文芸部?
飯塚さん達と大富豪で遊んだ次の日の事です。私は中央棟の三階にある図書室の前に来ていました。
放課後の自由な時間にここへ来たのは本を借りるためでも、食べきれなかった弁当を食べるためでもありません。図書室が文芸部の活動場所だからです。
実は朝、飯塚さんが机に突っ伏していた私に声を掛けてくれたのです。他の人たちと話すように一転二転する会話に頷くことしかできませんでしたが、越智総(越智総合技工高等学校の略称)に入って一か月。ペア活動以外人と話さなかった私にとっては大きな一歩です。しかし、このままでは一度遊んだだけのちょっとした知り合いで終わってしまいます。それは嫌です。もう少しだけ飯塚さんとゲームをしたいと、入部届の紙を持って私は思います。ドアノブを掴み、二呼吸置いて静かに扉を開きます。
工業高校の図書室は専門の学問書などが置いてあることが特徴的ですが、使う場面がそれほどありません。支給される教科書で事足りてしまうからです。そのため図書室には私のような一人で時間を潰したい人や、帰りのバスを待つ人しか利用していないのです。
ところが、今日は明らかに部屋内の人口密度が高くなっています。いつもは誰もいない長机に数人座って本を読んでいます。あの人達が文芸部の人なのでしょうか。眼鏡をかけた明らか年長者な人に声をかけてみます。
「あの・・・」
「? はい。なんでしょう」
「こ、ここって文芸部で合ってますかね」
「あーそうですよ、ほとんど文芸部です。君は入部希望の人かな?」
「はい。そうです」
私の記憶が正しかったようで安心しました。何度確認しても不安になる習性はいつになっても治りません。
眼鏡の人は困った顔をして言います。
「実はねーまだ活動してなくてね。これから始めると思うんだけど、ちょっと待ってもらっても良いかな」
「はい。分かりました」
言われるがままソファに座ると、何とも言えない申し訳なさを感じます。別に責められたわけでも怒られたわけでもないのですが、迷惑をかけたくないと思ってしまいます。
小学生の頃、私は問題児でした。いや今も問題児ではありますが、なんでもかんでも暴れ回るパワフルな時期があったのです。ある日、男子と揉め合いの喧嘩となり、クラスで大事に育てていた金魚の水槽を割ってしまいました。幸い、金魚たちは無事でしたが、男子の顔に怪我をさせてしまいました。やってしまったと動悸の激しい胸の内で薄く感じていました。だから、後で謝罪に来た両親の悲しいような苦しいような顔に、私は何てことをしてしまったのだろうと思いました。人に迷惑をかけ、傷付けたのは私であると分かったのです。
それからの小学校では、自分を抑えることを徹底しました。人に迷惑をかけずに、ひっそりと息をするような生活を心がけて、今の友達の少ない取り柄もない人間がいる訳です。
今では迷惑をかけたと思ったとき、いつもこれを思い出しては沈んだ気持ちになります。
顔を上げると、先ほどの眼鏡の人が段ボールを持ってやってきました。
「待たせてすまないね。そろそろ部活を始めるから、ええと」
「あっ神辺 沙和です」
「神辺さんね。自己紹介忘れててごめんね、僕は機械工学科三年の
「はい、よろしく・・・えっ副部長なんですか?」
「うん、それよく言われるー実は副部長なんだ」
あまりにも本が似合うビジュアルだったので、てっきり部長なのかと思っていました。顔に出ていたのか、副部長はクスリと笑います。
「本当の部長はねー・・ほら、ちょうど来たよ」
耳を澄ませば、入り口の奥から廊下を蹴って進むけたたましい足音がこちらに近づいて
「どぉーーんっ!」
扉から現れたのは、明らかに運動部の人でした。短い髪に濃い眉毛に体操着。そしてこの明るすぎる笑顔は間違いなく運動部のそれです。
「やっぱここ遠すぎなんだよなぁ。校長にカチコミして図書室移動させようぜ」
「いいとは思うけど、とりあえずこの子、入部希望の
「おっ一年生? 俺電気科三年の
「・・・・・あっはい。よろしく、お願いします・・・」
驚きすぎて反応が遅れてしまいました。部長の堺さんは周りを見渡すと首をかしげます。
「いやぁ今年は四人も入ってくれるなんて驚いたな。っていうか一年生まだ来ないな」
部長がこっちこっちと手招きする先にいたのは中田さんや比米村さん、そして飯塚さんでした。三人は息を切らしてなんとか図書室にたどり着くと崩れるように座り込んでしまいました。
「飯塚さんっ」
「沙和ちゃん! 来てくれたんだっ」
飯塚さんは私に気づくとにこやかな笑顔で言います。
「はい。大丈夫ですか?」
「あーうん。なんとか・・・いやーさっきね、陸上部と野球部と卓球部とソフトテニス部とバスケ部と他いろいろで缶蹴りやってて」
彼女が言った部活は、大半の生徒が入部している運動部であり、それが本当なら参加している人数はほぼ全校生徒ということになります。そんなことあり得るのでしょうか。
「そんな大人数で缶蹴りを?」
「ルールは一緒だけど、缶を中心にめちゃくちゃでっかい円を描いて数十人のオニが隠れてる人を見つけに行くの。範囲も学校全体で大変だった・・・」
「やってることは缶蹴りとかくれんぼを合体させた奴だねー後半から缶を範囲外まで飛ばせれば何やってもいいルールになって、サバゲーみたいになったけど」
比米村さんは前髪をかき上げ、腕を支えに起き上がると苦笑してそう言いました。うんうん、と飯塚さんは彼に同調します。
「そうそう、パチンコ使って缶飛ばす人いたよね! あれびっくりしたな~」
「誰だったんですかねーすごかったなぁ」
正直知らない話ばかりで困惑していますが、私はその話に少しわくわくして聞いていました。学校全体で行う缶蹴りのような奇天烈なゲームは、Yチューブの企画でしか見たことが無くて、とても興味が湧いたのです。
「それって誰が企画したんですか? どうやって参加しました?」
「あー確か──」
「エーイチー? これから売店のパンかけてトランプするからチップ持ってきてくんね?」
比米村さんは、たまたま通り過ぎた部長を見て指をさしました。
「確か部長が思い付きで始めたんですよ、そしたら体育館やら校内から人が集まってきて、ビビりましたね」
ええ? と思わず口に出してしまいました。変な人だなとは思いましたがまさか企画者が文芸部の部長だったなんて。今も後ろでがやがやと準備しているし、
もしかしてこの部活、ちょっと変だったりするのでしょうか。
「さて、一年生諸君。息は整ったか? 新入生歓迎ゲームパーティは始まったばかりだぜ?」
お誕生日席に座る部長は不敵な笑みと日の光が相まって傲慢な王様のように見えました。これから、どんなゲームが待っているのでしょうか。私は両手を胸の前で握りしめます。飯塚さんたちも立ち上がって緊張した面持ちで部長の次の言葉を待っています。
「次のゲームは・・・」
越智総合技工高校の文ゲー部 ラムサレム @age_pan0141
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