第2話 走馬灯(ブートキャンプへようこそ)

-統一暦518年11月20日

@セルディア大学 先進医療科学研究室


「ヴィクター君どう? 悪い話じゃないと思うんだけど?」


 現在、俺……ヴィクター・ライスフィールドは大学の研究室で教授と面談していた。内容は、俺の進退に関する内容だ。


「いえ、軍には入る気はありませんよ」

「そこをなんとか! お願いできないかな?」

「やっと基礎理論が完成して、夢に一歩近づいたとこなんですよ!? そんな事やってられませんよ!」

「それは知ってるけどさ……」


 教授曰く、どうも軍の研究施設の管理職に空きが出来たらしい。軍の意向としては、その施設にて何らかの研究活動を行い、予算の確保に貢献したいようだ。そこで、成果を出せそうな有望な研究員を探しているとの話だ。そして、教授が知人の将校からその人材の紹介を頼みこまれた結果、俺に白羽の矢が立ったらしい。

 だが俺は現在、コールドスリープについての研究を行っており、ようやく基礎理論が完成し、論文を発表する為に動物実験を控えていたところなのだ。そんな事をしている暇は無い!


「お願い、助けると思って!」

「嫌ですって!」

「……もし、宇宙開発機構に入れるかもって言ったら?」

「何を言われても……え、今何て?」

「宇宙開発機構……ああ、正式には──」

「長ったらしい、正式名なんて聞いてないですよ! それで、宇宙開発機構に入れるってどういう事なんですか!?」

「聞いたら驚くよ?」


 フフンと、教授は白衣の襟を正しながらドヤ顔をしている。若干の苛立ちを覚えながら、俺の心臓は高鳴っていた。憧れの職場、宇宙開発機構!

 正式には、『環セデラル洋大陸間経済連合加盟国による宇宙共同開発促進機構』。宇宙分野の第一人者ともいえるこの組織は、非常に審査が厳しく、狭き門として有名だ。


 ここセルディアは【連合】加盟国の一つで、北西部の回廊地帯を除いて、険しい山々に囲まれた盆地・低地に位置する国だ。

 かつては、資源が豊富で、山脈に囲まれた天然の要塞を誇る難攻不落と言われた国で、ビルが立ち並ぶ新市街地がある一方、旧市街地などは、今でも統一暦以前の古い街並みを見ることができる。


 俺の在籍するセルディア大学は、毎年、宇宙開発機構への入構者を輩出している名門で、俺もその恩恵に預かれればと思っていた。

 入構審査には、自分の研究成果を発表する必要があるため、俺は来るべき惑星間移動に必要不可欠であろう技術、コールドスリープを研究していたのだ。


「それに軍に入るって言っても、軍の研究施設で5年間、貴方がやりたい研究をしてくれて構わないらしいよ?」

「ええっ!? 普通、軍の研究って言えば、兵器開発とかやらされるんじゃないんですか?」

「普通ならね。まあ、そこはこのワタシの偉大なるコネクションの賜物だね♪」

「てか、そんな事させてもらえる余裕があるんですか? なんだか、税金の無駄遣いな気もするんですけど……」

「細かい事は気にしな~い♪」


 軍の推薦は大きい。我が連合陣営は、宇宙開発に注力しており、他の勢力の追随を許さない。軌道上に配備された戦闘衛星も実用化しており、軌道エレベーターやマスドライバーなども他の陣営より早く実用化して、宇宙関連の技術を独占している。

 宇宙開発は軍と密接に関係しており、その軍の推薦があれば、入構はほぼ決まったようなものだ。


 正直、このままでは、基礎理論の完成だけで研究を終えそうで、基礎理論だけを引っさげて、入構審査に挑戦するのは不安なところがあった。

 そこへ、軍の研究施設での研究の誘いと推薦の約束……と来たら、飛びつくしかない!


「やります!」

「ふ~ん……さっきは嫌そうだったじゃん?」

「あはは、嫌だな~教授。何かの間違えじゃないですか? 俺、やります。軍に入りますよ教授!」

「よく言った、それでこそ男子! じゃあ、覚悟はできてるのかな?」

「もちろん、任せてください!」

「お~い、終わったよ~。入ってきて~」


 俺が決意表明するや否や、教授が研究室のドアに向けて手を叩き、声をかけた。

 そして入ってくる、軍服を着た体格の良い男が二人……。なんだか嫌な予感がするぞ。


「あ、あの教授……こちらの方々は?」


 教授に目をやると、なんと申し訳なさそうな顔をしているではないか!?


「実は……そう言ってくれると思って、既に君を士官学校に入学させといたんだ……ハハハ」

「士官学校ッ!? 士官学校って……あの士官学校!?」

「そう、ブートキャンプ。驚いたかな? なんだか、語彙力が低下してないかい?」

「研究施設は!?」

「それは、ブートキャンプの後だよ? 流石に、軍に入るに当たっては色々と厳しいからね。うんうん♪」

「おい、聞いてないぞこのクソアマ」

「……テヘペロ?」

「テ、テメェおいコラ!!」


──ガシィィッ!!


