第41話 亜南の部屋に
「ほ、ほー……」
「何さ?」
「いや、イメージと違って何というか……」
「陽斗の部屋じゃあるまいし、変なおもちゃがあるとでも?」
ここは正直に答えるべきか。
しかし言葉で出すよりも先に拳が飛んできそうなので、無言で頷くだけにしとく。
「そういう動きで誤魔化すの禁止! っというか、部屋にごっそり隠してるのばればれだし?」
「ねーよ!! そういうお前は実はあるんだろ?」
俺の反論に対し亜南は、
「まー、無くは無いけどね。オホホホ!」
などと挑発的な態度と笑いが部屋の中で響いた。
それにしても、亜南の部屋にまともに入ったのは初めてになる。
少なくとも今の今まで入れてもらった試しがない。過去に何度か入る気持ちは芽生えたものの、軽くあしらわれた。
しかし中に入ってみると、何とも気の抜ける普通の女子っぽい部屋だった。
壁一面こそ真っ白な空間だが、ベッドや枕、クッションは全て薄いピンクで統一され、シンプルだけどスリッパまで置かれている。
フローリングとはいえ自分の家でスリッパなんて使うとか、こいつどれだけだよ。
「こ、これ、亜南が部屋の中で履くのか?」
「たまにね。何? もしかして履きたい? それとも嗅ぐ?」
「履かねーし嗅ぐわけ無いだろ!!」
「そーなの? 黙って見守ってあげようとしたのに、ウチの匂いを嗅がないわけかー」
「犬じゃあるまいし――あっ……」
引っかからなかったかとでも言わんばかりに、亜南は舌を出してニヤついている。
こいつ……。
まだその設定が生きてたとは驚きだな。
「スリッパなんか嗅がなくても、そもそも――」
自分の部屋では感じないが、この部屋に入った時点で何だかよく分からないふんわりとしたいい香りがしていて、亜南も一応女子なんだなと密かに感心していた。
それなのにこいつは俺を犬扱いとか。
「あーあー……言っちゃったね?」
「何が?」
「あえて犬ってことで抑えてあげたのに、陽斗ってやっぱり変態だったんだなぁと」
「え、あ……」
なるほど。
この期に及んで俺をバカにしていたかと思えばそうじゃなかったのか。
「まぁ、ウチの香りを存分に吸い込んで嬉しそうにしてるようだし、別にいいけど」
「うぐ……」
スリッパよりもタチが悪いじゃないかよ。
「――ってことで、次! 次に行こうか!」
「あっ」
俺の変態的な反応に怒るのかと思いきや、別の部屋に行くと言って俺の手を握ってきた。突然のことで抵抗も出来なかった。
どこに連れて行かれるのかと不安になったが、亜南の場合、俺と違って自分の部屋が一つだけとは限らない。
何故ならこの部屋を見回す限り、俺を長いこと苦しめてきた諸悪の根源である動画モニターと、高そうなスピーカーが見当たらないからだ。
「むむむむ……」
「よしよし、敗北を認めたね」
「何がだよ?」
「陽斗のくせに大人しいなって思ってたけど、アレだろ?」
「どれだよ」
強がりを見せたが、ずばり言えばいくら幼馴染とはいえ初めて入った他人の家に緊張感が半端ない。
亜南の親と会う機会が無いといっても、何か違う雰囲気に圧倒されそうになる。
だからこそされるがままに陥っている訳で。
「ウチの部屋と陽斗の部屋を比べて落ち込んでるんだろー? 分かる、分かるよ?」
負けたつもりはこれっぽっちも無いが、俺があまりに大人しくしているせいか、亜南はそれだけで機嫌を良くしている。
まあ敵の本拠地に上がり込んだからといって変な気を起こすのは違うだろうけど。
「で、ここが本当の部屋か?」
「んー? ここは陽斗には縁のない勉強部屋だけど?」
「……」
次の部屋に入るとすぐに分かった。
壁という壁に本棚があり、分厚そうな参考書に加えてそんなに必要なのかと突っ込みたくなるくらいのタブレット端末が何台も転がっている。
「こ、こんなに……一体どういう」
「ウチの家、余裕あるし?」
そう言って、腰に手をつきながら亜南はどや顔を見せた。
というか、俺と違い亜南の両親は一年中留守にしている。俺もほとんど会ったことが無いし滅多に会わない。
それだけに、与えるものはいくらでも与えて放任するという環境にあるってだけだな。
それはともかく、
「それで、この部屋に俺を入れたってことは勉強を教えてくれるって意味で合ってる?」
「んー? 教わる気があるならいつでもいいけど、本気じゃないなら閉じ込めるからね?」
「えっと、それは……ほ、保留で」
ちょっと目が本気だった。今さらテスト勉強してもって思いつつも、亜南は成績がいいだけにここでふざけた態度は取っちゃ駄目だ。
「つ、次は?」
勉強部屋の本気を見せてもらうのは今度にしてもらおう。
「次? ウチの部屋は二つだけだけど?」
「二つあるだけでもすごいだろ!!」
「……ここは別に」
何となく寂しそうに見えるのは気のせいだろうか。
しかしせっかく亜南の部屋に入れてもらったわけだし、勉強部屋じゃなくて亜南の部屋に戻ってもらうか。
勉強に特化した部屋にいるのも重苦しいわけだし、亜南も妙に大人しい。
「亜南の部屋に戻るかー」
「ここもウチの部屋だけど?」
「だ、だから、ここはまだ気持ちが入らないわけだし」
勉強部屋に連れて来たということはマジなやつだ。
そう考えると俺にはまだ早い。
「……だから?」
「最初の、亜南っぽい部屋がいいなぁと」
あんな女子っぽい部屋は亜南らしくないと思ってしまった。しかしここよりは全然いいし、仮に閉じ込められるなら断然あそこがいい。
「ウチっぽい……。ふ、ふーん? まぁいいけど。じゃあ先に戻っといてくれる? デザートくらい用意してあげるから」
「お、おー。分かった、そうする」
「うんうん、じゃあ待ってて!」
よし、まずは亜南の部屋に入ることに成功した。
あとは穴を見つけて、そこを塞ぎさえすれば――。
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