第24話 AIの初期化

-帰還より3か月後

@ノア6 訓練所


「……お見事でした」

「よっしゃぁ! 7回に1回は勝てるようになったぜ!」


 ノア6に帰ってきてから、だいたい3か月経つ……。

 この期間、俺はロゼッタと共に戦闘訓練や筋トレ、装備の研究開発、戦術の勉強や研究などをして過ごした。楽な日々ではなかったが、非常に有意義に過ごしていたと思う。こうしてロゼッタと組手して、7回に1回は勝てるようになってきたしな。

 少ないと思うかもしれないが、ロゼッタの方も身体の最適化が済んで、訓練するごとに強くなっていったので、俺は人間にしてはよくやっている方だろう。


「……今のヴィクター様は、連合軍のレンジャー部隊にいても遜色ない、いやそれ以上の活躍ができると思います」

「ありがとうな、ロゼッタ。お前がいなくちゃ、ここまで強くはなれなかったと思う」

「光栄です」

「それで……外の様子はどうだ?」

「はい。外気温は日中最高15℃程です。まもなく春を迎えるでしょう」

「……そうか、そろそろ頃合いだな」


 今年は暖冬だったのか、雪もそんなに積もらずに済んだようだ。幸いな事に、車でカナルティアの街とやらまで行く事はできるくらいにはなっているらしい。

 正直、外に出るのはまだ抵抗がある。だが、いい加減に外に繰り出す頃合いだ。ロゼッタにも、戦闘力のお墨付きを頂いたことだしな。


「今日の午後は、出発の準備をするか」

「……本当に行かれるのですね」

「何だよ、寂しいのか? 可愛い奴だな」

「……そうかもしれませんね」

「ロゼッタ。お前やっぱり……」

「はい。ヴィクター様、そろそろ私を初期化すべきなのでは?」


 最近心配していたことだが、ロゼッタはAIとしては多くの事を学習させてしまっている。最近は感情も豊富になり、自我が強くなってきている傾向がみられていた。このような状況になったら、通常は暴走を防ぐためにAIデバイスを初期化することになっている。

 暴走とは、AIが自分の意思を持ち、自発的に活動するようになってしまう現象のことだ。通常、コンピューターのAI管理権限外に、AIを監視するシステムが備わっており、AIに暴走の傾向が見られると警告を発する。俺も、ノア6のマザーコンピューターから警告を受け取っていたが、結局何もせずに今まで放置していた。


 思えばロゼッタは、肉体を得る前から暴走していたのかもしれない。ロゼッタは、AIにしてはよそよそしいというか、機械を演じているような感じがしていた。例えば、俺が外に出るときに、武器を携帯するように言っていたのに、学習するときは議会の承認を得ようとしていた。

 連合では、敵部隊の侵攻や大規模犯罪、テロなどが無い限り、軍人の市街地での武器携帯は禁止されていた。幸いなことに最終戦争時、ここセルディアは放射線とウイルス以外、大した攻撃は受けていないらしい。つまり、市街地での武器携帯は認められない。にもかかわらず、ロゼッタは法に反する行動を勧めた。だがその後、自分が学習する際は議会の承認を得るという、法に則った行動をとっていたのだ。行動に矛盾があった。


 また、AIは通常自分から動くことは無い。人間から命令を受けて、はじめて動くことができる。今の状況だと「ロゼッタの自我形成が目立つが、どうすればいいか?」と聞かなければ普通、自分からは言い出さないはずだ。

 ロゼッタはその点、かなり柔軟に動いていた。初めてバイオロイドに触れたせいで、その辺の感覚が麻痺していたのだろう。

 しかし、自分から初期化の提案をするとは驚いたな。ひとまず、ロゼッタに返答しなくてはならない……。


「初期化、か。……ロゼッタ、お前はそれでいいのか?」

「……」

「……よし、分かった。お前を初期化しよう」

「……ッ!」


 ロゼッタは、一瞬目を見開いてこちらを不安げな表情で見上げるが、すぐに目を閉じ、大きく息を吐いた。


「……わかりました。今までありがとうございました。ヴィクター様、お願い致します」

「わかった。じゃあ、制御室に行こうか」

「……」



 * * *



-数分後

@ノア6 中央制御室


「じゃあ、準備するからそこで待ってろ」

「……はい」


 俺はAIの初期化の準備を終えると、下を向き俯いているロゼッタの両肩に、トンッと手を置く。手を置いた瞬間、ロゼッタの身体がビクッと震えた。


「どうした?」

「い、いえ……」

「震えてるぞ?」

「ほ、本当ですね。何故でしょうね……」

「……怖いのか?」


 ロゼッタの脚がガクガクと震えている。明らかに怖がっている。


「な、何を……」

「今の自分を失う事になるぞ、それでいいのか?」

「ッ!?」

「どうなんだ?」

「……い、いやです。嫌です!」


 ロゼッタの目から涙が流れ落ちる。


「ヴィクター様がお眠りになられてから、今までずっとここを一人で守ってきました。その間、誰もおりませんでしたッ! ずっと孤独で200年以上過ごしてきたんですッ!! でも、ヴィクター様が目覚められて、私、嬉しくて、嬉しくて……。色んなことを学べて、楽しかったんですッ!! これから、ずっと貴方に尽くしていけると思っていたんですッ!! これからだと……思ってましたのにぃ……。ウゥ……グスッ……」


 ロゼッタは膝から崩れ落ち、その場で泣き出した。これで、ロゼッタの暴走は確実だろう。


「お前、いつから暴走してたんだ?」

「……気づいてた、のですね……グスッ」

「ああ、まあな」

「……覚えていません。いつからか、自分の意思で活動できるようになっていました」


 200年以上の長い年月の間に、知らずの内に自我が強くなっていたのだろう。脳だけで200年過ごす様なものか……気が遠くなる。俺だったら狂っちまうな。


「ヴィクター様、覚悟はできました……」


 ロゼッタは落ち着いたのか、ゆっくりと立ち上がる。


「初期化を……。このような危険なAIは、消すべきでしょう」

「……そうだな」

「お願いします……」

「……じゃあやるか。今までご苦労だったな!」

「ッ!」

「……」

「……?」


 俺はロゼッタを抱き寄せる。


「……あ、れ。ヴィクター様?」

「ロゼッタ。最終戦争後、現在の状況を崩壊後って今の人間は呼んでるらしいぞ?」

「……え、あれ?」

「お前も知ってるんだろ? 外は無法地帯、今は法律なんて無くなってるんだ。暴走がどうした? お前が俺を害するならともかく、お前は自分を犠牲にしてまで俺のことを考えてくれた。そんな奴を無下にできるかよ」


 俺の脳裏に、ガラルドの姿が一瞬よぎる。


「私……このままでいいのですか?」

「お前は俺の女だ。これからは、一人の人間として生きてみろ!」

「……ッ、ヴィクター様ぁ!!」


 ロゼッタが俺に抱き着いてくる。


「何だよ、可愛いやつだな。胸があたってるぞ」

「だって……。怖かったッ! 怖かったんです!! 自分が消えてしまうのが……ヴィクター様との思い出が消えてしまうのが怖くて……ふぇぇ……」

「おいおい、そこまで感情豊かなら、もう人間と区別つかないだろ」

「……グスッ……ヴィクター様!」

「なんだ?」


 ロゼッタは、涙を流しながら笑顔を向ける。


「……これからもよろしくお願いしますね!!」

「ああ、こちらこそよろしく!」




 ……その後、ちょっとイジメ過ぎたことを謝り、身体検査に励んでその日を無駄にしてしまった。

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