第13話(1) 読書

 火曜日は金曜日同様、取っている講義の関係上、間に嫌でもそれなりに時間が出来てしまう。


 というわけで――


 自動扉をくぐり、室内に足を踏み入れる。


 あらかじめ手に持っていた学生証を駅の改札のような機械に当て、そのまま受付を通過。奥へ進み中央の階段を登ると、私は図書館の二階へ歩を進めた。


 棚と棚の間を歩きながら、適当に本を物色する。


 別に意外な事でもないのかもしれないが、ここには最近の小説も普通に置かれており、しかもそのジャンルは結構多岐たきに渡っている。いわゆる文芸的な作品はもちろん、学生が好んで読みそうな恋愛ものも相当な数が揃えられており、大学に来る度にここで本を借りていく生徒も少なからずいるそうだ。


 足を止め、一冊の本を棚から抜き出し表紙をめくる。


「……」


 そしてすぐに、その本を棚に戻す。


 さて、どうしたものか。


 思えば、高校に入ってから私の読書量は見るからに減った。


 別に、何かきっかけがあったわけではない。ましてや、読書が嫌いになったわけではない。ただ、フィクションの世界と現実の世界に大きな違いがある事を、必要以上に感じるようになってしまい、本を開くのを躊躇ためらうようになってしまったのだ。


「こんにちは、みどりちゃん」

「――!」


 背後からしかも耳元でささやかれたその声に、私は驚き、あやうく声を挙げそうになった。


 振り返り、声の主の顔を見る。

 笑顔を浮かべた澄玲さんが、至近距離しきんきょりから私の事を見ていた。


「ごめんなさい。そこまで驚くとは思ってなくて」


 つまり、驚かすつもりはあったわけだ。


 当たり前か。あんな声の掛け方をしておいてそのつもりがなかったと言われても、とてもじゃないが信じられない。


「久しぶり。元気してた?」

「えぇ。お陰様かげさまで。澄玲さんもお変わりがないようで何よりです」


 相変わらずという言い方も出来なくはないが。


 大体、私達が最後に会ったのは数日前で、まだ一週間もっていない。そういう意味でも、相変わらずだった。


「それで、お目当ての本は見つかった?」

「いえ、具体的に何かをさがしてたわけではなく、良そうな本を探してたというか物色してただけというか……」

「ふーん。ちなみに、どんな本を探してるの?」

「え? そう、ですね。現代の恋愛もので、主人公が学生のやつ、ですかね?」

「なるほどね」


 そうつぶやくように言うと、澄玲さんは私から離れ、本棚を見やりながらその間を歩き始めた。


「これなんてどう?」


 程なくして、一冊の手に澄玲さんが私の元に戻ってくる。


 差し出された本を受け取り、表紙に視線を落とす。


 タイトルから察するに、コーヒーが少なからずからんできそうな感じの本だ。


「主人公は高校生の男の子なんだけど、作者女性で、男性女性どちらが読んでも共感できそうな作品だと私は思うわ」


 表紙をめくり、初めの数ページに目を通す。


「うん。これにします」


 不思議と澄玲さんがすすめてくれた本は、まるで最初からこの本を捜していたかのように、今の私にしっくりと収まった。


「そっか。良かった」

「澄玲さん、こういうのに詳しいんですね」

「詳しいかどうかは分からないけど、小説はどちらかと言えばよく読む方ね。読書って違う意味で頭つかうから、気分転換にちょうどいいのよ」


 気分転換。その言葉を聞いた私の頭に、ふと葵さんのあの台詞せりふよぎる。


 ――姫城澄玲がフラれたらしい。


 如月さんからは私とは関係ない話と言われたが、気になるものは気になる。それとこれとは話が別、というやつだ。


「あの、澄玲さん」

「ん?」

「いえ、なんでもありません」


 何を聞くつもりだ、私は。そして、聞いてどうするつもりだ。


「みどりちゃん、小説は好き?」


 私のそんな心情を知ってか知らずか、澄玲さんが優しい口調でそう聞いてくる。


「好き、でした」


 今でも本は読むが、とても本好きを自称出来るレベルではない。読む量も本に対する思いも、昔に比べたら全然……。


「そっか」


 私の言葉に澄玲さんは、優しく口元に笑みをたずさうなずいた。


「じゃあ、読書の邪魔しちゃ悪いし、私はそろそろ行くわね。また本の事で相談があったら、気軽に声掛けてね。もちろん、用事がなくてもいいけど」

「あ、はい。ありがとうございました」


 ひらひらと手を振り去っていく澄玲さんを、私は軽く頭を下げ見送る。


 なんというか、相変わらず凄い人だ、澄玲さんは。


「……行くか」


 少しの間余韻よいんひたった後、私は本棚の群れを脱出した。そして、近くにあった一人掛け用の椅子に腰を下ろす。


 荷物を脇に置き、表紙をめくる。


 その物語は、一軒の喫茶店から始まった。

 カウンター席に座った主人公の男の子が、マスターに愚痴をこぼす。

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