第9話 ベースキャンプ2
「ようし、次は俺の番だな」
俺が、ノア6で行った対応が間違っていたかもしれないと悩んでいると、ガラルドが声をかけて来た。
「あ、ああ何だ? 質問ばっかで悪かったな」
「……お前さんが担いでるその銃、遺物だろ?」
「遺物? さっきも言ってたが何だそれ? これは“アンバージャック”ってアサルトライフルで……別に珍しくもない、普通の銃だぞ?」
「遺物じゃねーかよ……。いいか、遺物って言うのは崩壊前に作られた物の事だ」
「ふ~ん、なるほど」
「なるほどってお前な、事の重大さがわかってないのか!?」
何か、気に触る事を言ってしまったのか、ガラルドが立ち上がり怒鳴ってきた。そして束の間の沈黙の後、ガラルドは落ち着いたのか、再び椅子に座る。
「まあいい。で、続けるぞ?」
「あ、ああ……」
「遺物ってのは、2つに分類できるんだよ。1つ目が使うことができる遺物、そして2つ目は使うことができない遺物だ」
「……」
「そして、銃や兵器の類は後者、使うことができない遺物に分類されることが多い。碌に管理されてないからボロボロになってて、レストアして使えるようになる物はとても貴重だ。だが兄ちゃん、キラーエイプの群れから逃げる時、その銃で撃ってたな? 使ってたな? ここまで言えば、俺が何を言いたいか分かるんじゃねえか?」
……ヤバい。よく考えたら、今の時代に対する認識が甘かったらしい。
崩壊後、文明が衰退して、技術力も低下しているのだろう。俺が生きてきたのは、機械が機械を造ってたような時代だ。崩壊後すぐなら、ある程度は問題なかったかもしれないが、崩壊前から生きてる、技術を持った人間が息絶え、製造機械が寿命を迎えるなどして、崩壊前の技術は断絶してしまったのだろう。
「貴重な遺物を持っている人間がいる。それを知った人間が、お前さんをどう見るか考えてみろ」
間違いなく、カモだろうな。殺してでも奪おうとしてくる奴もいるかもしれない……。
さらにガラルドは不穏な話を続ける。
「……で、仮にお前さんが崩壊前の人間だとして、それを知った人間は、お前さんを捕まえようと躍起になるだろうよ」
「な、なぜ?」
「昔は、物を作るのに高度な機械を使っていたらしい……今じゃ考えられないがな。そして昔のそういった機械は、貴重な上に、使うことができない遺物に分類されることが多い」
「そう、なるのか……?」
整備とか修理をすれば……って、できる人間がいないのか。
「で、お前さんを確保した街があったとしよう。その街は、崩壊前の知識や技術を活かして急速に発展することになるかもな」
「……いいことなんじゃないか?」
「いいか、街っていうのは1つじゃない。それを知った他の街が、どんな行動をとるか考えてみろ。間違いなく戦争か、お前さんを拉致しようと画策するだろう」
「そんな!」
「で、仮に戦争になったとして、その時遺物の兵器が使用されたら──」
「……」
よく映画のオチかなんかで「本当に怖いのは人間だった」ってのがあるが、まさにその通りだ。
話を聞いていくと、“街”とは都市国家のような存在で、街毎に政治体制が異なるらしい。そして、近隣の街同士、仲がいいとは限らず、お互いに争っている街もあるそうだ。
そんな中、崩壊前の知識と技術を保有する街が現れたら、間違いなく周辺のパワーバランスが崩れてしまうだろう。
「俺は、これからどうすればいいんだ……」
ノア6に引き篭るか? それで何をして生きてく? 研究か? そんなの今となって意味はあるのだろうか?
「……」
俺が、今後の事を考え閉口していると、ガラルドがゴホンと咳払いをして話し出した。
「とりあえず、その銃は人前で出さない方が良いかもな。あと、崩壊前の人間云々も言わない方が身の為だな。まあ、信じる奴がいたらの話だがな」
「……そうだな、そうするよ」
「街の件も、そこまで気にしなくていい。この辺りは、しばらく平和だからな」
「そうなのか……」
「で、お前さんの今後についてだが──」
ガラルドを見ると、ニヤっと悪い笑顔をしてこう言った。
「お前さん、レンジャーになれ!」
「何で!? まさか、アンタも俺を利用しようとしてるのか!?」
「バーカ、利用するつもりならもっと上手く誘導するわ。わざわざ相手に警戒されるようなことを話すか、普通?」
確かにそうかもしれない。彼以外に、他に頼れる人間はいない。それに、ガラルドは俺を助けてくれた良い人だ。他の人間(まだ会えてないけど)よりは信用できるんじゃないか?
