第4話 210年後へようこそ
ノア6の外に出た俺は愕然とした。郊外にあるここノア6から、市街地までの道路にはヒビが入り、所々草が生い茂り、タイヤの空気が抜けたボロボロの車と、遠くにはカナルティアを代表する高層建築物の電波塔が折れているのが見えた。
「ハハッ、悪い夢でも見てるのか? じょ、冗談だろ……。クソ、寒いな」
そう呟くと、俺はノアの中へと帰り、その足でノアの中央制御室へと向かった。そういえば、目覚めてからアイツと話してない。……奴なら、何か知ってるはずだ。
* * *
-数分後
@ノア6 中央制御室
「マザーコンピューター! いったいどうなってるんだ、説明してくれッ!!」
俺は中央制御室へと入るなり、ここノア6の管理を行なっているマザーコンピューターに問いかける。
『お久しぶりでございます、ヴィクター様。どうかされましたか?』
女性の声で、マザーコンピューター……正確には、その管理AIは返答する。
「まず、聞きたい。今日の日付は?」
『はい、今日は統一暦730年11月21日でございます』
「……もう一度聞くぞ、今は何年だ?」
『はい、統一暦730年でございます』
「……」
どうやら、壊れているというわけではないらしい……。本当に、210年もの歳月が経っているのか!?
嘘だ、夢だと心を落ち着けようとしていると、マザーコンピューターが追い打ちをかけてくる。
『ヴィクター様がこの部屋に入るのは、210年と27時間ぶりになります』
「ッ……嘘だ! 今朝、給仕ロボは特に変わったことは無かったって言ってたぞ!? なのに外のアレは何だ! 世界が終わったみたいな感じだったぞ!?」
『……』
混乱、不安……様々な感情に任せるまま、俺はマザーコンピューターに怒鳴り散らす。そうして、荒げた呼吸が落ち着いてきたとき、マザーコンピューターが返答してくる。
『外……でございますか?』
「ああ、一体何がどうなるとああなるんだ!!」
『恐らく、戦争の影響が考えられます』
「せ、戦争!? な、何を言ってるんだ?」
戦争。俺がマザーコンピューター言葉に、しばし呆然としていると、中央制御室の大モニターの電源が入る。
『当時の報道記録や通信記録がございますが、ご覧になりますか?』
「……あ、ああ頼む」
[番組の途中ですが、臨時ニュースをお伝えいたします……]
[ご覧ください、夜空が燃えています……まるでこの世の終末です!]
[先ほど、同盟軍のミサイル基地から、弾道ミサイルが発射されたとの情報が……]
[皆様、シェルターなどの安全な場所に避難を……!]
[司令部より伝達! セラフィムによる報復攻撃を実行せよ……!]
[これまで放送を続けてきましたが、これまでのようです。それでは皆様、お元気で……]
そうして流れるニュースや、軍の通信、作戦内容などを見て、俺は理解した。
どうやら、俺がコールドスリープを始めたちょうど1年後に、突如世界大戦が勃発し、戦略兵器の応酬の結果、かつての文明は終焉を迎えたという事を……。
当時の記録を見終え、マザーコンピューターが淡々と語りだす……。
『【同盟】が突如、世界中の人工衛星に対する無差別攻撃を実施。間を置かずして、【共和国】の報復と見られる攻撃により、“同盟”と“連合”の中枢都市が消失……。その後、“連合”が報復の為、戦闘衛星で双方に攻撃を開始。その後、3陣営間により核攻撃などの、戦略攻撃の応酬の後、“共和国”の物と見られるウイルス兵器が散布され、予測では世界人口の55億人の内、8割以上の人間が死亡したものとみられます』
「バカな……冷戦状態だったとはいえ、急に大戦になるような状況じゃなかっただろ!」
『詳しいことは分かりません』
当時の世界情勢は、俺たち“連合”と、連合の仮想敵として“同盟”、そして中立の“共和国”の3陣営が、互いに睨み合いながら緩やかに対立し、お互いに開発競争を進めていたが、大きな武力衝突もなく、そこそこ平和な世界だったはずだ。
それが何故、世界が終わるような事態になったのか。俺には到底理解が出来なかった。
『それから、ヴィクター様に御報告したい事がございます』
「……何だよ改まって」
俺が落胆し、力なく返事をすると、急に愉快なファンファーレが流れだし、楽し気な声でマザーコンピューターが語りだす。
『昇進の報告でございます。貴方は現在、連合軍総司令官に任官されております!』
「はぁ!?」
医療が発達した為、定年退職という概念が忘れられて久しい中、勤続212年の士官。さらに、軍人は現在俺ただ一人。考えれば当然?なことだった。納得は出来ないが……。
『総司令官のヴィクター様は、軍の戦略兵器を含む全ての兵器、軍人に対する命令権限が与えられます。総司令部のAIが、現在機能停止状態にある為、私、ノア6のマザーコンピューターが、その指令機能を引き継いでおりますので、ご命令がありましたら、私にお申し付け下さいませ』
「もう、一人にしてくれ──」
(……映画でも観よう)
そうして、俺は自室に引きこもるのだった……。
□◆ Tips ◆□
【同盟】
正式名称:グラキエス相互防衛同盟
最大の大陸であるグラキエス大陸の7割以上をその領土としている超大国ローレンシアが盟主。連合陣営に対抗する為にグラキエス大陸の小国家群を抱き込んで締結した、相互安全保障条約を元に発足した陣営。
ただし同じ陣営内といっても、一部地域ではローレンシアに対する不信感や不満からデモや暴動、テロが発生し、内戦状態になっている地域もあり、政情は一枚岩とはいかない。
連合を仮想敵として軍事開発に注力しており、特にサイバネティクス分野に優れ、連合の戦術兵器であるAM(アーマードマニュピレーター)に対抗して、多脚戦車などが開発されている。
連合により世界の制空権を掌握されてからは、同じ土俵に立つ事を諦め、海洋工学、船舶工学に注力し、海洋進出や開発を推進していた。
戦略兵器として弾道ミサイルのほか、超大型戦略潜水艦などを保有していた。
【共和国】
正式名称:レガル共和国
南半球に位置する、レガル大陸を領土とする国家。連合と同盟の2陣営とは、どちらにも属さない独自の中立路線を保っていた。
医療分野や重化学工業などが発展しており、特に主要産業のマイクロマシン分野は世界シェアの9割以上を誇った。
マイクロマシンよりはるかに小さいナノマシンの開発を行っていたとされ、既に戦略兵器として、都市一つを「グレイ・グー」にて更地に変えるとされる、ナノマシン兵器が秘密裏に実用化されていたという噂がある。
かつて、南極大陸の開発を行っていたが、各国からの猛反発を受けた結果、開発は中断に追い込まれる。その際に開発された、作業機器技術が軍需産業に転化した結果、AMなどの人型機動兵器が誕生した。
国軍は、戦略兵器の運用のみを行う存在となっており、戦術レベルの作戦行動は国内のPMC(民間軍事会社)に完全に外注しているのが大きな特徴である。また、国内のPMCは世界中の紛争地帯に傭兵派遣や兵站サービスを行っており、決して平和的な中立国ではない。
世界で唯一、限定的ながら鎖国中の帝国との国交があり、帝国由来の技術に触れる事ができた国である。
首都:レガリアシティ
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