第18話 帰還

《ヴィクター様、聞こえますか?》


 頭の中で声が響く……。


《ヴィクター様? ご返事を頂けますか?》


 ……うるさい、静かにしろ。


《ヴィクター様?ヴィクター様!?》

「うるさい! 今取り込み中だ!!」

《ヴィクター様、良かった。回線が繋がったようです》

(これは……電脳通信!?)


 電脳通信……脳にインプラントしたマイクロマシンを介した、無線通信の事だ。どうやら、ノア6を出て、サルの群れから逃げる際にオフラインになっていたようで、今まで通信を受け付けなかったらしい。

 先ほど、救急車を呼ぼうとした時に、オンラインになったのだろう。しかし、一体誰が……。


《電脳通信!? 誰だ!?》

《私です、ノア6のマザーコンピュータでございます。ご機嫌麗しゅう》

《ああ、お前か。……今、俺は気分が悪いんだ》

《それは、大変失礼致しました。ですが、緊急でご報告したいことがございまして……》


 俺の大事な師匠でもあり、かけがえのない友人であったガラルドの死を目にして、俺の心は穏やかじゃなかった。


《……それで、何の用だよ?》

《ご命令頂いた、居住地域のマッピングが完了致しました》

《……》


 そういえば、そんなことも命令してたな。


《それから、もう間もなくバイオロイドの培養が終了しています。生物実験棟までお越し頂ければ幸いです》

《……分かった》

《では、お待ちしております》


 いつまでもここにいても仕方がない……。

 俺は、ガラルドを担ぐと秘密基地へと戻る。

 そして火葬の準備をすると、ガラルドの遺体を木材を組んだ灯油をかけ、火にかけた。本当なら、火葬はもっと高温の炎で焼くはずだが、仕方がない。死都で人間の亡骸を見かけるが、多くの者はミュータントに荒らされ見るに堪えないものだった。


(ガラルドをあんな目に合わせてたまるか! ちゃんと弔ってやるからな……)


 ガラルドの火葬を済ませると、遺骨や遺灰を箱に入れ、秘密基地の一角に置く。そして、ガラルドが使っていた銃を立てかけ、簡易的な墓を作る。

 その後、襲撃してきた野盗の死体から装備類を剥ぎ取り、倉庫にしまった。


 その夜、秘密基地から発つことを決めた俺は出発の支度をする。

 翌日、準備を済ませ、管理人室からギルドへの報告書と、車の鍵を取り車へと向かう。車のエンジンをかけると、秘密基地を出る。行き先は街ではない。自分の家、ノア6だ。


(ガラルドは、一人前と言ってたが……まだまだだ。俺は未熟だ。俺がしっかりしていれば、ガラルドは死ななかったはずだ……。まだ街には行けない……)


 雪が降ってきた……。そろそろ本格的に冬が来るのだろう。死都の中心を抜けて、郊外への道を走らせる。


「ここは……」


 しばらく車を走らせると見たことのある景色を目にし、思わず車を停める。旧カナルティア中心街……俺がノア6を出て、猿との逃亡劇の末、ガラルドと出会った所だ。

 あの時の光景がフラッシュバックされる……。


「ガラルド……」


 俺は再び車を走らせる。目頭が熱くなり、頬を水滴が流れる。外気に冷やされ、とても冷たい。



 * * *



-数時間後

@ノア6 近郊



 特徴的なピラミッドが見えてくる。ノア6に到着した時、俺の目は赤く腫れていた。


(……結局、帰って来ちまったな)

《お帰りなさいませ、ヴィクター様》

《……ああ》


 俺はノア6のエントランスで、消毒と除染を受け、中へと入る。

 外とは違う、文明的な雰囲気に心が落ち着いてくる。


(そういえば、バイオロイドの培養が終了したって言ってたな……)


 マザーコンピューターの言葉を思い出した俺は、生物実験棟へと向かう。培養槽のモニターをチェックすると、身体は完成し、後は人格の構築を残すのみとなっていた。


《マザーコンピューター》

《はい、何でございましょう?》

《お前をあのバイオロイドの身体に同期させる》

《…よろしいのですか?》

《ああ、やってくれ》

《分かりました。機能を停止します、しばらくお待ちください》


 バイオロイドは、大抵の場合、既存の【AIデバイス】の人格データをその電脳に転写させる。人格をゼロから作るのは、0歳児から育てるのと同義であり、非常に手間が掛かる。また、バイオロイドが自身で人格を獲得した場合に倫理的に不都合な問題が生じる為、法律で禁止されていた。既存のAIデバイスを使用した場合、不都合が生じたとき人格を初期化すれば済むのでこの方法が主流となっていた。