「……そうだな。で、何でレンジャーなんだ?」
ガラルドからレンジャーと、その組織であるレンジャーズギルドについて説明を聞いた。
レンジャーズギルドは、崩壊後において最大規模の組織らしい。世界中の街に支部を持ち、何と崩壊前のまだ生きている衛星による、独自の通信ネットワークシステムを持ち、現在も世界中のギルド支部と連絡を取り合っているそうだ。
また、崩壊後すぐに、生き残った技術者達を迎え入れた為、高い技術力を未だに保持しているらしい。
その上、崩壊後における、世界共通の通貨である【メタル】を発行・管理しており、独占しているネットワークを用いた銀行業、郵便業に似たような事業を行なっている他、武器や機械類の製造販売業も行なっているそうだ。
要約すると、銀行業と通信産業を独占している上、兵器製造も行い、レンジャーという私兵まで抱えている巨大な組織だ。
街も、そんな組織に喧嘩を売るようなことはしないらしく、ギルドも政治不介入主義を掲げ、お互いに干渉しないのが暗黙の了解になっているらしい。
「それに、レンジャーはギルドが身元を保証してくれる。何かあったら、お前さんを守ってくれるだろうよ」
「なるほど。悪くないかもしれない……」
「第一、知り合いもいない余所者の身元を誰が保証するんだ? 街に入るにも苦労するだろうし、多分働き口も無いだろう。しかも金も持ってなさそうだし、この分だと街に入れても数日中に餓死か凍死だな」
「い、嫌過ぎる……」
「それに、この分だと街にたどり着けるかも怪しいしな」
「……あんたに送ってもらう訳には?」
「それは依頼か? 俺はただ働きしない主義でな。金はあるのか? 俺の指名依頼はたけぇぞ?」
「くそ、持ってない!」
「なら、話にならんな」
崩壊前の金は、意味が無い。崩壊前は、電子マネーが普及していたが、それが今使えるとは思えない。それにさっき聞いたメタル? とか言う通貨も当然ながら持っていない。
多分この分だと、街にたどり着けるかも怪しいし、ノア6にも帰れるかも怪しい。再びミュータントに襲われたり、今度は野盗とかいうのに襲われるかもしれない。
ガラルドの言う通り、レンジャーになればギルドの後ろ盾を得られ、稼ぎ口も得られる。俺にとっては、良い事だ。
良い事なのだが、何か腑に落ちない。以前もこんな事があったような……。
(ヴィクター君、軍に入らない?)
(お願い、助けると思って!)
(よく言ったわ! それでこそ男の子よ!)
(終わったわ~入ってきていいわよぉ~)
頭の中で、俺が軍に入る事になった教授とのやり取りがリフレインする。
「まさか…ハメられた!?」
ハッとして、ガラルドを見ると、ニヤっと悪い笑顔を返して来た。
考えてみれば、キラーエイプの群れを撒いた時点で、車から降ろしても良かったはずだ。わざわざ秘密基地のベースキャンプに、見ず知らずの他人を連れ込むリスクを冒す必要は無い。
つまり、俺がこの地下駐車場に連れてこられた時点で、俺は一人で街にも行けず、ノア6にも帰れなくなり詰んでいたという訳だ。
悪意は善意で隠すと良いと言うが、正にその通りだな。ちっとも気が付かなかった。
「まあ、俺がここでの生き残り方を教えてやるから、心配するな」
「自分をハメた人間に、そんな事言われて信用できるかッ!」
「ガハハハハッ!」
どうやら他に選択肢は無いらしい。何故この男が俺を勧誘するかは分からないが、俺はレンジャーになることを決めた。
□◆ Tips ◆□
【メタル】
崩壊後の世界で流通している通貨。レンジャーズギルドが発行している。
本位貨幣であり、高額な貨幣は金や銀といった貴金属が使用されているが、安価な貨幣は銅や鉄が使われている。
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