第14話(2) 好意

「――いらっしゃいませ」


 鈴の音と共にお客さんがやってくる。


 扉を開け入ってきたのは、常連の男子高生。

 最近はかみが伸びてきて、中性的な雰囲気が益々ますます増してきている。学校では、さぞかしモテる事だろう。特にお姉様方に。


いてるお席にどうぞ」


 などという不埒ふらちな思考はおくびにも出さず、私はいつも通り男の子を出迎える。


「あ、どうも」


 軽く頭を下げ、男の子が店の奥に進む。


 その後はいつも通り、おひやとおしぼりを届け、注文を聞く。それをカウンター内の百合さんに伝え、あらゆる事態に備え近くで待機する。


 なんの不自然さもない、いたって普通の動きだ。


「ねぇ、みどりちゃん。何かあった?」


 にも関わらず、コーヒーを入れる合間に百合ゆりさんからそう尋ねられてしまう。


 おかしい。不自然なところは一片たりともなかったはず。なのに、一体どうして……?


「動きに遊びがなさ過ぎるというか、綺麗きれい過ぎ? 別にいいんだけど、いつもと違うから気になっちゃって」


 表情や反応から思考を読み取ったのか、百合さんがそんな風に私の疑問に答える。


「気になる話を友達から聞きまして」


 そこまで言われてしまっては仕方ない。


 私は観念かんねんして、百合さんに事の経緯けいいを話し始めた。


「ふーん。それでみどりちゃんも意識しちゃったってわけ?」

「まぁ、十中八九違うんですけどね」


 ただ単にそういう事が身近で起きたというだけの話で、だから私がどうという話では決してないのだが。


「そうかなぁ?」

他人事ひとごとだと思って、絶対楽しんでますよね」

「だって……」


 おそらく、百合さんも闇雲やみくもにけし掛けているわけではなく、彼女なりの根拠がそこにはあるのだろうけど、少なくとも私にはそれが理解出来なかった。


 もちろん、私の判断が間違っている可能性はある。というか、その可能性の方が高い。

 自分の事となると、私の判断能力はいちじるしく低下する。フィルターが掛かると言えばいいのか。とにかく、他人より客観視出来ていない自覚も自信もある。


 だからと言って、百合さんの話を無条件で信じる気にもなれない。何か納得の出来る根拠があれば話は別だが……。


 そもそも、普通の好きと恋愛の好きはどう違うのだろう? 恋をしたら自然と、後者だと気付けるものなのか?


「百合さんは、その、恋した事ってあります?」

「あるよ」


 即答だった。


「友達や家族に対する好きと、それはどう違うんですか?」

「うーん。難しい質問だね」


 そう言うと百合さんは、考える素振りをみせた。


「私の場合、胸が高鳴ったかな。トクンって。でも、その時にはまだ自分では恋って気付いてなくて、日が経って何度も自問自答してく内にようやく気が付いたの。あ、私、今恋をしてるんだって」


 話しながら当時の感情がよみがえってきたのか、百合さんの顔は徐々にはなやいでいった。


 それはまさに、恋する乙女のような表情だった。


 いつか私にもそんな日が来るのだろうか? 胸が高鳴るそんな瞬間が……。


「とりあえず、今私がみどりちゃんに言える事は……」

「言える事は?」

「ブレンド一つ、二番さんに」

「……」


 カウンターの上に置かれたカップを私は無言でおぼんの上に移し、それを二番テーブルへ運ぶ。


「お待たせしました。こちら、ブレンドになります」


 そして、男の子の前に置いた。


「あ、ありがとうございます」

「ごゆっくりどうぞ」


 頭を下げ、微笑ほほえみ掛けてから私はその場を後にする。


 不自然さはなく尚且なおか余裕よゆうのある言動げんどう。つまり、いつも通りの接客が出来た、はず。


「うん。大分良くなったかな」


 しかし、百合さんから下されたジャッジは、思ったよりも辛口だった。


 意識しないようにするのは、思ったよりも難しいらしい。


 そもそも、相手からアプロ―チを受けたわけでもないのに、何を意識する事があるのだろう。


 これで私の(というか、百合さんの)勘違かんちがいだったら、ホントいい笑いものだ。


 笑いものにならないためにも、せめて表には出さないようにしないと。


 深呼吸を一つ。それで気持ちを切り替える。


 よし。


 ちょうどその時、扉が開く気配がした。


「いらっしゃいませ」


 私は体を出入り口の方に向けると、新たにやってきたお客さんを笑顔で出迎えた。

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