第42話 アナミとケーキ

 閉じ込められたらシャレにならない。ということで、俺だけ先に亜南のメインな部屋に戻って来た。


 亜南はというと、デザートを用意するとか言いながらキッチンの方にいる。何とも珍しい行動に思えるが、どうやら俺が家に上がり込んでいるのがよほど嬉しかったらしい。


 それなら鬼がいない間に部屋の中でも物色して、ついでに壁を調べてやるか。

 ――そう思ってベッドの枕元近くの壁に近づくと……。


「言っとくけど、見えてるからね?」

「ぬおっ!?」


 穴こそ見つからなかったが、はっきりと亜南の声が聞こえてきた。あいつは確かにキッチンにいるはずなのに。


 もしくはどこかに隠しカメラでもありそうな予感がするので、壁から離れる。

 

「驚きすぎだし。とにかくすぐ会えるんだから、大人しくおすわりしてなよ」

「そ、そうする……」


 たぶんあいつからは俺の姿がはっきり捉えられているはずなので、素直になることにした。


 見えてはいなさそうだが、とりあえず正座でもして待つことにする。


「うん、いい子いい子」


 真面目に隠しカメラで見えてる?


 ガキ扱いされてるのは何となくむかつくが、今はキレても仕方が無い。とはいえ、奴の本拠地だからといって調子に乗らせるつもりはないが。


 少しして、ケーキセットを両手に持ちながら亜南が部屋に入ってくる。


「え、真面目にケーキ?」


 亜南が持ってきたのは、どう見てもケーキだった。しかも甘そうなイチゴまで乗っている。


「とうとうケーキを認識できなくなった? よく見なくてもショートケーキなんだけど見えてますか? もしもーし? っていうか、デザートに真面目も不真面目もなくない?」


 くそう、完全に馬鹿にしやがって。


「何か入れてるとかじゃないよな……」

「あぁ、そっち系?」


 しまった、余計なことを言ってしまった。

 もしかして悪知恵をつけさせてしまったか?


「い、いや、何もしなくていい。だからその、頂くよ」

「…………そっか、変態だもんね。ごめん、ウチが気を利かせられなかった」

「ん?」


 変態と言われていちいち反応するのも面倒だからスルーしてるが、亜南は小刻みに頷きながら俺を何度もチラ見し始めた。


「デザートって"言葉"に期待しちゃった系かー。まぁ、そうだよね」

「だから何が?」


 何やら勝手に納得して、勝手に予定変更しようとしてるような顔をしている。

 そして、


「陽斗。陽斗に渡したそのケーキなんだけど……」

「え?」

「食べるのをやめて、そこでおあずけで! その代わり、コーヒーは遠慮なくがぶ飲みしていいから」

「おあずけって……せっかく気分よく口にしようとしたところなのに」


 壁際で言われたのはおすわりだったし、今はおあずけとか、もしやまだ犬設定が続いているのか?


「俺のケーキをどうするつもり――」

「あーん……っと。うん、我ながら美味しく出来た! イチゴもいい感じに甘酸っぱい」


 おあずけをくらった俺に構うことなく、亜南は自分のケーキを口に放り込んだ。まさかこいつ、甘そうなケーキを持って来ておきながら俺には食べさせないとかそういうことをするのか。


「お前は食べるのかよ!?」

「だって美味しそうだったもん」

「だったら俺も食べるっての!」


 手を伸ばせばすぐに届くし、何ならフォークを無視して手づかみでもいける。


「駄目っっ!! 待てって言ったよね……?」

「あっ、うん……」


 俺の手よりも亜南の手の方が早かったうえ、まるで手刀のように鋭かった。どうやら俺が変なことを口走ったせいで何かのスイッチが入ったらしい。


 素直に正座しておあずけまでくらって、何でおまけにケーキまで食えないのか。

 

「んっ、美味うまし! ごちそうさまでした!」


 そう言いながらぺろりと舌を出して、あざとい仕草を見せつけている。果たして亜南が作ったらしいケーキを無事に口にすることが出来るのだろうか。


 よく分からないが、俺が言った何かに反応しての行動なのは間違いなさそうだ。


「んぐっ、んぐ……ま、まぁコーヒーは美味いけど」

「そうだろそうだろ! 陽斗のそのいやらしい手で、ウチの頭を撫で回してもいいんだぞ?」

「いやらしくねーよ!!」


 コーヒーは美味しかったので素直に褒めたが、いちいちちょっかいを出してきてるあたり、食べそこなったケーキを使って何かをしてくるということは明らかだ。


「ってことで、陽斗のそのケーキ。そのまま口だけで食べるか、手づかみで食べるか選んでくれない?」

「へ? それだけ?」

「そうだけど? それ以外何があるとでも?」

「だ、だよな」


 何かしてくるとばかり思っていたのに拍子抜けというかなんというか。

 とりあえずそのまま口で食べるのは無しだ。俺は犬じゃないからな。


 そうなると選択肢はただ一つ。

 手にクリームがついてしまうが、手づかみでケーキを食べるに限る。


 亜南が俺の手の動きをじっくり見つめて来るのが気になるが……。

 目の前に置かれたケーキに向かって、手を伸ばすことにした。


「……やっぱり陽斗はそっちか」

「――え」

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