第8話 絡めとられる蝶々
「どうぞ、いらっしゃい」
「……お邪魔します」
シャノンの家の中はすっきりとしていた。
それなりの家具と生活感はあるものの、どこか綺麗すぎるような、そんな感覚だった。
「そして、これが私の部屋だよ」
案内された部屋を一目見て、一瞬で総毛立った。
壁という壁に、僕の写真が貼ってあったからだ。
学食で食事をしている僕――
授業中に眠りそうになっている僕――
サークルの活動の為に調べものをしている僕――
いつ、どこから撮ったのかわからないアングルや場面のものばかりだ。
「……本当にごめんね、これじゃストーカーだよね……ははは……」
力なく笑うシャノン。
目尻には薄っすらと涙が浮かんでいた。
「……」
恐怖は感じたものの、それでも怒りの感情は出てこなかった。
自分でも、心のどこかで彼女を責めたくないと感じているのだろう。
「こっそりと大学で撮ってたんだ。――あと、これだけじゃないよ。斗真の家で片付け手伝った時の事覚えてる? あの時、こっそり小型の隠しカメラ仕掛けてたんだ……いつでも斗真を見れるように……声を聞けるようにって」
「……そこまで、やってたんだ……」
「だからね、斗真が家に帰ってきてることや、外出してることも、全部わかっちゃうんだよ……ごめんね……ごめんなさい……気持ち悪いよね。でもやっぱり私、それくらい斗真のことが好きなの……!!」
号泣する一歩手前くらいの悲壮感に満ちた表情で、気持ちを訴えてくるシャノン。
だが、彼女の期待に応えるわけにはいかない。
「……ダメだよ。シャノン」
「どうしても受け入れてくれないの……? なら――」
服を脱ぎながら、僕に迫ってくるシャノン。
彫刻のように蠱惑的な凹凸を形成する白磁の肌が、目の前に露わになる。
そのまま僕の手を掴むと、自らの方へと引き倒した。
バランスを取れずにシャノンを押し倒すような形で地面に膝をついてしまう。
「シャ、シャノン!?」
「今夜だけでいいから、私を愛して……今夜だけでいいの……!!」
突然のハプニングに動揺してしまい、とりあえず謝ろうとした。
その瞬間――ピコン、と、どこか間の抜けた電子音が聞こえてきた。
「えっ――」
音の出所へ首を動かすと、そこにはスマートフォンが置かれていた。
背面のレンズが、僕たち二人を撮影しているかのように。
「ど、どういうこ――うわっ」
未だに状況を理解できない僕の下にいたシャノンが、ゆっくりと僕の身体を押しのけて、件のスマートフォンへと歩み寄ると、手に取って画面をのぞき込んだ。
「おっ、撮れてる撮れてる」
先ほどまでの追い詰められていた悲痛な雰囲気はどこへいったのか。普段の明るいシャノンへと戻っていた。
「斗真、見てよコレ。上手に録画出来てるでしょ……」
彼女のスマートフォンを見る。
そこには、服を脱いだ彼女に覆いかぶさるようにして倒れこむ、僕の姿があった。
正確には、そこだけ巧妙に繰りぬかれた、100%誤解を生む動画だった。
「これってさ、他の人が見たら斗真が私の事を押し倒しているようにも見えるよね? これをSNSにアップしたらどうなるかな? サークルのグループチャットにアップしたらどうなるかな? それとも強引にこういうことされました、ってパパや警察に言ったほうがいい?」
「シャノン! 消して!」
「ああ、私から無理矢理奪い取って消しても意味ないからね。他の端末と同期してるから」
「そんな……」
絶望が、津波のように押し寄せる。
立っていることも出来ず、その場に両膝を付いた。
「どうしたら消してくれるの……?」
その言葉を聞いたシャノンは、金メダルを勝ち取ったアスリートのような、晴れ渡る笑顔で、
「私の恋人になるって誓いなさい。今この場で」
僕を更なる絶望の淵に叩き落した。
「……」
答えを悩む暇なんてない。
ここでイエス以外の答えを出せば、僕の未来は、文字通り終わる。
「――わかった。僕は今からシャノンの彼氏だ。誓うよ」
「ふふっ……ふはっ、あはっ……!! アハハハハッ!!!!!」
これでもかというくらい、勝利の哄笑が響き渡る。
「こちらこそよろしくね。My darling……ふふっ。たくさん、たくさん愛し合いましょう」
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