第43話 真のデザート? 前編

「いやーっ!!」


 ほんの少しの隙と油断だった。

 

 俺が手づかみで食べるはずだったケーキの行方が、どういうわけか俺の意思に反して亜南の全身に命中していた。


 決して俺が動かした力じゃない……。

 それなのに、目の前の亜南は顔を真っ赤にして俺を強烈に睨み、そして――。


「ケーキでウチを汚すとか、正気!? どうしてこんなひどいこと……」

「え、いや、俺の手が動かしたわけじゃ――」

「責任取ってもらうからな!! 陽斗!」


 俺の言い訳を一切聞かず、亜南は自分をケーキまみれにした状態で俺に迫ってくる。


 まさかこんな手を使ってくるとか、思わないだろ普通……。

 こんな責任の取り方は勘弁して欲しいぞ。


「せ、責任って言われても……どうすれば……」


 どうりで自分のケーキはとっとと食べ終わるわけだ。俺が食べる予定だったケーキなら、扱いになるしな。


 なんて恐ろしいことを思いつくのか。


「そんなことも考えられないとか、バカなの?」

「まぁ、そのとおりです」


 いつもなら反論するが、ここは素直に認めてしまおう。こんな手段で俺をはめようとした奴には逆らっちゃいけない。


「……い、いいから、バカはバカなりに責任の取り方を言え! そうしないと陽斗のママを呼ぶからな!」

「そりゃ反則だろ……」

「早く思いつく責任を言えー!」


 自らをクリームまみれにしといてよく言うよ。

 しかし責任か……。


「俺が綺麗に拭いてやるから、タオルの場所――」

「却下。っていうか、べとべとした状態で拭くとかアホですか?」

「……もちろん濡らしてから拭くに決まってんだろ」

「濡らすとか、この変態野郎!!」


 絶対言うと思った。

 亜南の今の格好は部屋着ということもあって、かなり薄着だ。


 水でもかけてしまえば全てが見えてしまう。


「じゃあどうしろと?」

「真面目なことを言うと、服の上から拭いたらますます汚れると思うけど?」


 くそぅ。

 正解なんて無いくせにわざと言わせようとしてるな。


「じゃあ、そのままの状態で浴室に行くしかないだろ。自分で立てるんだろうし、行ってきていいぞ」


 どこかを負傷したわけでも無く、亜南は顔から足にかけてクリームがついているというだけの姿だ。


 そのまま立ち上がれば、自分の意思でシャワーを浴びに行くことが出来るはず。


「冷たい奴……」

「え?」

「ふん、行くし。ウチの力だけでシャワーに行けばいいんだろ!」


 なぜ怒ってるんだこいつは。

 ――などとかなり怒りを露わにしつつ、亜南はその場を立ち上がる。


「んぎゃっ!?」


 そう思っていたら、ドタッ。という鈍い音と亜南の悲鳴が耳に届いた。


「お、おい、転んだのか?」

「いったぁぁぁぁい!! ……滑って遊んでるように見えたなら、陽斗の目は腐ってると思うけど?」

「ひでぇな。って、何で転んだんだよ?」

「クリームで滑ったからに決まってるだろ!! バカっ!!」

「あー……」


 俺の手によってケーキを全身に受けた亜南の半径は、見事にケーキエリア。床がフローリングということもあって、クリームから逃れられない状況だ。


 おまけに奴のベッド部分にまでクリームが飛んでしまっている。これはかなりの大惨事と言っていい。


「はぁ~あ……誰かさんが勝手に立ち上がれって言ったせいでこんなひどい目に……。足も痛いし、真面目にウチだけの力で立ち上がれないんだけど?」


 ケーキまみれは俺のせいじゃなかったのに、まさか立ち上がることも出来ずに転ぶとは。これは完全に俺の責任じゃないか。


 そうなると、亜南だけでシャワーを浴びてもらうのは厳しくなったってことになる。


「どうしてくれるわけ? 選択肢は?」

「え、えーと……」

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