 飛びかかる寸前に、軍服の二人に両腕を掴まれた。


「くそ! は、離せ!」

「全く、士官学校に入学する前に暴力沙汰はイケないよ君ィ……」

「あらん、元気がある子は好きよぉん~♥」


 ちょっと待て、二人目のやつヤバい奴だろォォォッ!!


「ああそれから、君の配属される研究施設なんだけど……ノア6だから。引っ越しとかは、大学が責任を持ってくれるって! やったネ!」

「な……ノア6だって!? 俺に、あの破綻プロジェクトの尻拭いさせる気かよッ!」

「あらん♥ あなたのお尻ならワタシが拭いてア・ゲ・ル♥」

「うるせぇ! あんたは少し黙ってろ!」


 ノアとは、連合の研究施設の一つで『方舟計画』という、生産・消費を自己完結できる施設、『アーコロジー』を完成させる目的で建造され、来るべき長距離宇宙移動での自給自足を研究していた。そう、「していた」のだ。

 ノアは複数建造されたのだが、その研究はあっさりと完了してしまい、施設だけが残されてしまった。


 損失が出ているならともかく、ノアは自給自足の施設で、発電から設備維持まで全て自己完結する為、維持費がかからない上、当時鳴り物入りのプロジェクトとして、莫大な予算を投じられた為、撤去するのも憚られる、そんな施設だった。

 その後は軍が施設を使用することになり、装備や兵器を保管する倉庫代わりに使われている。一応、核爆発などにも耐えられる非常に頑丈な構造をしている上、地下に広い空間があった為、万一の時の基地代わりに機能するように改造されているらしいが……。


 ノア6は、ここセルディアの首都カナルティアの郊外にあるピラミッド型の施設だ。施設維持はロボットや管理AIが行える為、管理人は一人で充分だと言われている。明らかに閑職である。

 そういえば先日、地元の新聞紙に、ノア6の管理をしていた軍人が、高齢を理由に急遽辞職したという小さい記事があったが、まさか自分がその後釜をやれというのだろうか?

 確かに、正規の軍人を閑職に追いやるよりは、新規採用して、回した方がいいのだろう。


 だが──


「俺は、ノアの管理なんてやらねぇからな! そもそも、俺の研究はコールドスリープだ! 長距離移動するのに費やす無駄な時間を、コールドスリープで乗り切るのと、ノアが研究していた自給自足で乗り切ることは、相反することだろ!」

「あれ、さっきの決意はどこに行ったの~? 女々しい男はモテないよ?」

「こんなこと聞いてないぞッ!」

「言ってないもん!」

「グギギギギ!」

「もう、怖い顔しないの♥」


 教授と言い合いをしている間に、俺はズルズルと軍人のマッチョメンに引きずられ連行されつつあった。


「ハッ……教授、助けてくれ! このままだとコイツに掘られちまう!」

「あ~らヤダ! ワタシは掘るほうじゃなくてぇ~、掘られるほうよォ~♥」

「聞いてねぇぇよ! そんなことッ!!」

「まあ、軍で体を鍛えれば、新しいアイデアも生まれるでしょ! あっ、腹筋バキバキになったら触らせてネ♪ じゃ、バイバイ〜!」

「うわぁぁぁあッ!!」


 そんなこんなで、俺は半年間、地獄のブートキャンプでみっちり扱かれるのであった……。





□◆ Tips ◆□

【連合】

正式名称:環セデラル洋大陸間経済連合


 元々は、大洋を取り巻く大陸間の国家同士による経済連携協定だったが、超大国ローレンシアに対する牽制の為、次第に軍事的・政治的な繋がりを深めた結果、一つの連邦国家のように振る舞い出した国家群。この国家群の誕生により、その国家総力は超大国ローレンシアを上回り、連合の誕生により危機感を覚えたローレンシア主導による同盟陣営が誕生することになる。

 崩壊前当時、同盟諸国とは表面上は友好関係にはあったが、事実上同盟を仮想敵として、大々的に軍事開発や諜報活動を行っており、冷戦状態になっていた。

 主に、セデラル洋に面するセデラル大陸、アメイジア大陸の国家が属しており、3陣営の中で最大の勢力を誇っていた。

 特に航空宇宙工学が発達しており、宇宙開発関連の研究が盛んだった。自由主義国家らしく、産学協同研究や軍産企業、軍学共同研究などにより、各種研究が後押しされており、宇宙開発用の軌道エレベーターや、マスドライバーが建造されている。

 戦略兵器として弾道ミサイルや、戦闘衛星群:セラフィムを実戦配備しており、事実上世界の制空権を支配していた。

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