第19話 事後

──グゥゥ……


(腹減ったな。そろそろ起き……)


 腹が減り、目を覚ますと隣に金髪の美女が寝ており、妖しげな赤い瞳で俺を見つめている。


「うわぁッ、びっくりした!!」

「おはようございます。ヴィクター様」

「えっ……ど、どなた!?」

「ヴィクター様、どうかされましたか? 混乱している様子ですが……」

「……ああ、思い出してきた」


 昨夜、自分の欲望に任せるままこの女性型バイオロイドを抱いた。完全に事後だ、こりゃ……。


「お疲れのようでしたので、お目覚めになるまで、同衾どうきんしてお待ちしておりました」

「そうか。……うわ、もう昼近いな」

「はい、本日のご予定はどうされますか?」

「まずは風呂だ、大浴場を使う。その後メシかな」

「では、直ぐにご用意致します。お食事は、こちらに持って来させますか?」

「いや、久しぶりに食堂で食べよう」


 いつもは、研究の為に自室に籠もりがちだったが、久々にノア6の食堂で好きな物を食べようと思った。食堂では、自動調理機器により、好きなメニューを注文することができる。

 この自動調理機器は、元は大手外食チェーンが開発した物で、崩壊前は小型のものが家庭にも普及し始めていた。マイクロマシンにより、調理技術は誰でも身につけられるが、調理する時間を拘束されたくない人間には注目されていた。

 

 俺は何か着ようとベッドから出て、クローゼットを開ける。


「ヴィクター様、お着替えでしたら私が……」


 振り返ると、金髪ロングの美女が全裸で立っている。


(改めて、凄いプロポーションだな。少子化が危惧されるのも理解できる。いや、設定したの俺なんだけど……)


 返答しようとして、ある事に気がつく。


「あっ! そういえばお前、名前ってあるのか?」

「私は、ノア6のマザーコンピューターの管理AIでございます」

「いや、知ってるけど呼びづらいだろ。やっぱ無いよな……何か名前があった方がいいな」

「そんなものでしょうか?」

「何か希望とかある?」

「ヴィクター様のお気に召すままに……。お望みでしたら、命名辞典などもございますが?」

「あ〜、いざ名前を付けるとなると、なかなか思いつかないもんだなぁ」


 どうしようかと周りを見ると、ソファー前のサイドテーブルに、昨日飲んだ酒の瓶が置いてある。何て言ったか、確か……。


「……決めた。お前は今日からロゼッタと呼ぶ」

「ロゼッタ……私の名前……。ありがとうございます、ヴィクター様。このロゼッタ、誠心誠意尽くしていきます」


 何か、目が輝いてる気がする……瞳が赤いから、ちょっと怖いけど。


「じゃあ、さっそくだがロゼッタ」

「はい」

「お前も風呂に入って来い。……使い方は分かるよな?」

「承りました。お背中お流し致します」


 ロゼッタと一緒に風呂……想像したら、完全に怪しいお店だな。大変魅力的な提案だが、そのまま1日潰れそうだな……。


「いや、一人で入る。ロゼッタ、お前は女湯行けよ?」

「承りました」


 その後、二人でバスローブに着替えて、大浴場に向かった。



 * * *



-数十分後

@ノア6 大浴場


──ザブン……


「ふぅ、生き返るぅ〜」


 浴槽に浸かり、ため息をつく。


(……やっぱ、気まずいよなぁ)


 名前を付ける前に、「身体のチェックだ」と称して色々ヤってしまった。実際溜まってたし、あんな美人だし、気持ちよかったし……。


「はぁ……これからどうするかな」


 などと考えていると、電脳通信が入る。


《ヴィクター様》

「ッ! うおっ!?」


 いきなりの出来事に、湯船から飛び跳ねる。


《どうかされましたか?》

《いや、何でもないぞ!》

《左様でございますか》

《で、どうしたんだ?》

《この後、何をお召し上がりになるか、伺っておりませんでした》

《あぁ、そうだな。じゃあ、鹿肉のステーキがいいな》

《鹿……ですか。ノア6の畜産施設にはおりませんので、生物実験棟のサンプルを使用して、クローンを作ってからになりますので、数日ほどお時間を頂きます》

《あ、やっぱ無しで。牛肉で。ステーキをレアで頼む》


 基本的な食肉は、培養肉がある。崩壊前はクローニング技術を用いて、細胞を培養することで食肉を生産していた。この技術の恩恵で、上質の肉を必要な時、必要な分生産できるので、畜産業は家畜の管理や食肉への加工の手間、及びそれらにかかる費用から解放された。その為、昔ながらの牧場生産の畜産肉は高級品だったものだ。

 

《承りました。ヴィクター様が食堂に到着された時に焼き上がる様に、調整致します》

《おお、気が利くんだな》

《それからもう一つ、伺いたい事が……》

《うん、どうした?》

《身体を洗っていました所、何やら性器から白い粘液が……》

《……》

《これは何でしょうか?》

《ロゼッタ……》

《身体の異常かもしれません、至急健康診断を……》

《ロゼッタぁ!!》

《……はい?》

《悪かった、俺が悪かったからッ!! 問題無いから、ちゃんと洗ってくるんだゾ!!》

《?……分かりました》


 後から知ったが、ノア6の管理AI様には、一部の人体知識はインストールされていなかったらしい……。どおりで、管理者の俺が233歳という事に、違和感無く接していたのだろう。そういえば昨日も、何の疑いもなく俺と寝たし──。


 全く、先が思いやられる……。




□◆ Tips ◆□

【Robo Cook ®︎】

 大手外食チェーンが開発した、全自動調理機器。指定された料理を全自動で調理し、提供することができる。施設一体型の大型機器で、食材さえあれば古今東西の豊富なメニューを提供してくれ、栄養量やカロリーなどを指定したり、おススメのメニューを提案してくれるので、ダイエット中の女性から、飽きっぽいお父さんまで対応可能という謳い文句だった。

 崩壊前は、家庭用に開発された小型のRobo Cook HOME ®︎が発売されたばかりだった。



【ノア6 大浴場】

 ノア6内に存在する、大浴場。男湯と女湯がある。

 ホログラム技術や、ディスプレイなどにより様々な景観を演出することができる。ノア6建造当時は、予算の無駄使いと指摘されたが、アーコロジー内の娯楽提供の研究の一環として必要であるとして、研究者のゴリ押しにより予算が通ったという逸話がある。

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