第6話(3) 自信

「自信、ですか?」


 今日も彼氏さんが学校の用事で遅いらしく、如月きさらぎさんはカウンターで一人お茶をしていた。

 彼女は先程まで百合さんと会話をしていたが、店内が落ち着いてきたという事で百合さんは奥に引っ込み、今は私が代わりに相手をしている。……というか、どちらかと言うと、私が相手をしてもらっている。


「えぇ。どうしたら自分に自信が持てるんだろうって」

「どうしてそれを私に?」

「それは……」


 如月さんがいつも自信に満ちあふれているから――とはさすがに言えず、私は口をつぐむ。取り様によってはとても失礼な言葉に聞こえねないと思ったから。


「そう、ですね……」


 初めから答えは期待していなかったのか、言いよどむ私の事は特に気にせず、如月さんが考える素振そぶりをみせる。


「まず初めに思い付くのは、結果を残す事、でしょうか?」

「結果、ですか?」

「大なり小なり結果を残せば、それは自分に対する自信に繋がりますから」

「……」


 如月さんの言いたい事は分かるし、尤もだとも思う。だけど同時に、それが出来たら苦労はしないとも思ってしまう。


「結果という言葉だけ聞くと残すのが難しいもののように感じますが、その内容は本当に小さなものでいいんです。例えば、以前自分が出来なかった事が出来るようになったとか」

「なるほど……」


 つまり、自分が自信を持てればいいのだから、何も他人から認められるすごい事である必要はないという事か。


「後は、自分が出来るようになった事を見つけるというのも有りです」

「えーっと……」


 それは、何がどう違うんだろう?


「意外と自分自身の事って気付きにくいと思うんです。実は前より成長してるのに、本人はその事に気付けてなかったり認めなかったり」

「そっか」


 灯台下暗とうだいもとくらしではないが、自分の事ってどうしても逆補正が掛かってしまい、案外ちゃんと見られていないのかもしれない。


「そういえばみどりさん、ここの仕事が大分板に付いてきたんじゃないですか?」

「え? そう……?」


 急に思いも寄らぬ方向から飛んできため言葉に、私は思わず動揺をあらわにする。


「はい。なんか今は、自然に接客が出来て見てて安心感があります。後、笑顔が素敵です」

「……はい?」


 一瞬、思考が完全に停止した。


「あー。すみません。冗談にマジな返しをして」


 いけないいけない。今のは「またまた」とか言って、笑って流すところだったのに。


「冗談じゃないので、大丈夫ですよ」

「え?」


 微笑むと共に発せられた如月さんの言葉に、私は驚きの表情のまま固まる。


「もう一つ、自信を持つために効果的な方法があります。それは、自分自身を見つめ直して自分のいいところを認めてあげる事です」

「いいところを認める……」


 認めるも何も、そもそも私にいいところなんて……。いや、その考えがすでに間違っているのか。改めないと。


「みどりさん、好きな人いるんですか?」

「へ? なんで? ですか?」


 今のやり取りで、どうしてそんな発想に?


「すみません。女の子が自信を持ちたいと思う理由として、私の頭に真っ先に浮かんだのがそれだったので」

「ち、違いますよ。ただ……」

「ただ?」

「最近、人からよく言われるんです。もう少し自信を持てって」


 百合さん、優子ちゃん、榊さん。ここ数日だけでも、三人の知人から自己評価に関する指摘を受けた。つまり、そういう事なのだろう。


「そうですか。自信を持つためにはモチベーションも大事なので、好きな人でもいればと思ったのですが……」

「もしかしてそれは、体験談ですか?」

「はい。もちろん」


 私の質問に対し、如月さんが満面の笑みでこたえる。


 好きな人、か……。


「そういえば――」


 ふと、そこで疑問がく。


「如月さん達って同じ学校に通ってるのに、校内でお互いを待つ事はしないんですね」


 今も彼女はこうして彼氏さんの事を店内で待っているし、そもそも学校帰りの如月さん達が一緒にこのお店を訪れた事はあくまでも私が知る限り一度もない。偶然なのか、あるいは……。


「実は私、こう見えて学校では有名人なんです」

「……」


 いや、そりゃそうだろう。

 彼女程の容姿で尚且なおかつ内面も頭もいいとなれば、そうならない方が逆に驚きだ。


「まぁ、私達の関係自体は結構他の人達にもバレ始めてるんですけど、それでも実際に一緒にいる所を目撃されるとやはり困った事になるでしょ? 彼が」


 確かに。こんな素敵な女性を独り占めにしているというだけでも、様々なやっかみの対象になり兼ねないのに更にその場面を目撃された日には……。考えただけで恐ろしい。


「大変ですね」と私が言い、

「まったく」と如月さんがそれに続く。


 そして、なんともなしに二人で天井の方をあおぎ見る。


 ……おそらく、私達の視線の先には今、同じ人物の顔が浮かんでいる事だろう。

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