 “AI”と一言で言っても、コンピューターと人間を繋ぐ為のコンシェルジュや秘書の様な物だ。高度に発達したコンピューターは、人間には到底理解が追いつかない演算を行っている。そこで、人間に理解しやすくフィードバックしたり、人間の指示を効率的にコンピューターに反映する為、AIという仮想人格に一定の権限を持たせて、面倒な作業を代行させていた。


 俺は、マザーコンピューターのある中枢制御室から、AIの入った小さな立方体状のデバイスを取ってくると、バイオロイドとマザーコンピューターのAIとの同期を始めた。



 * * *



-1時間

@ノア6 生物実験棟



 1時間後、どうやら同期が終わったようだ。


《おい、終わったか?》

《はい、同期は終了いたしました》

《よし、じゃあ開けるぞ》


 培養槽のモニターを操作し、培養液を抜き、培養槽を開ける。

 プシュー!と蓋が開き、中からムクッと人影が起き上がる。


「よし、ちゃんと動けるようだな」

「あーあー。……ヴィクター様、どうでしょうか? おかしな所はございませんか?」

「お、おかしなところ……ねぇ」


 中から出てきたバイオロイドの身体を見て、俺は思わず息を飲んだ。

 髪は長く、美しい金髪。身長は178cm程で、スラっとした細いボディラインにも関わらず、出るとこは出まくってるダイナマイトボディの超絶美女が立っていた。


「……えっろ」

「……? ヴィクター様、何かおっしゃいましたか?」


 自分が設定したので、自分好みの……いやそれ以上の外見をしている。

 俺は無言でバイオロイドの腕を掴むと、自室へと引っ張っていく。


「あ……あの、ヴィクター様?」

「今から、俺の部屋で身体のチェックを行う。黙って付いて来い!」

「……? はい、分かりました」


 下半身が限界だ。何とか、部屋までなんとか理性を保つ事ができたが、部屋に入った瞬間にそれは爆発した。


(我慢できるか、こんなの!!)

「ヴィクター様、一体何を!?」

「いいから……黙って言う通りにしろ」

「……? はい、分かりました」


 バイオロイドをベッドに押し倒し、溜まっていたものを発散させる。


 突然の時間経過。文明社会の終焉。ガラルドの死。色んな事が不安に……心理的なストレスとして溜まっていた。ガラルドを亡くし、この崩壊後の世界にまた独りぼっち。だが、今だけはこの女が、その寂しさを忘れさせてくれそうな気がする。





□◆ Tips ◆□

【AIデバイス】

 小さなキューブ型の電子機器。開発された当時のキャッチコピーは「小さいが人間の脳より高性能」。主に、AIの人格データが入っており、コンピューターに接続して用いる。一定の権限を与えることで、コンピューターの煩雑な作業を代行してくれる他、フィードバックなどをしてくれる。学習機能を備えており、使用者に合うように成長していく。

 AIの人格には様々なものがあり、「男性:執事タイプ」「女性:お姉さんタイプ」など様々な物が販売されており、変わり種では「男性:オネエタイプ」などが存在した。

 自我形成が確認されていたが、重大な決定(ミサイルの発射など)は必ず人間が行うようになっていた為、AIが暴走したとしても、大きな影響は無いと考えられていた。



【バイオロイド】

 遺伝子工学、生物工学に基づいて作られた人造人間。バイオロイドの登場により、AIを現実世界でも人間に近い形で役立てることが可能となった。

 身体構造は人間と同じだが、生殖細胞が存在しない為、先天的に不妊(生殖器は存在するので、性行為は可能)。

 作成には、人工幹細胞により模された受精卵(胚とよばれる)の段階で、作成者の望む性別や身体的特徴を遺伝子操作により誘導した後、一定期間培養槽にて培養する。望むままの形質を得ることができるが、唯一、虹彩(瞳)の色は赤色となる。この特徴を利用して、人間とバイオロイドの判別が可能。

 培養段階で電脳化が施され、培養の最終段階で電脳に人格データの転写が行われる。この時、既存のAIデバイスを使用可能。

 培養の際の急激な細胞分裂に耐える為の処置として、テロメア(細胞の寿命を司る因子)が長く設定されており、体細胞のテロメラーゼ(テロメアの修復を行う酵素)活性が高い為、設定しない限り不老長寿なのも特徴。

 使用したAIデバイスを再び使用する場合、重複する人格が複数存在することになるが、睡眠時にバイオロイドとの同期を行うことで整合性を保っている。

 バイオロイドには法的な人権は無かった(所有者の所有物扱い)為に、崩壊前は様々な議論がなされ、「現代の奴隷」「神への挑戦」「少子化の加速装置」「失業者メーカー」「いつか人間に反旗を翻す」等と言われていた。

 オーダーメイドの性質上、単価が高く、実態は「金持ちの秘書兼性奴隷」的な扱いで、稼働数はまだまだ少なかったとされる。

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