第6話 冒頭へ……

-数十分後

@外 ノア6入口前


「やっぱ、寒いな…」


 ノア6の外に出て、外気の寒さに思わず声が漏れる。


『ヴィクター様、おはようございます。お気をつけて、いってらっしゃいませ』

「あっ……ああ、行ってくる」


 ノア6の敷地を出ようとしたら、敷地入り口の警備ロボに声をかけられた。

 この警備ロボは軍用のもので、“テトラローダー”という機種だ。4本の脚を持ち、脚先の球体状のローラーで駆動する変わった形状をしており、上半身はセンサーを搭載した頭部と、心臓部の胴体、そして、両腕には機関銃と、肩に催涙ガスなどを発射する為のグレネードランチャーを搭載している。


 個人的には、ヒト型の上半身にゴツいクモの脚がついているように見えるが、意外に子供受けするらしく、軍のイベントなどではマントを着せたり、帽子をかぶせたりと一種のマスコットと化していた。

 コイツらが2世紀以上稼働していている事に驚愕しつつ、俺は市街地に向けて歩き出した。



 * * *



-3時間後

@カナルティア市街地


 俺は市街地の様子を見て、その変容ぶりに溜息をついた。道路はボロボロになって所々割れており、その亀裂から草や木が生えていた。ビルは倒壊しているものもあったり、ツタが生い茂ったり、放置された車も錆びついていたりしていた。


(本当に210年経ってるのか……)


 知らずのうちに過ぎてしまった時間の重みが、急にのしかかってくるように感じる。

 かつては公園の広場として賑わっていた所の、枯れてしまった噴水の縁に腰掛けた時、思わず溜息が出てしまった。

 幸い家族はなく、親しい人間も少なかったのだが、自分のことを知っている人間が一人もいないことと、自分の知っている時代とは変わってしまったことが、何とも言えない哀愁を漂わせるのだった。


(長生きした老人も、こんな気持ちなのかね?)


 何て事を考えながら、持ってきた“アンバージャック”を構え、そのセンサーを起動させる。

 アンバージャックは、統一暦520年当時最新の、連合軍正式採用のアサルトライフルだ。各種センサーを搭載することで、動体検知や赤外線などで、電脳(統一暦520年の時代は、ほぼ全ての人がマイクロマシンを脳にインプラントし、ネットとリンクしたり、機械を操作したりと生活の一部になっていた。)に銃からの情報をフィードバックする事ができた。


 そうやって周辺の様子を探っていると、センサーに反応があった。大きさからして、1m半くらいだろうか。ちょうど広場に面した、店の中に反応があった。


(誰かいるッ!?)


 高鳴る鼓動を感じながら、俺は反応があった店へと駆け出した。そのままの勢いで、店のドアを開けるようとするが、脆くなっていたのか、ドアノブをひねるとドアが外れ、店内に倒れてしまった。


──ガチャ……キィィバタンッ!!


「うっわ! やべ〜壊しちまったよ……。ゴホゴホ、すいませ~ん誰かいますか~?」


 店の中に向けて声をかけると、奥からガサゴソと物音が聞こえるが、暗くてよく見えない。

そこで、ライフルに搭載されているフラッシュライトを使おうと、アンバージャックを構えて、ライトを点灯させる。


「すいません。眩しいんで、光は直接見ないで下さい……ね……?」


 ライトを照らした先にあったのは、鋭い牙だった。よく見ると、灰色の毛皮を持ち、手足の爪が伸び、牙をむき出しにした猿のようなナニかが、その鋭い牙を剥き出しにして、こちらを威嚇していた。


「……」

「……」


 お互い、目があったまま動けないでいると、手元が震えて、フラッシュライトの光が猿の目を照らした。


「キキィーッ! ギャァギャァ!!」


 その眩しさに、猿が目を抑えて転げ回った。


(今だッ!)

「お、お邪魔しましたぁ!!」


 俺は咄嗟に、店から出て店からなるべく離れようと走り出した。そして、店から大分離れたところで足を止め、荒くなった息を整える。


(何だよアイツは!? 新種の猿? この200年の間に生まれたとしたらありえるかもしれない。……あれはかつてヒトと呼ばれる存在だった。200年もの年月を経て、人が退化し……ってこれはねぇな)


 先程見た猿は何だったのか…。店から大分離れた為、油断しながら考えていると、後方から猿の鳴き声が聞こえてくる。


「ギャーギャーッ!!」

「やっべぇ、追ってくる感じかよ!? 勘弁してくれよォ!!」


 そう叫びながら、俺はビルの谷間を走り出す。


 こうして、ヴィクター・ライスフィールドの長い走馬灯?がお終わりを迎え、冒頭の逃亡劇へと繋がるのだった。

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