第11話 晩飯を獲りに

-数分後

@死都(旧カナルティア市街地)


 ガラルドの駆る車は、地下駐車場を出ると市街地方面へと走り出す。


 ガラルドの車は、一昔前の軍用四輪駆動車のような車で、ソフトトップでドアが無い。2シーターで、オープンの荷台には工具箱や弾薬の入った箱、ロープなどが載っている。

 しばらくして、ガラルドがビルが密集した、小さな通りに車を停める。


「なあ、晩飯って何だよ?」

「行くぞ、今から鹿を狩る。静かに行動しろ」

「鹿ぁ!? 食った事ないぞ」


(鹿か、どんなのだろう? まさか、ミュータントじゃないよな?)


 俺は、全身ムキムキでツノがトゲトゲしい鹿が突進して来るのを想像し、唾を飲み込み、車から降りガラルドについて行く。1時間ほど探索を続けると、ガラルドが目的の得物を発見する。


「おっ、いたぞ。美味そうだな! お前も見てみろ」


 どうやら、双眼鏡を覗いていたガラルドが、鹿を発見したらしい。差し出された双眼鏡を覗くと、先の道路上に、鹿が8頭程いるのが見えた。どうやら、俺が知ってるような普通の鹿のようだ。


「今日は、二人いるから追い込みでやるか。おい、車の荷台からロープ持ってきてくれ」

「ロープ? 何に使うんだ?」

「罠をはる。いつもなら、射殺して肉を頂くが、今回は皮も欲しい。なるべく傷付けたくない」

「罠……ね、了解」


 俺は車の荷台からロープを持って来ると、ガラルドに渡す。ガラルドはロープの片側を、歩道に設置されていた消火栓に括りつけると、片側を俺に渡す。


「俺が鹿をこっちに誘導するから、俺が合図したら、思いっきり引っ張れ!」

「ああ成る程、脚引っ掛けて転ばすってことだな」

「そゆことよ」


 ガハハとガラルドは笑う。


「ん、ちょっと待て。これだと、俺に突っ込んで来る鹿の体重が一気に掛かるじゃねぇか!?」

「離すなよぉ~! にいちゃん、ガタイ良いから期待してるぞ。合図するまで、そこの路地裏に隠れてな!」

「あ、おい!!」


 そう言いながら、ガラルドは鹿の方へ後ろ手に手を振りながら向かって行った。


「クソ……また嵌められた」


 俺は渡されたロープの端を握ると、路地裏に向かい、ビルの壁を背もたれにして座り込んだ。



 * * *



-数十分後

@路地裏


(なんで、こんな事危ない事やらなきゃならないんだ? 予あらかじめロープを張っておけば……いやそれだと、鹿に飛び越されるのか? だから、通過する直前でロープを張る必要があると……。でも重りとか使えば、もっと安全に罠を張れるんじゃないか? だが、そんな時間も無いのか?)


 なんて事を考えつつ、合図を待っていると……。


──パァァン!


 通りの奥から銃声が、反響して聞こえてきた。覗いてみると、銃声に驚いた鹿の群れが、こちらに向かって来ていた。


「やるしかねぇか!」


 俺は立ち上がり、ロープを腰に巻いて固定した。


(…そういえば、引っ張る合図って言ってたけど、どうするんだ?)


──パァン! パパァァン!!


 合図をどう送って来るのか考えていると、リズムよく銃声が3発分聞こえて来た。


「これが合図か!!」


 俺は、ロープを引き、腰を落として構える。

 その瞬間、ドンッ!と体が前に引っ張られ、顔面から地面に叩きつけられそうになる。


「うおっぁ!!」


 咄嗟に、ロープを掴んでいた手を離し、顔の前に持って来て受け身を取る。

 目の前からは、鹿がパカパカと足音を立てて疾走して行くのが聞こえる。


「……ってぇ~!」


 身体についた砂を払うと、通りに出る。目の前には、鹿が3頭倒れていた。角のある鹿が2頭と、無い鹿が1頭。オスが2頭、メスが1頭かな。脚を骨折したのか、立ち上がろうともがいていたり、気絶していたりしている。


