第6話 夜のドライブ

 シャノン、明らかにおかしくなってきている……。

 あの日から数日、大学を歩いているとどこからともなく現れて話しかけてくる。

 大学内のどこに、どのタイミングで、何の授業で、何の用事でいるのかもある程度把握しているのも、ちょっと怖い。

 一体なぜなのか……。

 部屋で一人唸っていると、部屋のチャイムが鳴った。


「斗真、これからドライブに行きましょ!」


 現れたのは、今しがた頭を悩ませている張本人の隣人であった。


「外に出て遊ぶ面白さを教えてあげないと」


 シャノン、車持ってたんだ、というか免許も持ってたんだ……。

 お金持ちのすることはよくわからないや……。


「ほら早く! 行くわよ!」

 腕を引っ張ると、女性とは思えないような力で、そのまま外へと連れ出していく。

 あっという間に駐車場まで到着すると、そこには新品のスポーツカーがあった。値段とかどうやって手に入れたのかとか疑問は沢山浮かんだが、次の瞬間、無理やり押し込まれるようにして助手席へ座らされたため、訊けずじまいだった。


「しゅっぱーつ」

 意気揚々とした発進の合図をあげながら、シャノンがアクセルを踏む。

「ここからしばらく行ったところにね、綺麗な夜景が見えるスポットがあるの」

「そうなんだ……知らなかった」

 この辺に割と長いこと住んでいるのに、その情報は知らなかった。

「丘、というか山みたいなところに行くのかな?」

「そんな感じ。まぁ、詳しくは着いてからのお楽しみってことで」


 悪戯っぽく笑いながら軽やかにハンドルをさばいていくシャノン。

 夜だからというのもあるのだろう、いつしか人通りの少ない木々に囲まれた静かな場所へとやってきた。


「――そういえばさ、今日、大学で佐々木さんと何の話をしていたの?」

「えっ……」

「今日たまたま見ちゃったんだよね。斗真と佐々木さんが話してるところ」

 

 見られていると思わなかった。だが、別にやましいことをしているわけではないので正直に説明することにした。


「ああ、今度どこかへ出かけないかって話になって……」

「二人で?」

「そうだけど……」

「へぇ……つまりはデートのお誘いだってわけね?」

「デートなんてそんな……ちょっと遊びに行くだけだよ」

「私、斗真に告白したんだけどなぁ……返事もくれないで他の女とデートかぁ……これはフラれたってことでいいのかな?」

「いや、あの時シャノンは酔っぱらっていたから……本気じゃなかったと思ったんだけど……」

「そっか……私失恋しちゃったかぁ……」

「いや、だから――」


「好きな人に振られちゃったんだったら、私、生きている意味無いなぁ……」


「悲しすぎて悲しすぎて、もう死んじゃいたい」


「そうだ――このままスピードを上げてどこかにぶつかれば、死ねるかもね」


 奈落の底へと沈んでしまったかのような暗い声で、シャノンが物騒なことを言い続ける。


「ちょっとシャノン……!! 車のスピード気をつけて! ねえ……聞いてるのシャノン!?」

 まるで僕の声が存在しないかのように、前だけ見て強くアクセルを踏み続けるシャノン。

 スピードメーターは、120km/hの目盛をそろそろ超えようとしていた。

 シャノンに視線を戻せば、彼女の晴れ渡る海のような瞳は、外の景色と同等に暗く澱んでいる。

 無表情に沈む白い肌と、一文字に刻まれた唇には、これからあの世に旅立とうとする自殺志願者のような決意が秘められてるように見えて一層不気味だった。

 走り続けた直線の先に、やがて急カーブが見えてくる。

 このまま猛スピードで走り続けていればガードレールを突っ切って転げ落ちていくだろう。

「シャノン!! 本当にストップ!! 本当に死んじゃうって!!」

 もうだめだと思いかけたところで、急に甲高い音が響き渡る。

 すんでのところで、シャノンがブレーキペダルを踏んだのだろう。タイヤの摩擦が車体の運動エネルギーを無理やり屈服させようと躍起になっている。

 次第にその音は低くなっていき、それに比例して車体の速度も落ちていく。

 ややあって車は完全に停止した。助手席からでは正確な値は不明だが、フロント部分からガードレールまで、数センチも離れていないだろう。 


「なんちゃって。ウソだよ。ウソ」


 小ばかにしたように、口角を釣り上げて笑うシャノン。


「――ごめんね。斗真のビビっちゃってる顔見たら、悪戯心が止まらなくなっちゃってさ」

「……るな……!」

「えっ!?」 

「ふざけるな!!」


 あれだけのことをしでかして、この発言は聞き逃せなかった。

 からかっただけなのかもしれない。運転に自信があったのかもしれない。

 だがそれでも、人の命を顧みない行動は許せるはずがなかった。


「こっちは本気で死ぬかと思ったんだぞ!」


 必死の形相で訴える。

 が、それが伝わっていないのか、まるでそよ風でも浴びているかのように微笑を湛えたままこちらを眺めている。


「うん。本当にごめん。でもね、死にたいと思ったのは決して嘘じゃないの」

「……は?」


 平和そうな表情のシャノンが理解不能で、言葉が出てこない。


「佐々木さんに嫉妬したのも本当。斗真のことが好きなのも本当。決してお酒に酔ってたから、あんなことを言ったわけじゃないんだよ」

「なにを、いって……」

「本心なの、私の。でも――斗真には伝わらなかった。そして、他の誰かに斗真が取られちゃうくらいなら、いっそのこと、死のうと思ったの」

「……」


 嘘ではないことくらい、僕にでもわかった。

 しかし、何て答えたらいいのかわからず、僕はただ黙ることしか出来なかった。


「さあ、そろそろ夜景が見えるスポットに着くけど……今日はもう、止めておこうか。そういう雰囲気じゃ無くなっちゃったっぽいし……」


 その後、僕たちはUターンして自宅へと戻った。

 帰路に就く途中、二人とも何も話さなかった。


 シャノン……一体どうしてしまったんだ……。

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