第44話 真のデザート? 後編

「……で?」

「いや、その……なんというか」

「ウチをクリームまみれにしといて、それ? ヘタレにも程があるんだけど、自覚してる?」


 残念なことに自覚済みだ。


 目の前に片膝立てて色っぽく倒れ込んでいる女子が亜南でも、全身がクリームまみれになってる時点で、まともに見ることも触れることも出来なくなる。

 

 かろうじて見えそうで見えない状態になっているとはいえ、見つめると石化しかねない。


「……はぁ。どうでもいいけどさ、このまま放置するわけじゃないよね?」

「す、するわけないだろ!」

「だよね。いくら変態でも鬼畜野郎じゃないもんね?」

「くっ」


 要はアレだ。目の前にいるこいつを亜南だと思わずに行動に起こせばいいんだ。そうすれば恥ずかしがる必要もないし、無事に終わる。


「あ~あ……べとべとするー。てっきり誰かさんが全身を舐め回すかと思ってたのに、動く勇気も無いとか何だかねー」


 元はと言えばこいつがわざと俺のケーキを残させて、挙句に俺の意思を無視してやったというのに。それなのにこの言われよう。


 無になろう。無になって跡形もなく綺麗さっぱりにしてやろうじゃないか。そうすれば俺を見直して素直に頭を下げてくるはずだ。


 よし――


「ねー、どうするの――わっ!?」

「す、すべる……」

「……そうきたか。ま、そうだよね。そうしないと物事が進まないもんね」


 つべこべ言われても何も始まらないし、時間だけが無駄に過ぎるだけ。

 それならばこいつが抵抗出来ないことを実行するだけ。


 やりたくなかったが、お姫様抱っこをした。俺のこの行動にちょっとでも抵抗した場合、亜南の方がまた痛い思いをする羽目になるのは明確。


「くっうっぅ……バ、バスルームは?」

「んー? 部屋を出て一番奥。なに? そこまで運んでいけるの? 陽斗ごときが?」

「や、やってやる」

「やるとかー……過激な発言じゃん? やれるならやってみろよ!」


 くそぅ、好き放題言いやがって。


 ケーキによる冤罪でマウントを取ろうとしていたようだがそうはいくか。亜南の理想の企みは俺が砕いてやる。


「……思ったほどじゃないな」

「手につきまくりのクリームは舐めなくていいんだ?」

「……」

「ふーん? まぁいいけど」


 心を無にして亜南を運ぶのが使命だ。


 ――てな感じで、途中で何度か落としそうになりながらバスルームに着いた。

 

「つ、着いた」


 亜南の家のバスルームに近づくことになるなんて、予想外にも程があるがミッションコンプリートだからこれでいいことに……。


「じゃ、俺はこれで――」

「え、無理なんだけど? っというか、そこまで無神経で無頓着で無礼な奴とかあり得ないんだけど! 全て許してやるからこのまま脱がせろよ!」


 何かすごい怒ってるな。俺なんかやったっけ?

 しかも脱がせろとか、過激なのはどっちなんだ。


「脱がすってのは?」

「手が滑って何も出来ないのに、服を着たままお湯を出せるとでも?」

「あっ……そ、そうか。えっと、つまり全裸にしろ……と」

「いちいち聞くな、バカ! 早くしろバカ!! 今さら恥ずかしがるのってバカだけだから! ウチ的にどうでもいいし」

「ぬぬぬ……わ、分かった。やるよ、やりますよ」


 すでに浴室内はシャワーのお湯を出しっぱなしにしている。つまり、湯気によるバリアーは完備済み。


 あとは亜南のクリームまみれの服を慎重に脱がしていくだけ。


「…………甘ったるい匂いがする」

「変態野郎バカ野郎!! いいから早くしろ!」


 別に亜南のことを言ったわけじゃないのに……

 そんなこんなで、何も見えないまま何とか服を脱がすことに成功。


 湯船に浸からせ、そのまま亜南を休ませることにした。

 ――で。


「じゃあ今度こそ俺は帰るから」


 そんな感じで特にエロい感情を抱くことなく部屋へ戻ろうとすると、何やら壁の辺りに怪しい穴が見える。


 そしてその近くの棚には、PCへ繋ぐらしき配線の数々が。

 もしやこれか?


 ここからASMRな音を響かせて、俺を散々苦しめていたというのだろうか。

 しかし今はゆっくりと湯船に浸かってもらおう。


 このまま帰るわけじゃなく、ひとまずクリームまみれになった床を掃除しなければ駄目だろうし。


 とりあえずここから離れることを言っておくか。


「亜南! 俺は床を掃除しておくから。お前はゆっくりと温まっておけよ?」

「……」


 返事がない。

 お湯に浸かって落ち着いたんじゃないのか?


「亜南? シカトするくらい怒ってるのか?」

「…………んぅっ、ふうっ、ふぅー……無理。うぶっ――」

「え?」


 何やら様子がおかしい。


 決して亜南の生まれたての姿を見たいわけじゃないが、白い湯気を手で払いながらゆっくりと湯船に近づいてみた。


「あっ! お、おい、亜南!! え、マジか……」


 体力を消耗していたのか、湯船の中に浸かっていた亜南の全身はすっかりゆでだこ状態でのぼせていた。全身が赤くなっていて、かなり危険な状態に陥っている。


 何も見ないでというのは無理なので体に触れ、とにかく亜南を湯船から離すことに。


 そのまま抱っこして、バスタオルをかけてやりながらリビングに移動した。


「…………」

「参ったな」


 こうなるとさすがに放置して帰ることが出来ないじゃないか。

 なんてこった。


「はー……ふぅぅー…………体が熱い。陽斗……助けて」

「えぇ!? 助けるって、どうすればいいんだ? 今なら親も帰って来てるだろうし、呼んで――」

「駄目……陽斗がいいの。陽斗がウチにくっついて……」

「うぇっ? え、密着……すればいいのか?」

「……」


 どういう状態かなんて見れば分かるが、かなりあつがっている。俺は熱さまシートでも何でも無いんだが、しかし今の亜南に比べれば手は冷たい。


 とにかく額、頬、首すじ……


 思いつく限りの箇所に向けて、俺は自分の手を亜南に置いた。


 ――しばらくして。


「んー……陽斗はるとぉ。ずっとここにいて……」

「も、もちろん。いつもの亜南になるまで帰らないから。だから今は休んでていいから」

「ん……好き」


 これは意識が朦朧とした時に出るとされる言葉ですね、分かります。

 

 別に特別優しく手当てしてるわけじゃないのに、亜南からこんな弱った告白が聞けるなんて予想してなかった。

 

 今なら、多分俺が何を言っても目覚めた時には覚えてないはず。


「……俺も亜南あなみが好き。別に嫌いじゃない」

「責任――」


 責任という言葉まで出るのか。まあこれも目覚めれば関係無いな。


「もちろん取るよ。元はと言えばお前が悪いとはいえ、クリームまみれで放置したわけだし。お前の家を掃除して綺麗にする責任が俺にはあるからな。安心しろ」

「……えへ」


 いい感じに夢を見ているようだ。亜南はすっかり俺の肩から胸にかけて体を預けている。


 もう少ししたらいつもの亜南に戻るだろうし、俺もこのまま体力を戻しておこう。

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