第3話 走馬灯(長き眠り)

-統一暦520年11月20日(2年後)

@ノア6 ヴィクターの私室


(ヴィクターちゅわぁん♥ 待ってぇぇ!!)

「うんぎゃぁぁあッ!!」


 俺はベッドから飛び起きた…。

 あの半年間のブートキャンプを終え、俺は連合軍の少尉となり、ここノア6に赴任した。そして、辛い時代を忘れるかのように、大学での研究をこの施設で再開したのだ。

 研究室から俺を連行した、あのゲイ軍人がまさか士官学校の教官だったとは…。

 おかげで、今でも夢に出てくるようになっちまった。……悪夢だ。


「最初は嫌だったが、士官学校と比べたら天国だな、ここは……」


 ……完全に何かのマッチポンプの被害に遭ってるような気もするが、今となってはどうでもいい。

 ここは、莫大な予算を投じられたことと、軍の管理下にある為か、非常に設備が整っていた。明らかに、大学の研究室より充実しているし、そんなものを使い放題できるのだ。

 しかも、ここには俺一人だけ、ちょっと寂しいが、ゲイ教官はいない。なんと素晴らしい環境だろうか。


 しばらくすると、給仕のロボットが朝食を持ってきた。

 この、ノア6の管理システムは素晴らしいと思う。中枢のマザーコンピューターのAIが、全てを管理してくれる為、俺は研究に没頭できる。

 俺は持ってきてくれた朝食を食べずに、ロボットに片付けさせ、考えごとをしていた。


 大学の研究室から連行されてから、今日でちょうど2年になる。

 あれから、俺のコールドスリープの研究は、各種動物実験に成功、その後、猿を用いた実験にも成功し、解剖の結果、後遺症も見られなかった。

 残すは人間での試験のみという段階で、俺はある決断をしていた。


「俺が、この身をもって、この技術の完成を証明する。これ以上に素晴らしいデモンストレーションはないだろ!」


 そう、自分でまずは3週間程眠って、その後上手くいったら、次は3年程眠り、軍から言いつけられている、ノア6の管理期限をスキップするのだ。そして、その結果を元に論文を作成、軍の推薦とともに、晴れて憧れの宇宙開発機構へ……。

 我ながら素晴らしいアイデアだ。


 人間用の装置は、先日完成している為、後は俺が眠ればいいだけとなっていた。この日に備えて、朝食も抜き、消化管は空にしている。かなり腹が減っている為、さっさと寝てしまおう。

 その前に、念のためにノア6の警備レベルを最高に設定しておくか。これでも一応、管理者だ。ノア6に何かあると困るからな……。


 その後準備を済ませると、薬を飲んで服を脱ぎ、装置に横になった。後は眠りにつき次第、装置が処置を行ってくれる筈だ。

 薬の影響か、だんだんと瞼が重くなり、視界が白くなっていく……。


(3週間後が楽しみ…だ…ぜ……)



 *  *  *



-3週間後?

@ノア6 ヴィクターの私室


(………)


──ピピー、ピピー、ピピーッ!

──プシュゥゥ!


 アラームの音と共に、コールドスリープ装置のカプセルが開く。

 アラームのうるさい音に、俺は目を覚ました。


「……うわ、さっむ」


 体中が寒さで震えて、歯がガチガチと音を立てている。

 俺は、装置から出て、立ち上がろうとしたが、上手く行かない。まるで産まれたての子鹿のように、ガクガクと全身に力を入れて、何とか立ち上がった。


 その瞬間、強烈な吐き気が俺を襲い、俺は嘔吐した。ベチャベチャと、恐らく胃液か何かよくわからないものを吐き出していると、いつも通りにロボットが朝食を運んできた。


 今日の朝食は、トーストとコーンスープ、サラダ、ベーコンとスクランブルエッグのようだ。

 吐き気が収まると、俺はロボットに朝食をテーブルに置くよう命じ、その後床に吐き出した汚物を掃除するよう命じた。


 その後、俺は冷えた体を温める為、浴場に向かった。このノア6には、居住施設の個室にあるバスルームの他に、大浴場があり、今は俺が独り占めしている。

 浴場で体を温めると、身体も目を覚ましたのか、腹が減ってくる。

 グウゥ~と鳴る腹を抑えながら、自室に戻ると、部屋は綺麗に清掃され、給仕ロボが待機していた。


「悪いな、今から食べるから待っていてくれ」

『了解しました』


 俺は、少し冷めた朝食をすごい勢いで食べ終えると、おかわりを要求し、腹を満たす。


「この3週間、変わった事はないか?」

『いいえ、特に報告すべき事はございません』

「そうか、ありがとう」


 俺は、食後にココアを飲みつつ、テレビの電源を入れた。しかし、テレビが壊れたのか、電波が悪いのか何も映らない。


「ん? 故障か? いや、ノア6で故障は考えられないか」


 ノア6内は、メンテナンス用のロボットが定期的に施設をメンテナンスしている為、故障があれば、直ぐに修理してくれる。だから、施設には問題があるとは考えにくい。

 たぶん、テレビ局の電波局が故障か何かトラブルを起こしたんだろう。きっとそうだ。


 ふと、脳内でカレンダーを確認すると、今日の日付が11月21日となっていた。

 機器のトラブルか、俺の操作ミスかは分からないが、どうやら1日先までコールドスリープしたようだ。

 ……これなら、1日寝過ごしたのと変わらないな。


 しばらくして、俺は実験の結果をまとめる為に、コールドスリープ装置の確認を行うことにした。


「装置に異常なし。動作も正常だし、一体何が悪かったんだ?」


 機械その物は、正常そうに見える。そこで、システム面の異常を疑い、コールドスリープ装置の記録を確認してみることにした。


「なになに? ん~前回の睡眠時間は210年と1日ですぅ!? って、なんだ? 機器のタイマーが壊れたのか?」


 次は、覚醒後2時間後の様子を記録しようと、自身の状態を確認する為に、脳にインプラントされたマイクロマシンからの情報を確認する。その時、自分の年齢がおかしなことになっている事に気がついた。


(俺の年齢が、232歳になってるんだが……。コールドスリープの影響で、マイクロマシンが故障したかな?)


 なんて考えつつ、脳内通信で、マイクロマシン製造元に異常を報告しようとするが、何度試しても徒労に終わった。


 俺は、得体の知れない不安感に心臓を鷲掴みにされ、冷や汗を流した。

 他にも、友人、教授、軍、警察と、連絡を試みるも、全て通じることはなかった。


(もし、マイクロマシンが壊れていないとしたら? 冷凍期間の期間は3週間だった。それがシステムエラーにより、21日が210年になっていて、もし本当に210年経っていたら……)


 そんな考えが、頭をよぎる。

 俺は得体の知れない不安に、居ても立っても居られなくなり、ノア6の正面入り口まで走る。


 そしてノアの頑丈な密封ドアを開けて、前室に入る。前室は、外に出る際は室内を陽圧に保ち、中に入る際は空気を入れ換えた上、陰圧に保つことでノア6内に外気を入れないようにしている。化学兵器や生物兵器対策らしいが、ややこしくて堪らない。

 ノア側の密封ドアが閉まり、外への気密ドアと何重もの耐爆ドアが開けられ、外の光が差し込んで来る……。

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