005:勇者だけど。買い物すら出来ない。



 スライムすら倒せない状況の中ではある一行ではあるが。


勇者一行は歩みを止めず。魔王城までの中継地点の港町までやってきた。


「勇者様。港町へ、ようこそ」


ニコリと微笑み歓迎する女性たちや、無邪気に手を振る子どもたちに。


勇者は、必ず使命を真っ当してみせよう。


今やっていることの大事さを、改めて真摯に受け止める。




 宿屋に行く途中。小さな武器屋に勇者は寄ることにした。


店内は狭いので、興味津々な聖女とパラディンだけがついていく。


「おや、旅のお方いらっしゃいませ。ご自由に見ていって下さい。」


武器屋の主は、パタパタとはたきで、店内を掃除している。


この店では、主のこだわりと誇りが感じられる、よりすぐりの良い品が揃っていた。


パラディンがポツリと呟く


「いい店ですね」


聖女は、クナイとかヌンチャクとか。変わった品に興味津々だ。


「面白い…。」


勇者は、ちょうど良さそうなブロードソードを見つけた。綺羅びやかで軽そうだ。


「おじさん、ありがとう。これ持っていくよ」


勇者は、ブロードソードを手に出口へと向かう。


いままで、このパーティーを組んでから学んだことがあるとすれば。


店の人は、皆が口を揃えて。


『魔王退治のためなら、どうぞもっていて下さい』


そう言ってお金を受け取らないのだ。


『タダで買って下さいありがとうございます』


と逆にお礼を言われる始末だ。


勇者も最初は違和感で何度も押し問答をしていたが、最近では、その考えに慣れつつあった


今回もそうだろうと思って、出口に向かった勇者を武器屋の店主は止める。


「おいおい。あんた!お金払ってくれよ!」


勇者は少しあっけにとられていたが、焦ってすぐさま、自分の財布を探した。


たしか、自分の財布は、前のパーティーの戦士が管理していたはずだ。


つまり勇者は財布を持っていない。


この騒動を見ていた聖女が


「あげる!」


といって自分の財布を渡した。だが、その中身は、3ゴールドしかなかった。


パラディンも、バツの悪そうに。


「申し訳ありません!軍規により財布を持つことが出来ないのです」


財布すら持っていなかった。



勇者は、諦めて商品を戻そうとした。


そのやり取りを見ていた皇族騎士が、店内に入ってきて自分の財布をこっそりと手渡す。


この時だけは、皇族騎士が出来る彼女のように見えた。




その夜。勇者が宿屋の二階で寝ていると、外から奇声にも似たひどい悲鳴が聞こえてきた。


勇者は、思わず窓をあける。


そこには、武器屋の亭主が教会の異端審問官に土下座している光景が広がっていた。


「勇者様に金子を請求するとはどういうことだ。」


「…どうか、どうか。お許しを下さい!勇者様だとは思わなかったのです!」


「黙れ、お前は審問会のあとに選別施設へと拘束する」


かたや、勇者は、ざわめいている広場に目を凝らす。


街の人全員が広場に集ま、り黒いローブに身を包んだ魔法使いに取り囲まれていた。


「「よ、ようこそ。勇者様。ここは、港町です…ッ」」


「もっと笑顔で笑え…。一生、笑い続ける魔法をかけてやろうか?」


この街はおろかすべての都市は、もはや、大教皇教会と魔術師賢人会により、精神的支配をされている。


この一件以来、勇者は、自分では、武器はおろか、食料すら買えなくなった。



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