第6話(2) 自信

「み、ど、り、さん」


 背後から名前を呼ばれ、振り返る。


 場所は大学構内。隣には優子ちゃんがおり、私同様後ろを振り返っている。


さかきさん」


 私は、手をげながらこちらに近寄ってくる女性の名を呼ぶ。


 榊りょう。私達の同級生であり、私が大学に入ってから知り合った数少ない友人の一人だ。


 茶色く染められたセミロングの髪、それなりに露出の多い、ノースリーブのシャツにハーフパンツというで立ち。腕や首にはめられたアクセサリーも相まって、その風貌ふうぼうは派手めに見えるが、実際に話してみると相手への気遣きづかいが出来る気さくでいい人だ。


「おはよう。優子ちゃんも」


 榊さんの挨拶に、私と優子ちゃんはそれぞれ「おはよう」と挨拶を返す。


「にしても――」


 そう言いながら、榊さんが優子ちゃんに意味ありげな視線を送る。


「優子ちゃんはいつ見ても、本当にみどりさんにべったりだね。こりゃ、みどりさんに彼氏でも出来たら大変だ」


 確かに、榊さんの言うように、優子ちゃんと私の距離は少しばかり近い。肩と肩が触れ合いそうな距離とでも言えばいいのだろうか。

 まぁ、身長差があるので、実際に触れ合いそうなのは肩と腕なのだが。


「べ、別に、私はそういうんじゃ……」

「大体、私に彼氏なんか――」

「「そんな事言わない」」


 優子ちゃんの弁明(?)の後、私が苦笑交じりに発した言葉に対し、二人が声をそろえて文字通りせまってくる。


 その勢いにされ、私は思わず右足を半歩後ろに引く。


「みどりさんの奥ゆかしいところは私好きですけど、自分に対して否定的なところはダメだと思います」


 優子ちゃんの隣で、榊さんも「うんうん」とうなずく。


「みどりさんって、自己評価低過ぎなんだよね。もう少し自分に自信持っていいと思うな、私」

「そう……?」


 よく分からないけれど、二人が揃って言うのならきっとそうなのだろう。それに、似たような事を百合さんにも以前言われたような気がする。肝にめいじておこう。……と言いつつ、明日には忘れていそうだけど。


「と、とにかく、教室に向かいましょ」


 休み時間は短い。モタモタしていると、あっという間に時間切れ。次の授業に間に合わなくなってしまう。


 なので、決して話の流れを無理矢理断ち切ったわけではない。本当に。


「そうでした。行きましょう」

「だね。話は歩きながらでも出来るし」


 というわけで私達は、三人連れ立って真正面にそびえ立つB棟へと向かう。


 並びは二人が私を挟む形。まさに両手に華。私が男性なら、飛んで喜ぶシチュエーションだ。


「みどりさんは、どんな人がタイプなの?」

「え? 何、急に?」

「別に。ちょっと気になって」


 榊さんの言葉を受け、私は思考をめぐらせる。


 どんな人……。そう言われて頭に思い浮かんだのは、常連の男の子の事。

 女の子に見間違えてしまいそうになる程、可愛らしい容姿をした常連さん。だがしかし、タイプかと言われると、首をかしげざるを得ない。ただ単に、男らしい人よりかはという程度の話だと思う。


「……特にないかな」


 私は正直にそう答える。


 こういう人が好きというのは、今の私にはなかった。


「ホントに? 変な間があったから、誰か思い浮かべたんじゃない?」

「思い浮かべた結果、ないと判断したのよ」

「ふーん。そっか」


 榊さんはそれ以上み込む事はせず、そう言うとすんなり引き下がった。


 引きぎわわきまえているというか、榊さんのこういうところは素直に感心するし羨ましく思う。


「優子ちゃんは……聞くまでもないか」と榊さん。

「なんで!?」


 それに対し優子ちゃんが、驚きと共に抗議の姿勢を見せる。


「いやだって、どうせみどりさんでしょ?」

「……」

「否定しないのかよっ」


 沈黙という形で回答をした優子ちゃんに、榊さんがまさにといった口調でツッコミを入れる。


「あくまでも、人として、人として好みというか、憧れているというか……」

「はいはい」


 ボケとツッコミ。この二人は本当にいいコンビだ。

 まぁ、榊さんはともかく、優子ちゃんの方はそんな気さらさらないだろうけど。


「そういう榊さんはどうなの? 好きなタイプとかあったりするの?」


 今度は優子ちゃんがお返しとばかりに、私にしたような質問を榊さんに投げ掛ける。


「もちろん、あるよ」

「どんな?」

「小柄で可愛らしく、子供っぽく元気な子」


 それって――


「もしかして、私の事言ってる?」


 優子ちゃんも私と同じ考えにいたったらしく、そう言って榊さんにいぶかしげな視線を送る。


「さすが優子ちゃん、可愛い自覚あるんだ?」

「可愛いって言っても、榊さんのは意味合いが違うでしょ」


 榊さんのからかいに対し、優子ちゃんは毅然きぜんとした態度でそれに応じる。


「えー。違わないよー」

「はいはい」


 先程とは二人の立場が、すっかり逆転してしまっている。


 ボケとツッコミが入れ替わってもちゃんと機能するなんて、ホントいいコンビだ。

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