幸せな世界



コンコン


「ミリア、入ってもいいかしら?」



それは随分と懐かしいけれど、聞き覚えのある優しい声色だった。


隣のハルト様が誰だろうと首を傾げる。



私は急いで扉に駆け寄ると、勢いよくドアノブを引くのだった。




「ミリア、久しぶり」


「っ、ユリア姉様…!」



彼女が隣国に嫁いでから約五年ぶりの再会だった。



「来るなんて、聞いてなかったっ」


「ふふっ、ミリアを驚かしたくてお父様達には秘密にしてもらったの」



悪戯っぽく笑うユリア姉様は相変わらずキラキラしていて素敵な人だ。


政略結婚で隣国の自分よりも二十も上の国王に嫁いだというのに、彼女から送られてくる手紙には弱音や愚痴なんて一切なくて、本当に強くて誰よりも尊敬できる人。




「泣かないの。せっかくの化粧が台無しよ?愛しい妹の幸せそうな顔を見に来たのに」


「だって、っ…嬉しくて」


ユリア姉様は私の目元にハンカチをあてると、ぽんぽんと涙を拭ってくれた。



感極まってぎゅっとその女性らしいしなやかな体を抱きしめると、扉の外に立っている少し年配の男性が見えた。


歳は姉様より随分と上に見えるが、凛とした目元と筋の通った鼻はダンディな美丈夫という面立ちだ。



「姉様、もしかしてこの方が…」


「紹介がまだだったわね。ドミニク、あなたも中に入ったら?」



随分とフランクな口調だったのでおどろいてしまう。



「いや私は、家族水入らずにお邪魔するわけには…」


「何言ってるの!あなただって私の家族なんだから、遠慮せずに入っていいのよ?」


「…そうか、わかった。失礼するよ、ミリア王女、公爵」



ドミニク陛下が入ってくると、ユリア姉様は優しい瞳で彼を見て満足そうににっこりと笑みを浮かべる。


年齢差や国の違いに心配に思うことも多かったけれど、彼女達は私達の想像以上にしっかりと愛を育んでいるらしかった。




「はじめまして、ユリアの夫のドミニクだ。ご結婚おめでとう。大切な妻の家族の幸せを心から喜ばしく思う」


「ありがとうございます陛下。ユリア姉様の幸せそうな顔を見ることが出来て私もすごく嬉しいです」


これは一重に陛下が姉様を愛し慈しんでくれている証拠だ。



「いや、私は…ユリアが嫁いできてくれた時、随分とつらい思いもさせてしまった。彼女の強さと優しさに甘えて、不甲斐ないばかりだ」


「出会った頃のドミニクは人の気持ちなんて一切省みれない最低な人だったのよ?今じゃこんなに大人しいのに考えられないでしょう?」



確かに、彼の物腰の柔らかさからは到底そんな人だったなんて思えない。



「でもねミリア…私はドミニクがどうしようもない愚か者だったから、本気でぶつかって、しっかり分かり合えたって思ってるわ。きっと彼が初めから優しくてまともな人だったら、自分の気持ちなんてさらけ出せず表面上だけ仲の良い仮面夫婦になっていたかもしれない」


ユリア姉様は懐かしむように目を細めて言葉を続ける。


そんな彼女を愛おしそに見つめる陛下が印象的だった。




「全部、必要なことだったの。人と人がお互いを分かりあっていく過程に、無駄なものなんてひとつも無いのよ」


「はい、そうですね…」



ユリア姉様の言葉がじんわりと胸に染み込んでいくようだった。



ハルト様を見つめると、少し困った様に眉を垂らしている。



「私も、そう思います」


「ふふっ、私だってこんなおじさんと愛し合えたんだから。ミリアは公爵を信じてついて行くといいわ。何かあったらすぐに王宮に逃げ込みなさい?お父様や兄様達がその時は容赦しないでしょうし」


「ユリア、そのアドバイスは公爵が少し可哀想なんじゃ…」



悪戯に微笑む姉様を陛下がオロオロと窘める様は少しだけ面白い。



「僕は、結婚前にたくさんミリアを傷つけて、悲しませてしまいました。だけど、もう彼女につらい思いは二度とさせたくないから…僕の持てる全てで、ミリアを守り抜いていきます。だから安心して、ミリアのことは僕に任せてくれませんか。僕が絶対に幸せにしてみせます…」


ハルト様は真剣な瞳でそう口を開いた。



「あら、男前なセリフね」


両手を頬にあてて少しだけ顔を赤らめるユリア姉様はハルト様のかっこよさにあてられてしまったらしい。


視界の端でドミニク陛下がそわそわしているのがわかる。




「だけど、幸せにするんじゃなくて、一緒に幸せになった方がミリアも喜ぶと思うわ」


「っ、はい、幸せになります!」



「今日は本当におめでとう。隣国からいつも二人の幸福を願っているわ」



姉様の言葉に瞳が潤んでしまう。


ハルト様がそっと私の肩を抱き寄せる。




「ユリア姉様っ…私、とっても幸せ」


「ええ、そう見える。これで私も安心して隣国に戻れるわ」


「また会えますか?」


「勿論!ドミニクに無理やり時間作らせるから大丈夫よ!」



隣国の陛下の手綱をしっかり握るすごい姉だと思う。




ユリア姉様は最後に私をぎゅっと抱きしめて控え室を去っていった。




「なんか、本当に強い人だね。さすがミリアのお姉さんって感じ」


「ふふっ、昔から強くて優しくて私の憧れなの」



「なんだか、ミリアの家族には本当にいくら感謝しても足りないよ。陛下や王子殿下、ユリア様がいたから今のミリアがいるんだもんね」


そんなことを言われるとなんだか照れてしまう。



「あまり記憶はないけど、亡くなったお母様も優しくて芯のある人だったってお父様がたくさん話してくれました」


「そっか、ミリアはお母さん似なのかもね」


「…わからないけど、そうだったら嬉しい」



結局お父様似だったとしてもそれはそれで嬉しい気持ちは変わらないんだけど。




「そんなすごい人達からミリアを奪っちゃったんだし、僕はミリアを誰よりも幸せにしないと、怒られちゃうね」



笑みを浮かべてそんなことを言うハルト様。




「私はハルト様と愛し合えて、これからもずっと一緒にいられるのでしょう?それはこの上ない程幸せなことだと思います」


「うん、僕も同じ気持ちだよ」



彼の手が私の手に重なり、そっと指を絡め取られる。


それだけでドキドキしてしまう私を、ハルト様は優しい瞳で見つめていた。




「私は私の世界で、一番の幸せ者です」


「これからも僕をミリアの世界にずっといさせてね」


「勿論」




家も家族も、自分の世界だって放り投げて私を選んでくれた彼を、私はこの先手放したりなんて絶対にしないだろう。



例えどんな人がこの世界にやって来て、彼がどれだけ夢中になってしまっても




私はハルト様を諦めてなんてあげないのだ。





「この世界を、そして私を見つけてくれてありがとう…ハルト様」


「こちらこそ、僕を選んでくれてありがとうミリア」




____この幸せな世界で、私達はこれからも生きていく。









■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫





ひとまず本編完結です!


お付き合いいただきありがとうございました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る