第12話(3) 過去

「――つまり、おろかにも小学生時代のみどりさんに対し、妄言もうげんにもひとしいたわごとをのたまった同級生の男子というのが、先程の彼と、そういう事ですか?」

「えぇ。まぁ……」


 言い方はアレだが、私の今の話を簡潔かんけつかつ偏向的へんこうてきにまとめると、まぁそんな感じだ。


 話が一段落したところで、再びそばに箸を伸ばす。


 少しかわき始めているが、まだ大丈夫そうだ。


「なるほど。前々からなんでそんなにみどりさんは自己評価が低いんだろうと思ってましたが、ちゃんとそれには原因というか元凶があったんですね」

「いや、でも、多かれ少なかれ、似たような事は大多数の人が経験してる事でしょうし、別に私が特別ってわけでも……」

「他の人の話はしてません。今はみどりさんの話をしてるんです」

「……」


 少し強めの口調で言われ、私は思わず目を見開く。


 確かに、その通りなんだけど……。


「みどりさんは、今でも彼の事が好きなんですか?」

「え? そんなわけ。小学生の頃の話だし、当時ですら好きだったかどうか……」


 好きという感情が芽生える前にあんな事が起きてしまい、結局あの時の感情に名前を付ける事さえ叶わなかった。


「幼い頃の体験や感情って、良くも悪くも心の中で大きくなりがちですから、気を付けないと、勘違いしちゃったりいつまでも居座ったりするんですよね」


 そう言って如月さんは、まるで自嘲じちょうするように苦笑いをその顔に浮かべた。


「如月さんにも、身に覚えが?」

「うーん。というより、改めて考えると、私のまーくんへの想いって過去の事柄に大分影響を受けてるというか……。あ、もちろん、今のまーくんにかれてお付き合いはしてるんですけど、それでも最初のきっかけは、幼い頃のあれこれから始まってて……。すみません。訳の分からない事を長々と」

「いえ、なんとなく分かります。言いたい事は」


 つまりみどりさんは、私の中で過去に感じた感情が実際より大きなものとなっていたり変化していたりする可能性もあると、そんなような事を言いたかったのだろう。多分。


「優しい上に真面目まじめですね、如月さんって」

「え? なんです? 急に」

「だって、如月さんがそうやって考えてくれるのって、私の事を真剣に思ってくれてるからこそですよね。だから」

「みどりさんは私を買いかぶり過ぎです」

「へ?」


 今のどこにそんな要素が……?


「私も人間ですから、全員に同じ接し方は出来ませんし、するつもりもありません。当然好きな相手にはひいきしたくなる。好きな相手には、ね」


 そう言って如月さんは、私に向かってウィンクしてきた。


 好き。もちろん、人としてという話だ。そこを勘違いしたりはしない。だけど――恥ずかしいものは恥ずかしい。特に、こんな美少女に面と向かって言われてしまうと。


「そして、そんな人は私だけじゃないはず。だから、もし迷ったらこう考えてみてください。今周りにいる人と過去の同級生、どちらの言葉がみどりさんにとって信用にるものなのか」

「……」


 もしその質問が信用に足る人間という話だったら、迷わず私は前者を選ぶだろう。しかし、言葉となるとまた話が変わってくる。なぜなら、そこには気遣きづかいや優しさといった別の要素が加わってしまい、必ずしも本音とは限らないからだ。


「みどりさん」


 如月さんのひどく落ち着いた声に、いつの間にか下がっていた私の視線が自然と上がる。


「みどりさんがどう考えてるかは分かりませんが、私はバイト経験すらない一介いっかいの高校生です」

「いや、それは……」


 一介の高校生。とてもそうは思えないけど……。


「だから、私の言葉を鵜呑うのみにする必要はもちろんありませんし、しちゃいけないとも思います。みどりさん考えてください。そして、悩んでください。逃げていては何も変わりません。向き合うんです、過去の出来事と、ひざを抱えてうずくまってる幼い自分と」


 優しい口調で厳しい事を言う如月さん。その顔には、満面の笑みが浮かんでいた。


「あ、今のも一介の高校生の発言ですから、鵜呑みにはしないでくださいね」

「あはは……」


 まったく、如月さんにはかなわないな、本当に。


「分かりました。アドバイスありがとうございます」

「いえいえ、アドバイスなんてそんな。ただ私は、思った事を口にしただけで……」


 それをどう受け取るかは、その人次第しだい、という事か。


「ねぇ、みどりさん。連絡先交換しません?」

「え? あ、はい」


 唐突とうとつな申し出に驚きこそしたが、交換する事自体は別に嫌ではない。むしろ、こちらからお願いしたいくらいだ。


「やったぁ。みどりさんの連絡先ゲットぉ♪」

「そんなにですか?」


 如月さんの喜びように、私は苦笑を浮かべそう尋ねる。


「私、ずっと思ってたんです。みどりさんと友達になりたいって」

「友達?」

「違いました?」


 まるで天使のようなそれでいて小悪魔のような笑みで、如月さんが小首をかしげる。


 やばい。超絶ちょうぜつ可愛かわい。じゃなくて――


「私で良ければ」

「というか、みどりさんがいいんです」


 言い切られてしまった。


 でもまぁ、正直悪い気はしない。


 人からそんな事を言われて、しかもその相手が如月さんのような素敵な人なら、誰しも小躍こおどりしたくなるくらいの嬉しさを感じるはずだ。

 だけど、同時にこうも思う。私にそれだけの価値があるのだろうか、と。


 いや、友達等、価値のあるなしで決めるものではない。一緒にいたいかどうかで決めるものだ。そうでなければ、とてもじゃないがその関係を友達とは呼べない。


「改めてよろしくお願いします、みどりさん」

「はい。こちらこそよろしくお願いします、如月さん」


 お互いに頭を下げ合い、私達の関係は違う形で再始動した。二人の笑顔と共に。

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