第12話(2) 過去

「――いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」

「二名です」


 出迎えた女性店員に対し、如月さんが笑顔で人差し指と中指を立てる。

 まるで、ピースをしているようだ。


 今私達がいるのは、ルーブルから歩いて数分の場所にある和食屋だった。テーブル席に加えカウンター席や座敷ざしきもあり、前以まえもって予約をすればお店を貸し切る事も可能らしい。


「では、こちらへどうぞ」


 そう言って案内されたのは、奥の座敷だった。


 くつぎ座敷に上がると、私は如月さんとテーブルを挟んで向かい合って座る。


 店内は昼時という事で、大変にぎわっていた。時間が数分ずれていたら、もしかしたら入口で待たされていたかもしれない。そういう意味では、運が良かった。


 お冷とお絞りが目の前に置かれ、店員が一度下がる。


 私達は水を一口含むと、一つずつメニュー表を手に取りそれに目を通す。


 当たり前だが、和の物ばかりがそこには並んでいた。しかし中には、チーズやステーキといった横文字もいくつか混ざっており、ただの和食屋というわけでもないようだ。


「決まりました?」


 メニューを閉じた私に、如月さんがそう尋ねてくる。


「はい。大丈夫です」

「じゃあ、呼んじゃいますね」


 如月さんがボタンを押し、やってきた店員さんに、私達はそれぞれ注文を伝える。


 ちなみに注文したメニューは、私が日替わり蕎麦そば定食、如月さんがそばがきぜんざいだった。


 正直、そばだけでも充分だったが、料金が然程さほど変わらなかったため、少し悩んだ末にこちらを選択した。

 ちょうどいい量よりもコスパを優先する。現代人の悪いところがもろに出た。


「みどりさんはそば派ですか?」


 店員さんがいなくなったタイミングで、如月さんがふいにそんな事を私に聞いてくる。


「特にこだわりはありませんけど、どちらかと言うとそば派ですかね。別に、うどんも普通に食べますけど。如月さんは?」

「私もみどりさんと一緒で、どちらかと言うとそば派です。あ、知ってます。そば派うどん派って、地域によって割合が違うらしいですよ。もちろん、拮抗きっこうしてる所もあるみたいですけど」

「へー。そうなんですね」


 そう言えば昔、新商品を出す時、県によって味の好みのバラ付きが出るから、比較的そういうのが出づらい所でテストを行うという話をテレビか何かで聞いたような。それが、どこの県だったかまでは覚えていないが。


「食べ物の好みって面白おもしろいですよね。色々な食べ物で何々派みたいなのがあって。ちなみにみどりさんは、目玉焼きに何掛けて食べます?」

「え? 目玉焼き? 醤油しょうゆとか?」

「やっぱり、そうですよね。私もです。じゃあ――」


 如月さんと食べ物談義だんぎを繰り広げている内に、私達の元に料理が届く。


 ざるそばに魚のフライ、かき揚げ丼に野菜とお漬物つけもの。お昼ご飯としては、充分じゅうぶん過ぎるラインナップと量だった。


 まずは、ざるそばにはしを伸ばす。


 うん。美味おいしい。


 ざるそばは、気温が上がり始めたこの時期にこそ食べたい料理だ。夏にあえて温かい物を食べるのもそれはそれでいいのだが、少なくとも今日はそういう気分だった。


「さっきの人、同級生だったんですね」


 ぜんざいに手を付けながら、如月さんがふと口を開く。


「えぇ。会ったのは、中学卒業以来ですけど……」


 驚いた。まさか、如月さんからその話題を振ってくるとは。いや、彼女の事だ。興味本位などでは決してなく、話を聞く必要があると判断したから振ってきたのだろう。


「彼とは中学もですが、小学校の時も同級生で」

「という事は、九年間も一緒の学校だったわけですか」


 九年間。そう言われると長く感じる。特にあの事があった以降の七年強は、同じクラスにいるのも嫌だった。


「何かあったんですね、あの人と」


 こちらを見据みすえ、如月さんがそう話の核心を突く。


「……」


 くちびるみ、気持ちを整理する。


 七年以上前の話とはいえ、当時の思いは今もなお健在けんざいで、内側から鋭いとげをもって私の心を定期的に刺し続けている。

 時間が解決するなんて言葉は、今の私には甘い戯言ざれごとでしかない。


「子供の頃の、人が聞いたらなんでもないような話なんですが、聞いてくれますか?」

「はい。もちろん」


 優しく微笑み、如月さんが頷く。


 声に出さなければ、消化出来ない思いもある。心の中に閉じ込めているだけでは、終わらない過去がある。だから私は、この機会に全てをき出す。年下だけど思わず頼りたくなる、如月さんの胸を借りて。


「あれは小三のちょうど今ぐらいの時期の事でした」


 そうして私は語り始めた。彼との間にあった、別段珍しくない、大抵の人が経験しただろう小学校時代の苦い思い出話を。

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