大富豪
正直を言うとこの奇妙な状況から逃げてしまいたい気持ちが一番ありました。謎の仮装集団と一緒に遊ぶというのは普通に怖いし、何よりこの人たちの話について行けず、取り残されてしまいそうで嫌なのです。
しかし、馬の被り物から聞こえる声に一縷の望みがありました。
「あの、その声、もしかして同じクラスの・・・」
「ああっそうです! 私、
やっぱり聞いた事のある声でした。クラスの仲良しグループでいつも話を広げて天然とか言われてる飯塚さんです。机に突っ伏して話を聞いていた甲斐がありました。
「そうですよね、私、
「よろしくですっ・・・それでどうですか? 一緒にゲームしてみませんか?」
「はい、別にいいですよ」
そう言うと、飯塚さんはやけに嬉しそうです。
「ほんとですか! じゃ、じゃあこちらへどうぞどうぞ!」
背面黒板に案内されると見知らぬ二人組がいました。高校生活が1か月しか経ってないので当然ではありますが、男子なので余計に見たことがありません。
男子はスマホから顔を上げて飯塚さんと私を見ると怪訝な顔で会釈をしました。慌てて会釈をし返しましたが何とも言えない空気に恥ずかしくなります。
「じゃあ、私が準備してるうちに自己紹介どぞっ」
飯塚さんがトランプを机にぐちゃっと広げて混ぜ始めて、時間がかかる事を察したのでしょうか。2人はおもむろにスマホをしまいます。
「あー初めまして、俺隣のクラスの
「
軽そうな雰囲気の比米村さんと、比米村さんより少し背の高い余計な情報も言っている中田さん。二人とも不思議な顔で私を見ています。
「神辺 沙羽です。変な事聞くんですけど皆さんって文芸部・・・なんですか?」
「実は、俺もまだ入ってなくて・・さっき文芸部の部長さんに誘われてここに居るんです」
「俺もそうです」
比米村さんは苦笑いで答えます。どうやら私と同じように連れてこられた人の様で、全員が初対面であることに少し安心しました。そうこうしてるうちにトランプが混ぜ終わったようです。
「はい! 混ぜ終わったので、『
「大富豪ですか」
「さっきまでやってたけど、ルールはどうしますか?」
「大富豪って色々ルールありますからねぇ、中田さんは昔どんなルールでやってました?」
「俺は
「あー俺もほとんど一緒かな。それに7渡しとか追加して」
「あっ私の所は10捨てでした」
「10捨てって何ですか? 初めて聞きました・・あっ」
大富豪は広く知られていてルールもあったりなかったりするものがあるので、ルールの確認のために会話が増えて少し和やかな気分になります。
すると、飯塚さんは何か思い出したようで、ポケットから紙を取り出したのです。
「そういえば、部長から大富豪のルールを指定されてました」
その紙を見せてもらうと、流し書きで文字の大きさもバラバラの読みにくい文章でルールと説明が書かれていました。
「革命、階段、8切り、
「飯塚さんはさっき覚えたばかりだしね。でも俺もQボンバーは知らないな」
「とりあえず、やってみません? さっきもそれで出来ましたし」
それなんです。「さっき」という言葉、それのせいで私だけ話が置いてけぼりにされているんです。話に入り込む隙間もありません。
「神辺さんもこれでいいよね」
「あっはい」
とはいえ、心の中をさらけ出す訳にもいきません。ひとまず場の空気に流されることにします。
「じゃあ始めますか。まずは私から」
53枚のカードを均等に配り終えて、飯塚さんが
大富豪は手持ちのカードを順番に出していって、一番先に手札が無くなった方が勝ちになるゲームです。カードには強弱があって、弱い順から3~10、
「ん-とりあえずパスで」
カードが出せない、もしくは出さない場合はパスをして次の人に番を回す事が出来るのです。4、5、と来て6を出さない比米村さんは思惑がありそうで怪しく見えます。
「私の番ですね、じゃあこれで」
2週目になって、飯塚さんは7渡しを使いました。7渡しは場に出した7と同じ枚数の好きなカードを隣の人に渡す事が出来るルールです。飯塚さんはちょっと恥ずかしそうにカードを渡します。
