第15話(1) フェチ

「なんでパソコンって、この世にあるんですかね?」


 五時限目が終わるなり、優子ちゃんは情報処理教室の机にうつ伏せて、そんな事を机に向かって叫びだした。


「さぁ……。必要だから、じゃないかな?」


 今思い付いた適当な理由を口にしながら、私は移動の準備をする。


「必要、ですか?」


 案の定、優子ちゃんの反応はにぶい。


 当然だ。私自身、よく分からないまま発言しているのだから。


「とりあえず、外に出ようか。話は他の場所で聞いてあげるからさ」

「他の場所、ですか?」


 私の言葉に、優子ちゃんが体を机からむくりと起こし、こちらを見やる。


「ほら、エントランスとかどうかな? この時間なら、あそこも空いてるだろうし」

「……はい」


 優子ちゃんが鞄を手に取るのを見届けてから私は、立ち上がり何気なく辺りを見渡す。


 室内にはまだ私達同様、友人知人と会話をする生徒の姿がちらほら見受けられた。その中に私は、見知った顔が見つける。


 視線を感じたのか、入口付近で二人の女生徒と話をしていた榊さんがふいにこちらを向き、そして何やら二言三言彼女達と会話を交わした後、私達のいる方に笑顔で近付いてきた。


「やぁやぁ、お二人さん、これからお帰りかい?」

「えぇ。でも、その前に少し、エントランスでおしゃべりでもしていこうかなって、今」

「もし良かったら、榊さんもどうです? 榊さんもあるでしょ? パソコンへの不平不満の一つや二つ」


 悪い笑みを浮かべ、優子ちゃんがいわゆるお仲間である榊さんをこの後のお喋り会に誘う。


「うーん。明日の授業の予習もしたいし――」


 そう言いながら榊さんの視線が優子ちゃんから私に移り、また優子ちゃんへと戻る。


「少しだけなら、お呼ばれしようかな」

「そうこなくっちゃ。ほら、早く行きましょ」


 言うが早いか、それまでの重苦しさがうそのように、機敏きびんな動きで優子ちゃんが出入り口に向かって歩き始める。


 私と榊さんは顔を見合わせて苦笑を交換すると、その背中を追った。


「ありがとね」

「何が?」

「付き合ってもらって」

「別に。嫌なら断るし、私が好きで付いてくだけだから」


 とはいえ、榊さんの事だ。色々な事情や状況を考慮に入れた上で、私達を気遣いこの場に残ってくれたに違いない。


「うふふ」

「え? 何?」


 突然笑い出した榊さんに、私はその理由を尋ねる。


「いや、みどりさんは真面目で本当に可愛いなって思って」

「真面目で可愛い?」


 榊さんの発した言葉の意味がよく分からず、私は首を傾げる。


 どちらか一方ならまだ分かる。しかし、両方同時にとなると、途端に訳が分からなくなる。真面目と可愛いは、全く別の評価だと思うのだが。


「なんの話?」


 教室を出た所で待っていた優子ちゃんが、私達のやり取りを見て、不思議そうな表情をその顔に浮かべる。


「みどりさんは真面目で可愛いって話」

「あぁ」


 納得するんだ。


 自身の前を止まらず通過した榊さんの後に優子ちゃんが続き、私はその隣に並ぶ。


「いや、優子ちゃんも普通に納得しないでよ」

「え? だって、みどりさんが素敵だっていう事は、地球が丸いくらい当たり前な事実ですし、そこでいちいちリアクションを取る方がおかしくないですか?」


 どうやら私の可愛さは、歴史上の大発見と同列で論じられるレベルの事象らしい。世が世なら処刑ものだな。後、解釈違いがおきそう。


「優子ちゃんはホントみどりさん大好きだよね。初めからそんな感じだったの?」

「初めは、ねぇ?」

「あはは……」


 言いながら視線を送ると、優子ちゃんは恥ずかしそうに空笑そらわらいをしてみせた。


 優子ちゃんは基本人見知りで私も会話が上手い方ではないので、最初の内はお互い探り探り、ぎくしゃくした状態が続いた。


「じゃあ、いつから今みたいな感じに? 何かきっかけでもあったの?」

「それは……」

「優子ちゃんが私の事をたくさんめてくれたのよね」


 言いよどむ優子ちゃんの後を、私が引きぐ。


「だってあの時は、みどりさんの眼鏡姿があまりにも素敵過ぎたから……」


 当時の醜態しゅたいを思い出したのか、優子ちゃんが赤くなったほおを両手で隠すようにおおう。


「あー。なんとなく理解した。でも、一応詳しく聞いていい? 楽しそうだし」

「私は別にいいけど……」


 優子ちゃんに視線を向けたところ、小さくこくりとうなずくのが見えた。


 みずから話す気はないが、私が話すのを止める気もないらしい。


 じゃあ――


「あれは確か、私達が知り合った翌日、優子ちゃんと一緒に受ける二回目の授業の直前に交わしたやり取り、だったかしら」


 興味津々といった感じに目を輝かせる榊さんに私は、当時の事を思い出しながらぽつりぽつりと話し始めた。

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