第20話 風呂上がりのステーキ
-数十分後
@ノア6 食堂
風呂を済ませた俺達は、食堂に来ていた。
給仕ロボが、俺の所に培養牛肉のステーキを持って来る。
「美味そうだな。じゃあ、いただきま……」
そうして、ナイフでステーキを一口大に切り、口へと運ぼうとしている様子を、俺の対面に座っているロゼッタが見つめている。
ロゼッタのテーブルには、何も並べられていない。
「……ロゼッタ、お前も何か食べたらどうだ?」
「何故でしょうか?」
「何故って……腹減ってないのか?」
「昨晩、腹部に違和感を感じましたが、今はもう慣れました。問題ありません」
(……それ、どっちの意味だよ!?)
とにかく、体を得た以上は、自身の肉体の管理は自分で行う必要がある。今後に備えて、対策が必要だろう。
「さっき確認したが、お前には人体に関する知識が少ないみたいだな?」
「はい。我々AIには、余計な知識は持たない方が良いとされていますので」
AIは、必要以上の知識は持たない方が良いとされている。業務に関係無い知識を学習すると、判断速度が低下したり、機能が低下する事が報告されていた。また、知識が蓄積し、自我が強くなるケース(この事を暴走という)があり、暴走が確認された場合、即刻AIを初期化することが法律で定められていた。
「まあ、良い。おい給仕、これと同じやつをもう一つ持ってきてくれ! それからロゼッタ、ちょうどいいから食事が来る前に『解剖学』、『機能形態学』、『生化学』……ああ、あと『食事の歴史とマナー』の項目を【学習】しておけ」
「……しばらくお待ち下さい」
「何してるんだ?」
「連合議会に、総司令官ヴィクター様の命令を上申中です……」
「議会!? あのな、そんなものはとっくに……」
「議会からの応答無し。よって、ヴィクター様の命令が適用されます。インストール開始します」
「だろうな」
シビリアンコントロールの為、軍の兵器や大規模コンピューターを動かす際などは、議会の承認を得る必要がある。ただし、緊急時や議会との連絡が途絶えた場合、軍の指揮官の命令がそのまま通るようになっている。
この場合、ロゼッタは軍管轄下のAIの為、ノア6の管理には関係無い知識を学習させることが、シビリアンコントロールの対象になっていたようだ。……めんどくさ。
だが議会無き今、俺の命令は基本的に全て通ってしまう。まるで独裁者になった気分だ……。
ロゼッタは、宙を見つめたまま微動だにしない。恐らく、ネットワークから情報を収集しているのだろう。ふと視線を下に向けると、バスローブがはだけ、豊かな胸元が露わになっている。
「……ヒュー!」
「あの、ヴィクター様……」
柄にも無く口笛を吹いたその時、ちょうど学習が終了し、目を覚ましたロゼッタに声をかけられる。
「うわっ! ……あ~学習、終わった?」
「はい。昨晩のことが、単なる身体のチェックでは無いこと位は理解出来るようになりました」
「うッ……!? ま、まあまあ、とりあえずこれでも食えって」
俺は、それ以上言及されないように、給仕ロボが持ってきたステーキをロゼッタに勧める。
「……いただきます」
ロゼッタはナイフとフォークを、上品に使いこなし、肉を食べ始める。その完璧な仕草は、どこか色っぽく感じ、思わず見惚れてしまった。
そしてロゼッタはステーキを平らげると、上品にナプキンで口元を拭く。
「どうだった?」
「……これが、腹を満たすという感覚ですか。面白いですね、感動致しました!」
「そ、それは良かったな……」
* * *
-数時間後
@ノア6 軍用訓練場
その後、俺たちは訓練場に足を運び、軍事用訓練システムを起動した。別名VR訓練。『キルハウス』と呼ばれる特殊な部屋で、ホログラム技術とマイクロマシンにより脳内に仮想の敵と環境を出現させ、戦闘訓練を行うものだ。このシステムにより、兵士の戦闘力を大幅に向上させることができる為、かつては兵士教練の革命と呼ばれた。
元はこのシステム、教育の分野や、伝統芸能や技術の保存等の為に開発されたものだ。必要な知識を、マイクロマシンにより直接脳にインプットし、それらを訓練などのアウトプットするシステムを使用することで、頭と身体で簡単に、かつ短期間で必要な技能を得ることができた。このお陰で、教育も効率化され、教育期間の短縮、人間の社会進出の高速化、教育水準の向上化が実現された。
しかし、このシステムにも欠点はあり、徒手格闘や近接戦闘などは、相手の実体が無い為に向いていない。そこで、俺は今ロゼッタに近接戦闘の相手をしてもらおうと、『連合軍基礎戦闘マニュアル』、『近接戦闘技術』、『徒手格闘』、『古武術:槍術』などの項目を学習させている。
本当は、バイオロイドに戦闘技術は学習させられない筈だが(法律で禁止されていた)、総司令官権限とやらでゴリ押せてしまった。……スゴい。
ちなみに、禁止されていた理由は、察しの通りAIによる反乱防止の為だ。
「待ってる間、射撃訓練でもするかな」
現在、ロゼッタがインストールしている物は、身体を動かすもので情報量が多く、しばらく終わりそうにない。プログラムを市街戦に設定し、起動する。すると目の前に、ビル街が広がり、カウントが始まる。
射撃訓練の為、開始位置に立った俺は、アンバージャックを構える。
《3……2……1……スタート!》
そうして出現した仮想の市街地を、歩いて進む。
□◆ Tips ◆□
【学習】
マイクロマシンを介して、個人の電脳に、必要な知識や技能を直接インストールすること。この技術により、教育期間の短縮や、教育水準の向上が実現した。学習は「項目」により細分化されており、必要な知識や技能をネットワーク上からダウンロードする事ができる。
ただし、スポーツなどの身体を動かす技能分野は、自身の身体との同調を図るいわゆる「慣らし」が必要になる。軍ではVR訓練などが慣らしにあたる。
ただ、この“学習”には個人差があり、個々人の電脳適性により、完全に技術が身につかない人間もいる。
【同調支援システム】
VR訓練。最新鋭のホログラム技術と、マイクロマシンを介した人工刺激フィードバックシステムにより、ほぼ実戦に近い感覚で訓練ができる。長距離狙撃から、CQBまで様々な訓練が可能だが、近接格闘など相手との接触を伴う訓練は、相手の質量が無いために違和感があり向いていない。
元は、伝統芸能や技術の継承などの目的で開発され、崩壊前は教育分野でも活用されていた。
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