第7話(2) 考え事

 金曜日は取りたい講義と取らなければならない講義のね合いで、どうしても授業と授業の間がいてしまう。

 時間にかなり余裕があるので家さえ近ければ一度帰ってもいいのだが、残念ながら私の家は遠くさすがに一度帰る時間はない。という事で私は、授業が終わるとその足で構内にある図書館へと向かう。


 自動扉をくぐり、建物内に足を踏み入れる。


 下は地下二階まで上は五階までと、全部で七階層もある我が大学の付属図書館は、一つ一つの階層もそれなりに広く、そんじゃそこらの図書館よりもはるかに大きな造りとなっていた。


 駅にある改札機に似た機械に、自分の学生証をかざし奥に進む。


 学生証は出欠確認やこのような特別な場所に入る時に使用する事もあるので、大学に来る上で絶対に忘れてはならないアイテムの一つとなっている。下手へたをしたら、スマホや筆記用具よりも重要かもしれない。常に財布に入れて持ち歩く方が無難だろう。まぁ、その入れた財布を忘れたら何もならないんだけど。


 左右にそれぞれ設置されたカウンターを横目に、私はそのまま真っ直ぐ前方へと足を運ぶ。


 建物中央に位置する階段を登り二階へ。すぐさま右に曲がると、本棚から適当な本を取り出し、机へと向かう。


 机は二台が一つになったような形になっており、更に前方には同じ形の物が向かい合うようにして置かれていた。目の前には壁があり視界はさえぎられている。横にはパーテーションも壁もないので視界は開けており丸見えだが、これだけたくさん机がある状況でわざわざ隣に座る人間もいないだろう。知り合いでもない限りは。


 椅子いすに座り、今手に取ったばかりの本を開く。


 それは、先程の講義に関する物だった。テストを解く上ではおそらく役に立たないと思うが、枝葉の部分を補強しておくのも勉強の一環だ。


 本を読み始めてから数十分後、ふと人の気配を感じて横を向く。


「よぉ、みどり。勉強中か」


 隣の席に腰を下ろしながら、葵さんがそう小声で私に声を掛けてくる。


「一応そんな感じです。葵さんは?」

「私はただの暇潰ひまつぶし。たまに来ないと、図書館の使い方忘れちまうからな」


 確かに、図書館はゼミ等で強制的に使う機会でも与えられないと、人によってはなかなか足が向きづらい場所だ。


 かくいう私は、雰囲気が好きという事もあって、しょっちゅう訪れているのだが。


「そういえば、あの後静香しずかに会ったんだって?」

「え? あ、はい。駅でばったり会って」


 誰からその話を聞いたんだという疑問が一瞬頭に浮かんだが、すぐに静香ちゃん本人だろうと思い付く。


 二人は面識があるのだから、別段不思議な事はない。


「彼氏の方は、と。また今度にするか」


 小声とはいえこの場所で長話をするのは良くないと考えたのだろう。葵さんがふいにそんな事を言う。


「談話スペースに行きましょうか」

「いいのか?」

「私も所詮しょせん暇潰しなので」


 どうしても今すぐやらなければならない事でもないし、折角せっかく葵さんと会ったのだからもう少し話がしたかった。


 というわけで、私は本を棚に戻すと、葵さんと連れ立って談話室へと移動する。


 館内の奥まった所にあるその空間は、校舎内にある休憩スペースと似た造りをしていた。


 二台の自動販売機と、一台の机に二脚の椅子が対になった物が五セット。……プラス二台のゴミ箱。配置やデザインこそ違えど、二つの場所に置かれた備品自体は全て同じだった。


 適当な椅子に腰を下ろす。


 室内に私達以外の人はおらず、席は選びたい放題、まさに貸し切り状態だった。


「えーっと、なんの話だっけ?」


 正面の席に座りながら、葵さんがそんな風にうそぶく。


「静香ちゃんと私が会ったって話ですよ」

「そうだった。で、彼氏の方とも会ったのか?」

「えぇ。話もしました。感じの良さそうな人でしたよ」


 話をしたのはほんの数分なので本当のところは分からないが、少なくとも私はそう思った。静香ちゃんの彼氏がいい人で良かったとも。


「まぁ、悪いやつではないかな。生徒会にも入って早々馴染なじんだみたいだしな」


 などと言いつつも、葵さんの表情はどこか不満げで、何やら思うところがあるのは火を見るより明らかだった。


 というより、ねている? 自分の知り合いが自分の知らない人と、いつの間にか仲良くなってあまつさえ付き合っているから? だとしたらそれは、丸っきり子供の思考パターンではないか。


「なんだよ」


 考えが顔に出ていたのか、葵さんが気恥ずかしそうに口をとがらせてみせる。


「いえ、なんでもありません」


 私は笑いをこらえ、なんとかそう答える。


「……みどりは昔からそういうところあったよな」

「すみません」


 さすがに先輩相手に失礼だっただろうか。調子に乗り過ぎた?


めてるんだよ」


 葵さんがにやりと笑う。


「人の事をよく見てるというか、細かい変化に気付くというか……」

「そうですか?」


 自分ではあまりよく分からない。


「そんなお前だからこそ私は、静香達の事を任したんだ」

「期待にこたえれた自信はありませんが」

「むしろ期待以上だったよ。現に、静香も感謝してた。みどりさんのおかげでなんとか一年目は乗り切れたって」

「……」


 最近特に、自分の事が本当に分からなくなってきた。身内から受ける評価と自己評価とのギャップにいつも戸惑う。


 果たして、本当の私はどちらなのか。

 その答えが書いてある本は、さすがにこれだけ大きな図書館でも置いてはなさそうだ。

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