「お~い、どうだぁ~!?」


 ガラルドが走って来た。


「おっ、3頭もかかったのか! ついてるねぇ」

「身体持ってかれたぞ! 危ねぇだろうが!」

「ガハハ悪い悪い、今晩は美味い飯食わせてやるから」


 そう言うと、ガラルドは骨折したメスの鹿に近づくと、頭を抑え、胸元に柄を下向きに装備していたナイフを抜き、首元に突き刺した。そのまま、喉まで切り開き血を抜くと、鹿の脚を棒に括り付けた。すぐに血抜きを行うことで、血の匂いが肉に移ることを防ぎ、肉の臭みを抑えられるそうだ。


「どうした、お前も手伝ってくれ」


(今晩の夕食って言ってたから、覚悟はしていたが、目の前で血抜きされると、食べる時抵抗あるなぁ……)


「わかった」


 俺は、包丁槍を手に持って気絶していたオスの鹿へ近づく。


「うわっ!」


 俺が近づくと鹿が暴れ出した。なんか、チワワみたいな鳴き声なんだな……。


「どうした!?」

「いや、鹿が暴れ出して…」

「脚が折れてるから、大したことはねぇ。早くその槍で、首を突いて楽にしてやんな」

「わ、わかってる」


 鹿を見ると、つぶらな瞳でこちらを見ている。……そんな目で見ないでほしい。

 俺は、包丁槍を構えて、鹿の首元へ突き刺した。


(今まで動物実験とかで、散々殺して来たけど、こんな物で動物を殺す日が来るとはね……)


 その後、3頭の鹿の血抜きを済ませると、クルマの荷台にビニールシートを敷き、鹿を乗せていく。3頭目の鹿を荷台に乗せようとした時、突如大きな鳴き声?が廃墟に反響する。


「ウ゛ア゛ァァァァアッ!!」

「なっ! なんだ!?」

「ちっ、こんな所にお出ましとはな!」


 俺たちの後方約200m程の距離に、ヒト型のナニかが立っていた。

 人間と同じく二足で立ち、全身は赤黒く、上半身がずんぐりとした2m程の体躯。そして、人間でいうと首から上が存在していなかった。よく見れば、人間の胸の位置に顔……目や口と思われる器官がある。

 肩が肥大し頭が埋もれた人間か、頭が胸の位置に埋もれた人間のような外観の生物が、こちらに再度咆哮すると、こちらに向かって走ってくる。しかも結構速い!


「おい、何だよアレ!! どうすんだよ!?」

「今持ってる鹿を奴に向かって投げる! 1、2の3だ! いいな!!」

「わ、わかった!!」


 俺はガラルドの鬼気迫る語気に、追及を諦め、俺はその言葉に従った。


「いくぞ、1、2の3だ!!」

「っおりゃぁッ!!」


 二人で三頭目の鹿を放り投げる。ヒト型のナニかはその鹿の近くで足を止めると、膝をつき四つん這いになり、鹿を犬の様にグチャグチャと貪り始める。


「うわぁ、グッロ……」

「おい、今のうちにずらかるぞ! 車に乗れ!!」

「わかった!」


 そうして、仕留めた鹿の内の1匹を代償に、俺たちはあの化け物から無事逃げることができた。





□◆ Tips ◆□

【ギルド製四輪駆動車】

 ガラルドの車。崩壊後の世界で、個人で購入可能な数少ない車。ただし、価格が高い為にそこまで流通していない。

 2シート。ソフトトップで、ドアは無い。ロールケージに幌のルーフ。カラーは濃緑。

 エンジンは、ギルド製のディーゼルエンジンで、4輪駆動方式。牽引用のカーゴトレーラーを車体後部に接続することができる。


[モデル]ウィリスM38

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