第2話 懐かしの出会い・後編


「――え?」


 一瞬、何が起こったのか理解出来なかった。

 目の前にいるシャノンは、ついさっき出会った時と姿かたちは何ら変わらない。

 変わらないはずなのに――


 透き通った海の碧を湛える瞳は――どんよりと、底なし沼のような汚泥の色へと変化しており、全身からは不吉なオーラというか……不用意に触れようものなら容赦なく深淵に引きずり込みそうな、そんな黒々とした念を発していた。

 さっきまでのシャノンと、明確に何かが違っていた。

 いけない。

 反応次第ではマズいことになると本能が告げていた。


「東館3Fの教室の外。授業後に話してたよね?」

「えっ……ああ。佐々木ささきさんのこと?」

 

 言葉を選ぶようにして、ゆっくりと言葉を紡いでいく。


「ずいぶん仲良さそうにしてたけど……」

「同じサークルなだけだよ」

「……サークルも同じなんだ……へぇ……」

 

 そこまで聞いて、濁った両目を細めるシャノン。

 心なしか口角も下がっており、酷薄こくはくな表情にも見える。


「なんかちょっと馴れ馴れしすぎていい感じはしないね」

「そ、そんなこと無いよ。色々教えてくれたり、ミスとかしそうになったらフォローしてくれたり、いい人だよ」

 

 嘘ではない。

 佐々木さんと出会ったのは入学してから間もなくのことで、同じサークルだと知ってどことなくホッとしたのを覚えている。

 物静かでちょっとだけ近寄りがたい雰囲気があるが、親切で気が利く女性だ。

 授業やサークル活動などで結構お世話になっていた。

 だからだろう、つい条件反射的に反論してしまった。

 それがいけなかったと、直後に知ることになるのだが……。


「どうしてそんなに佐々木さんのこと庇うの? ねぇ……なんで? なんで? なんで!?」

「……」

「本当に仲が良いんだね。もしかして、カノジョ?」

「ちっ、違うよ……」

「ホント……?」

「本当だってば……もう……」

「違うんだ……。ふふっ、なら良かった。」

 

 ホッとした様子で、視線を地面へと落とすシャノン。

 しばらくそのまま固まっていたのだが、


「――わかった。教えてくれてありがとね!」

 次の瞬間には、満面の笑顔を浮かべていた。

 自慢の金髪も相まって、向日葵のような綺麗な笑顔だった。

 いつしか汚泥のような瞳は霧消しており、代わりに明るい色を放っていた。

 

 ――会話の流れと雰囲気が変わった!

 この機会を逃してなるものかと、自分から別れを切り出す。


「それじゃ、僕は帰るから……」

「そうなんだ。じゃ、私も一緒に帰ろうかな」

「えっ?」

「斗真が住んでるマンションって駅から少し歩いたところにある、白い壁の建物だよね。確か、3階だったっけ?私が住むところもそこなんだよね」

 

 嘘だろ……なんで知ってるんだよ……。


「ここまで来たらもう、全然驚かなくなっちゃったな……」


 内心の焦りを悟られぬよう、努めて冷静に反応を返す。


「ふふっ……ご近所同士、よろしくお願いしまーす。あっ、そういえば斗真、子供の頃の約束、まだ覚えてる?」

「約束……? なんだったっけ?」



「日本語をマスターしたら私と結婚してくれるって約束」


「ごめん……記憶に無い」

「嘘……ショックなんだけど……」

「ホントごめん……」

「――なんちゃって……もう子供の頃の約束だから、覚えてないよね。仕方ない仕方ない!」

「……」

「ホント、仕方がないんだから……」


 ボソリと呟いたその一言が、とても不穏のようなものに聞こえて……。


「……えっ?」

「ううん、何でもない」


 だがしかし、曖昧なままで終わってしまった。


「あ、そのうち引っ越しのご挨拶に行くから。親しき中にも礼儀あり、でしょ」

 

 再び会いに来るという恐ろしい予言を残して、彼女は背を向けた。


「さぁ、帰りましょ」

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