第5話 外出準備

 あれから俺は自室に引きこもり、今後どうするか考えていた。目覚めたら、2世紀以上の年月が経過していたのだ……酷く混乱していた。


(俺の他に人間って居ないのか?)

(あの様子だと、とても市街地に人がいるようには思えない……)

(探しに行く? でも、一体どこへ?)


「……やっぱり、考えても仕方がないな。映画でも観よう」


 何か、諦めのような感情が頭を支配し、現実逃避に走る。俺は、部屋のスクリーンを起動すると、趣味の映画鑑賞に勤しむのであった──



 * * *



-引きこもり3日目

@ヴィクターの私室


──ウィルソン! どこだ!?

──ウィルソン!!

──ウィルソンすまない。ウィルソォン!!


 そんなこんなで引きこもること早3日、俺は古い映画を観て暇を弄んでいた。どの映画も、主人公が孤独に立ち向かうものだったのだが……観てて悲しくなった。観るんじゃなかった。

 何か思いつくのではないかと思っていたが、精神にどんどんダメージが蓄積していく。完全に逆効果だったな。


「ウィルソンねぇ……。俺にも話し相手がいればいいんだけどなぁ」


 マザーコンピューターの人格AIは、何か違う気がする。せめて人間……いや、人の形をしていれば。ウィルソンだって、顔だったしな。


「……いや、待てよ!? あるじゃん、そういえば!」


 俺は妙案を思いついて、自分の部屋を飛び出した。



 * * *



-数時間後

@ノア6 生物実験棟


 部屋を飛び出した俺は、生物実験棟に足を運んでいた。バイオロイドの胚を培養する為だ。


 バイオロイドとは、クローニングやゲノム編集などの技術により作り出される、人造人間のことだ。

 バイオロイドはマイクロマシンを経由して、素体の脳にAIを同期させることにより、AIの生体デバイスとして機能させることができ、人間の手作業をほぼ代行することができるという代物だ。

 誕生当時は、これにより「AIには代わることができない」とされていた職の人間も、失業する恐れが出て大慌てになったものだ。


 また、生殖能力は付与出来ないが、身体は作製者の好みな外見をある程度編集できるので、性的な使用がなされる場合があり、倫理的に反対する人間や、少子化が進むと主張する研究者、バイオロイドの人権を主張する頭のおかしな集団もいた。


(まぁ、どうせ作るなら、俺好みの女の子にするけどな!)


 俺は、先程の映画を観て気がついた。他の人間がいないのなら、作ってしまえばいいのだ!


 人間、孤独だと精神がおかしくなる。

 俺がさっき観た映画は、無人島に漂流した男の話だった。あの時主人公は、ボールに顔を描いたもので孤独を紛らわせていた。俺もバイオロイドにウィルソンって名前を付けようかな?

 ……いや、ないな。少なくとも、ボールよりは絶対に良い筈だ。会話もセックスもできる筈だし。だがどうせなら、ゴムボール並みの爆乳に設定してやる!


 


 人間、孤独では生きていけない。俺はこの3日で決意した事がある。

 それは「他の人間を探そう!」というものだ。他の人間を探して、交流を図り、この崩壊した世界を生きていく。その為にはまず、外に探索に出る必要がある。


 チラリと、設定を終えた培養槽を見る。肉眼では見えないが、設定を終えたバイオロイドの胚が今成長を始めているはずだ。

 彼女には、もし他に人間がいなかった時、話し相手くらいにはなってもらえるだろう。



 * * *  



-数分後

@ノア6 中央制御室


 俺は生物実験棟を出ると、中央制御室に向かう。


「マザーコンピューター、今無事な衛星はあるか?」

『“セラフィム”の大半は健在です』

「マジかよ、連合の科学力スゲぇな……」


 セラフィムとは、連合の戦略兵器として開発された戦闘衛星群のことだ。ビーム兵器、レールガンなどの武装を搭載した衛星を、常に世界中を射程に収めるように、複数機で軌道を周回している。


 一応、名目上は「観測衛星」としており、照準用の各種観測機器を搭載している。これらの機器を使って、地上の観測が可能だ。俺はこの機能を使って、このノア6の周りに人がいないかを確認しようとしていた。