「ど、どーぞ」
「あどうも」
一体どんなカードか裏返すと、なんと
「では私もこれで」
「出ましたねQボンバー」
Qボンバーはカードの種類を一つ選ぶとそれ全てを捨てるルールです。
「えっと、じゃあ2で」
「うわキツイ・・・」
「私の一番強いカードが・・」
まさにボンバー。爆弾の様に他の人のカードも捨てさせる事が出来る強いカードなので、飯塚さんがなぜこのカードをくれたのか本当に謎です。
Qボンバーで出せるカードが無くなったのか、3人ともパスをして私の番がやってきました。誰もカードを出せなくなると場のカードは一度流れ、流した人が好きなカードを出せるので、まずはペアのカードを出すことにします。
「ペアなら俺もやろうかな」
中田さんはそう言うと、なんとQのペアを出しました。Qボンバーダブルです。
「9とK」
「うわー! 私のKー!」
「まあまあこれくらいなら」
9しかなかった私の手札は少し痛いどころかありがたい程です。飯塚さんは大変な事になってそうですが、これはゲーム。勝つことが最重要なのです。
一旦場は流れ、中田さんは少し考えてから
「ついに来ましたか、俺の番が」
比米村さんはそう言うと8を出して8切りを発動します。8切りは8を出すことで強制的に場を流せるルールです。
「よいしょー革命!」
「「革命!?」」
場が流され、がら空きになった机に4枚のJが出されると、両隣から驚きの声が上がります。
革命は同じ強さのカード4枚を出した時、次の番からカードの強さがジョーカー以外全て逆転するルールです。
さて、2が一番弱く、3が一番強くなる革命下では私の手札は余り良いとは言えません。残りのカードは6、10、Aのペアとジョーカーと7の1枚づつです。
比米村さんは革命の後10を出し、10捨てで1枚捨て、残り3枚。自分で革命を起こしたのなら強めのカードを持ってるはずなので下手に弱いカードは出せません。
「これなら何とか勝てるかも」
飯塚さんは7渡しでAを私に渡し、残り5枚。革命によって一気にクライマックスとなりました。
「うーん、ちょっと苦しいですね。何とか6は出せますけど」
「俺もパスで」
「あら? ホントに? 俺勝っちゃいますよ?」
比米村さんが注意深そうに見回して、少し嬉しそうに4を出します。
「そうはさせません、はい!」
ここで飯塚さんが3を出し、比米村さんを止めにかかります。
「では私もそうはさせません」
「神辺さんジョーカー持ってたの!?」
すかさず私もジョーカーを出します。ジョーカーは革命関係なく一番強いのでこのまま押し切って勝ってしまおうと、思っていたんですが、
「あ、これ出せるわ」
「えっ」
なんと中田さんが持っていた
「えっと、遠慮はしなくていいんですよね」
「中田さんちょっと手心というかそういうのありません?」
比米村さんの交渉虚しく中田さんの番となり、8切りの3枚出し、10捨てのコンボによって一瞬で大富豪となってしまいました。
その後比米村さんは7渡しで最後の1枚を飯塚さんに渡して富豪、6より強いカードを持っていなかった私は飯塚さんのカードの強さに押し出され大貧民、飯塚さんは貧民という順位となりました。
「いやー惜しかったなぁ」
「たまたま運が良かっただけですよ」
「8を3枚持ってるのは流石に反則だと思いますけどね」
「でも悔しいな・・あの、時間あるならもう一回しませんか?」
片付けの手を止めて、時計を確認します。今は5時20分、自転車で帰ってもまだ余裕があります。
「私も、やってみたいです。今度はルールをちゃんと覚えているので、負けません」
「いいですね。やりましょう」
「また勝ってもいいんですね?」
私を囲んで和やかな雰囲気がまた包みます。ゲームでこんなに楽しかったのはいつ振りでしょうか。小学校の頃の純粋な面白いと思う感情が、大富豪を遊ぶ中で蘇っていたのです。
こんなに楽しい人達となら、部活に入ってみてもいいかもしれません。
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