第5話 酔っていたのは嘘?

「それに、私にアプローチ仕掛けてくる男共が多すぎて……適当にあしらうのも面倒くさくなってきちゃったから」


 まぁ、客観的に見てもシャノンは綺麗だし、男としてお近づきになりたいと思うのは不思議ではないと思う。

 ただ、流石にしつこ過ぎて嫌気が差した、嘘をついてまで打ち上げを抜け出してきた理由は、そんなところだろうか。


「ホント、いやらしいこと目的で褒めてるのバレバレなんだよね……話もつまらないし……だから、斗真と二人で飲みなおししたいと思ったの!」

「……そもそもお酒が無いじゃないか」

「私の部屋にいっぱいあるよ。今から取ってくるね」


 宣言すると、機敏な動作で立ち上がり、そのまま出て行ってしまった。


「どうしたんだろ……一体」


 打ち上げから急にこんなことになるなんて予想もしていなかったから、困惑している、というのが正直な感想だ。


「ただいまー」


 などと考え込んでいると、すぐにシャノンが戻ってきた。

「おかえり。ってここ僕の家だけどね」

「私の家みたいなものでもあるじゃん?」

「そんな無茶苦茶な……」


 国民的アニメの某ガキ大将のような侵略思想に苦笑しながらも、シャノンの持っているビニール袋へと視線を移す。


「たくさん持ってきたね。それ、全部飲むの?」

「これくらい余裕でしょ。心配しなくても、斗真でも飲みやすいお酒とかもあるから」

「ええ……それでもこの量……2人でいけるかなぁ……」

「大丈夫だって。ほら、かんぱーい」


 不安だらけの僕を尻目に、シャノンは早速一本取り出すと、小気味良い音を立ててプルタブを開けた。




「そういえばさ、あの子、佐々木さん。たぶん、というか確実に斗真のこと好きだよ」


 2本目も開けたかな、というところでその話題を出してきた。


「ねぇ、斗真は佐々木さんのことどう思ってるの?」

「どう思ってるって……いい人だとは思うけど……」

「好きなの? もちろん友達として、とかじゃなくて恋愛っていう意味で」

 どうなのだろう……。

 お酒が入っているからなのか、普段よりも強い圧力でグイグイ質問を投げかけてくるシャノン。

 こんな風に変わるとは思わなかった。

「正直、よく分からないんだよね。ただ、一緒にいて会話が弾むのは確かだし、可愛い人だと思う」

「ふーん……でも仮に付き合ったとしても、斗真とは長続きしなさそうな感じがするんだよね」

「どうしてそう思うの?」

「消極的な感じがするし、そのうちすれ違いが発生してきっと不幸な結末になると思うんだよね。大体、佐々木さんって陰キャな感じじゃん? もし斗真が遊びに誘ったとしても楽しくなさそうなんじゃないかな? どっちかって言うと静かな場所で本とか読んでそうなイメージ」

「まぁ……そうかもしれない」

 割と失礼な言い方ではあるが、シャノンの言っていることはあながち的外れではない。

 今まで会話して知り得た情報から判断すれば、佐々木さんはどちらかといえばワイワイ騒いで盛り上がるタイプではない。大学で会った時の会話は最近読んだ本や映画の話が主だし、語学サークルの中でも落ち着いてコミュニケーションを取る場面を見ることの方が多い。

「でしょ? だからさ、そんな人と付き合ってもうまくいかないんじゃないかな」

「そうかな……僕だって陰キャみたいな性格してるから、あんまり人のことは言えないけどね」

 佐々木さんを悪く言うのは抵抗があったため、自分を下げて何とか誤魔化そうとする。

「……何それ。佐々木さんと自分は相性いいですよアピール?」

「そんなつもりはないよ。ただ、佐々木さんみたいな趣味や雰囲気の人でも嫌いにはなったりしないっていう話だよ」

 

 シャノンが不機嫌にならないよう、言葉や表現に気を遣って返答を返したつもりだが……果たして上手くいっただろうか……?

