終末世界へようこそ

ウムラウト

第1話 プロローグ

「ッ……ハァ、ハァ! 何でこんな目にあわなくちゃならないッ! 理不尽にも程があるだろ!!」


 現在、俺はボロボロになったビルの陰に隠れている。逃げ惑い、荒くなる呼吸と心拍を落ち着かせようと、深呼吸を繰り返す。

 何度目かの深呼吸の後、息が落ちついた時に、頬を刺すような刺激が走る。

 空を見上げると、白い雪がチラチラと降ってきているのが見えた。


「雪? まだ11月だろ、いくらなんでも早すぎるんじゃないか!?」


 そう、今の時期、ここの気候から考えて、まだ雪は早すぎるはずだ。逃亡している今、足場が悪くなるのはマズい……。


「それよりも、さっきの……何だよアレは!?」


 そう毒づきつつ、助けを求めようと周囲を見回す。だが、やはりどこを見ても人の姿は無い。


「お~い、誰かいないのか!? ダメか……クソッ!」


 苛立ちにまかせ、足元の小石を蹴る。


 ──カツンッ、カツッ! コロコロ……。


 蹴った石が、倒壊したビルの壁で跳ね返り、高い音を反響させつつ転がっていく。

 そして、その小石が転がった先を見て、俺は顔が青くなった。


「ウキャキャ! ギャー! ギャー!」


 灰色の毛皮を持つ、鋭そうな牙を剥き出しにした猿……いや、猿のような怪物だ。猿はあんな牙は持ってないし、爪も長くは無い。そんな、猿のような怪物に俺は現在追われており、先程何とか撒いて、ビルの陰に隠れていたのだ。

 だが、撒いたと思っていたのは俺の勘違いで、奴は執念深く俺を付け回していたらしい。奴と目が合った俺は、再び廃墟のような街の中を駆けだした。


 コイツは何故俺を追いかけるのか……考えても思い当たることは何もない。


「ギャーギャー! キキィィィイッ!!」


 鳴き声を聞いた俺は、この前、猿を使った動物実験をした事を思い出す。そして実験の後、猿は実験の影響調査の為に解剖した。少し罪悪感は感じたが、猿は研究の為の尊い犠牲になってくれたのだった。


(待てよ、もしかして……!?)


「わかった、お前はあの時、俺が解剖した猿の怨霊か何かだろ!? あの時は、研究の為に仕方がなかったんだ! 許してくれぇッ!!」


 俺は、猿の怨霊に対して頭を下げる。その瞬間、突如世界がスローモーションを見ているような感覚に陥る。

 顔を上げ前を見ると、猿の怨霊がその長い爪を俺に突き出しながら、飛び掛かってきていた。その爪が俺に触れる直前に、間一髪のところで後方に飛び退く。


「うおっ!? ……クソッ! バナナでもリンゴでも、好きなもの買ってやるから許してくれぇ〜!」


 跳び退いた後、俺は再び走り出し、猿の怨霊との鬼ごっこを再開するのであった。


「誰かッ、 助けてくれ! 誰か、いないのかッ!?」


 助けを求めつつ、人っ子一人見かけない廃墟と化したビルの谷間を逃げ惑う。

 大通りに出る道を曲がると、そこには驚きの光景が広がっていた――。


 目の前に広がるはずの、見慣れていたはずの大通りに面した商店街、ランドマークの銀行ビル……行き交う車や人々の姿は無く、代わりにあるのは亀裂が入り地割れを起こした道路と、倒壊したビルや、崩れかかった建造物、ボロボロになった車の残骸――。


 映画でよく見る、世界が終焉を迎えたような、そんな感じだった。先ほどの街の様子もそうだったが、にわかには信じがたい。あれから210が経っていようとは……。


 ──パキッ……


 俺がその光景に後ずさったとき、足元で何かを踏んだようで、乾いた音がした。

 恐る恐る、足元を見ると、明らかにこちらに手を伸ばして生き絶えたであろう人の死体、人骨の手首部分を踏み抜いていた。


「うおっ、何じゃこりゃ!?」

「ギャーギャー!!」


 俺が思わず悲鳴をあげそうになったその時、背後から猿の怨霊の威嚇が聞こえた。


(マズイ、追いつかれた!)


 逃げ出そうと足を踏み出したその時、俺の前方に3匹の猿の怨霊が飛び出してきて、進路を塞いだ。


「クッソ! 増えやがった!!」


 回れ右して、手薄であろう後方に走り出そうとしたら、同様に4匹の猿の怨霊が既に進路を塞いでいる。道の両側を塞がれた俺は、完全に猿の怪物に包囲されてしまっていた。


「か、囲まれた……!」


 俺の周りを猿の怨霊が、牙を剥き出しに、威嚇をしながらジリジリと輪を狭めるように迫っている。


「何だよ、何なんだよコイツらッ!?」


 俺は自棄になって騒ぎだす。

 そして、飛び掛かってくる1匹の猿の怨霊をスローモーションに感じながら、最近の出来事を走馬灯のように思い出していた……。

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