせたくて……」

「そう分かったわ。今日はワタシが戸締りするから、大丈夫よ~」

「はい、ありがとうございます!」


 モニカと呼ばれた娘はそう言うと、作業に戻る。


「……可愛い娘でしょ? いいとこの娘さんなのに、熱心よね~」

「ヴィクター、ラッキーだな。モニカちゃんは可愛いのに滅多に店頭に立たないから、会えるのは奇跡に近いんだぞ!」

「あら、それってワタシは可愛くないってこと?」

「えっ!? いや~、モニカちゃんとローザさんではジャンルが違うかなぁ……と」

「あらそう。ヴィクターさんはどう思う?」

「ん? 可愛いんじゃないか?(モニカが)」

「ま、嬉しい! 私もヴィクターさんの事タイプだわ♪」

「そ、そうか?」

(おい、ヴィクター!)

(なんだよクエント、急に小声で)

(その辺にしといた方がいいぞ!)

(はぁ? ……ああ、もしかして妬いてるのか?)

(違うわ! とにかく、忠告はしたからな!)

(……?)

「さあ、こっちに来てちょうだい!」


 工房の奥へ進むと、無機質なコンクリートの空間が広がっていた。大きなローラーやら、器具が置かれている。恐らく皮をなめしたりする所だろうか。


「じゃあ、この木箱の中に入れてくださる?」

「はいよ」


 担いでいた袋を降ろし、ウサギを木箱へと移す。

 基本、ガラルドと倒したミュータントや動物は、自分たちで皮を剥いでいたいた。ウサギを捕らえた時も解体しないのか二人に聞いたところ、人によって解体技術はバラツキがある為、職人によっては自分で解体したい人間もいるらしく、セルディアシロウサギのような小動物は生け捕りにすると報酬にプラスが付く場合があるそうだ。

 特にこのローザは、自分で素材を吟味したいらしく、依頼も「セルディア白兎の白い毛皮:1匹につき15,000Ⓜ︎、生け捕りの場合:20,000Ⓜ︎」となっていた。


「あら! 白ウサギ以外にもいるのね、それにみんな生け捕りなんてすごいわね!!」

「……ローザさん、これ要りますか?」

「もちろんよ! 茶色でも、セルディアシロウサギは捕まえるのが難しいからね。1匹7,000Ⓜ︎で買い取るわ!」

「そんなにですか!?」

「じゃあ、はいこれね」


 ローザは、茶色ウサギ6匹分の銀のコイン2枚と、手のひらサイズの銀の小地金を4枚手渡してきた。

 

「それにしても、白ウサギが必要って……何作ってるんだ?」

「あらヴィクターちゃん、気になるの?」

「……頼むからちゃん付けはやめてくれ。トラウマなんだ」

「あらそう残念。じゃあ、ヴィクター様?」

「……それも却下で」


 ちゃん付けは、俺のトラウマであるゲイ教官の事を思い出してしまう。ブートキャンプ後も、たまに夢に出てくるほどだったが、ロゼッタのお陰で最近は大丈夫にはなった。だが、様付けだと今度はロゼッタを思い出すから、下半身に悪い。

 結局、さん付けに戻してもらった。


「じゃあ、特別に見せてあげるわ。これよッ!!」


 畳まれた服を受け取る。広げてみると、紺色のレオタードのような物だった。


「なんだこれ、レオタードか?」

「惜しい! でも、コレを見ればわかるはずよ」


 ローザは、ウサギの耳を象ったカチューシャを見せてくる。これは、カジノや怪しいお店でしかお目に掛かれない、男の夢!


「なるほど、バニースーツか!?」

「正解! お偉いさんの趣味でね~。耳と尻尾は本物のウサギを使いたかったの」

「……どんな時代も、男の夢を追いかける奴はいるってことか」

「そうね。お陰で私たち職人も食べていけるわ」

(帰ったら、ロゼッタに着せてみるか……)


 それから、クエントが依頼達成の書類を受け取り、店の裏口から出る。


「今、依頼を受けてくれるレンジャーが少なくて助かったわ~。またよろしくね!」

「ええ、こちらこそ!」


 ギルドへの帰路に就いた俺たちは、報酬の分け前を話し合っていた。依頼の報酬は、ギルドで依頼達成の報告と共に受け取るのだが、茶色ウサギの代金と合わせて合計62,000Ⓜ︎を分けることになる。

 俺は全部山分けで良いと言ったのだが、二人は固辞した為、俺が27,000Ⓜ︎、クエントが20,000Ⓜ︎、ミシェルが15,000Ⓜ︎ということで落ち着いた。


「そういえば、あの後ウサギを〆るんだよな? 崩壊後の女性は強いんだなぁ~」

「ん、何言ってんだヴィクター? ローザさんは男だぞ?」

「ハァッ!?」

「警告しただろ……」

「結構有名ですよね……」

「マジかよ……」

「そういや、最近彼氏と別れたとか何とか」

「おい、ちょっと待てよ……」

「ローザさん、ヴィクターさんの事気に入ってましたね」

「ヤメテェェェ!!」


 確かに、女性にしては筋張っていたような気がする……。


「ま、まさか! あの工房の娘も……」

「いや、モニカちゃんは女の子だ!」

「よかった~、もう何も信じられなくなるところだったわ……」

「……ヴィクターさん、どんな半生を送ってきたんですかね?」

「やめろミシェル。聞かなくてもいい事ってのが、この世にはあるんだぜ?」

「は、はいクエントさん」


 その後、ギルドで無事に報酬を受け取り、分配を済ませた俺たちは、一緒に夕飯を食べに街へと繰り出すのであった。





□◆ Tips ◆□

【セルディアシロウサギ】

 アナウサギの一種。セルディア盆地の固有種で、崩壊前から生息している動物。穴を掘るのが得意で、巣の入り口は徹底的にカモフラージュする為に、見つけ辛い。昔からその毛皮は価値が高く、特に白い毛皮は価値が高く希少。

 白ウサギの名の通り、冬季は白い毛皮に覆われるのだが、通常は冬が終わると毛は生え変わって白色ではなくなる。

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