 目の前にいる金髪の学友は、感情の読み取れない無機質な表情を浮かべたままだ。


「……ねぇ斗真、私とかどう?」

「……えっ?」

「私とだったら、佐々木さんよりもいい関係になれそうだなって思わない?」


 急な、告白めいた言葉に、思考が止まる。


「いきなり何を……」

「子供の頃からずっと斗真のことが好きだった、って言ったらどうするってこと」


 正直、僕は困惑するしかなかった。


「シャノン、お酒飲み過ぎなんじゃないの?」

「言ったはずだよ。私、お酒強いんだよって」

「急にそんなこと言われても、何て言ったらいいのかわからないよ……そもそも久しぶりに会った友達くらいのイメージでしかなかったから」

「……私は本気だよ」

 言葉の通り真剣な表情でこちらを見つめ、シャノンはグイグイとにじり寄ってくる。

 距離を取ろうと後ろに下がるも、僕はすぐに壁にぶつかってしまう。

「子供の頃からずっと好きだった……転校して離れ離れになっちゃったけど、今までずっと忘れたことなんてない」

「君にとってはそうかもしれないけど……。僕は子供の頃以外の君を知らないし……」

「これからお互いに知っていけばいいじゃない」

 逃げ場を失った僕を捕えようと、顔を近づけてくる。

「斗真……」

 もはやキスする直前くらいまで、彼女の唇が接近してきて――


 ――ピンポン、とどこか間の抜けた電子音が部屋中に響いた。

 誰かが来たみたいだ。


「だ、誰だろ……」

  内心、助かったと思いながら、シャノンの肩に手を伸ばし押しのけるようにして立ち上がる。

「チッ……」

 背中に、シャノンの舌打ちが聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだろう。

「あっ、佐々木さん……」

 ドアスコープを覗いた先にいたのは、つい先刻まで一緒にいた同級生であった。

 すぐにドアを開ける。

「あっ、佐野くん……」

「ど、どうしたの佐々木さん……」

「これ、お店に忘れていったでしょ?」


 そう言っておずおずと差し出してきたのは折り畳み傘であった。

 天気予報では、雨が降る確率が高いと言われていたので念のため持って行ったのだが、予報が外れたため使わなかった。


「ああ、わざわざごめんね……。持って来させてしまって」

「ううん、気にしてないよ」

「……と言うか僕の家がよくわかったね」

「住所、部長に聞いたの」

「そうだったんだ、ありがとね」

「あっ、あと、箱崎さん具合大丈夫そう?」

「あ、うん……。さっき送り届けたけど問題は無さそうだったよ」

 

 咄嗟に嘘をついてしまった。


「それなら良かった。じゃあ私はこれで……」

「うん。また大学でね」


 そのまま去ってゆく佐々木さん。

 背中が見えなくなるまで見送ってからドアを閉め、ゆっくりと息を吐く。

 途中でシャノンが出てきて話を拗らせないか心配だったが、何とか大丈夫だった。

 あっ、さっきの話の続きが始まるのかな……。

 恐る恐る部屋へと戻ると――


「何、斗真、忘れ物してたの? もう、気を付けなきゃダメだよ?」


 先ほどまでの切羽詰まったような雰囲気はどこへやら。

 いつものシャノンへと戻っていた。


「ああ、うん。そうだね。気を付けるよ」

「――さて、斗真。私もそろそろ帰るね」

「えっ、ああ。うん」


 あの気まずい話が蒸し返されるのかと思っていたため拍子抜けしたが、どうやら平和的に着地しそうで良かった。

 急に帰るとなったのは想定外だったが。


「いきなり押しかけてごめんね」

「い、いや、気にしてないよ」

 焦っていると感づかれないよう細心の注意を払って笑顔を返す。

 ……上手く笑えているだろうか。


「――今日のお詫びって訳じゃないけど、今度どこかに出かけましょ。旅行とかもいいけど……綺麗な景色とか見たいわ。二人っきりで……ね」


 断言する。

 強張った頬で、薄笑いするのが関の山だ。

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