「セルディア、カナルティア周辺を観測してくれ」

『長い間待機状態だったので、正確な情報が得られるまで時間がかかりますが』

「構わない、やってくれ」

『映像をモニターに出します』


 そう言うと、中央にある大画面のモニターに、衛星からの映像が表示される。


「……街は完全に廃墟って感じだな」


 カナルティア周辺の映像は、酷いものだった。道路はボロボロ、ビルは倒壊し、旧市街は木々に覆われていた。


「これじゃあ、近くに人はいないか……」


 がっくしと、軽く絶望していたその時、ノア6からカナルティアの市街地を抜けた先の平野に、街のようなものが広がっているのを見つけた。210年前には、こんなところに街は無かったはずだ。

 いや、確か郊外のニュータウンが建設されていたような気がするが、ここまで大きなものではなかったと思う。


「もしかしたら人がいるかもしれないな! よし、衛星で世界中を調査して、人がいるところをリストアップしてくれ!」

『了解致しました』

「これから外に出ようと思うが、装備のメンテナンスはしてあるか?」

『歩兵用の装備品などは、すぐにでも使用できます。しかし、軍用車や航空機などは長年使用されませんでしたので、モスボール保管しています。申し訳ありません。全てが再使用できるまで、メンテナンスロボをフル稼働させて1か月かかります』

「仕方ない、歩きで行くしかないな。留守を頼むぞ」

『ヴィクター様、【MAR-06】をお持ちください』

「え、何で? 銃なんて必要か?」

『念の為と、搭載されたセンサーを使用して周りを探査できますので』

「ああ、なるほど。じゃ持ってくか、どうも警察とかがいる様には見えないしな」

『お気をつけて下さいませ、ヴィクター様……』


 俺はノア6の軍の保管庫へ向かい、外に出る準備を始めた。といっても、車は使えそうにないので、最低限必要なものだけだが。

 防寒着を着込むと、自衛用の射出式スタンガンを腰に装着する。それから万一に備えて、歩兵用の標準装備が入った背嚢を背負うと、兵士の間で「アンバージャック」と呼ばれていたアサルトライフルを担ぐ。

 マザーコンピューターが言っていた、“MAR-06”が正式名称なのだが、この銃に搭載されているセンサーを使えば、探索の役に立つかもしれない。


 またマザーコンピューターの提案通り、映画ではこういった世紀末な環境では、ゾンビやら怪物、ヒャッハーな人間が襲ってくるのが相場だ。念の為、自衛用の武器は持って行ってもいいのかもしれない。


「ま、映画は映画だよなぁ。予備の弾は……嵩張るから置いてくか」


 しかし、俺はしばらく後に後悔することになる。外の世界を甘く見ていたことに……。





□◆ Tips ◆□

【スタンガン】

 ピストル型のスタンガン。民生品で、商品名『トライショック‼︎®︎』。

 電極の針を発射し、標的に突き刺さることで、電流を流し、相手の行動を停止させることができる。

 警察などが、暴徒鎮圧、捕縛などに用いていた。カートリッジ式で、装弾数は3発。有効射程が短く、10メートルほどとされる。

 軍では正式な採用はしていないが、憲兵隊が治安維持任務の際に使用する為、購入していたものがノア6に保管されていた。


[使用弾薬] 3連スタンカートリッジ

[装弾数]  3発

[有効射程] 10m前後

[モデル]  テーザー X3



【MAR-06】

 当時最新の、連合軍正式採用小銃。ブルパップ式アサルトライフルで、光学照準器やフラッシュライト、センサーなどを内蔵している。ほぼ全ての軍人がこれで訓練を受けており、使えない人間がいないと言われる程の基本装備となっていた。

 ハンドガード部にグレネードランチャーを搭載する事も可能。

その魚類のような外観から、アンバージャック(スズキ目の魚)という渾名がついた。


[使用弾薬] 6.8×43mm弾

[装弾数]  30発

[発射速度] 700-750発/分

[有効射程] 600m

[モデル]  FN F2000

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