第40話 不穏な穴 3

「はー……」


 亜南の言ったとおりのことが起きてしまった。


 登校時はともかく、まさか教室に入っても亜南の姿を見ることが叶わなくなるなんて、ちょっと普通じゃないことが起きている。


 もうすぐテスト本番なのに勉強もままならないのはこの際仕方が無い。だとしても、何で大事なこの時期にこんな目に遭っているのか。


「お、陽斗! おっす」

「あー……」


 俺の悩みなど関係なしに、安川が声をかけてきた。

 

 亜南とのことで色々ありつつも、結局このクラスで気さくに話せるダチはこいつしかいない。


「ん? 陽斗のくせに浮かない顔して落ち込むとか珍しいな。どした?」

「どうもこうも……」

「空上さんとケンカした感じか?」

「ケンカってか、一方的に拒否されてるっていうかよく分からなくなってる」


 俺が何かしたかという感じで、徹底的に避けられている。しかし嫌われているとかではなく、何故か声だけの会話は許されているという意味が分からない日常。


「お前が拒否られてる? 一方的に?」

「……そんなところ」

「あれ、でもオレには笑顔で話しかけてくれたけど、会ってもくれないんか?」

「え、マジか……俺だけなのかよ」


 そういえば安川に彼女を紹介したのも亜南だったな。


「なんかよく知らんけど、空上さんを怒らせたりしたらマジでやばいぞ。正直な気持ちで接した方がお前の身の為だと思うぞマジで」


 まさか安川に諭されるとは。

 とはいえ、亜南に対して正直な気持ちか。


 もしかしてそれが欠けていたのかもしれないな。そうなると壁穴の会話からでもその気持ちで接すれば――。


 そんな感じで学校から家に帰り、また夜の時間になった。

 自分の部屋に入ったと同時くらいに、壁の向こうからコンコンと音が聞こえる。


 すかさず俺も壁に向かって拳を当てようと穴に近づくと、穴がさらに広がった気がしてならない。大きさは人差し指が入るくらいだろうか。


 覗き込めば亜南が見えたりして。

 

 気になったので、穴に近づいて壁の向こう側がどうなってるのか確かめてみることにする。


 そう思いながら壁に顔をくっつけながら穴に目を近づけると、


「うおおっ!?」


 まさかといった感じで、向こうの目と合った。


「そんな驚くこと? ウチの目から光線でも出ると思った?」

「目と目が合ったら驚くだろ」

「ウチは驚かなかったけど?」

「くっ……」


 そんなことを言われたら、こっちは何も言えないじゃないか。

 それにしたってまさか向こうも同じことをやるとは。


「で、何?」


 お互い穴から離れたところで、不思議な会話がスタートした。

 何だか妙な感じだな。


「い、いつまでこんなことをするのかなぁと」

「決まってないけど?」

「学校でも会えずにいたし、あまりにも厳しすぎだろ……」


 隣人で幼馴染でいつも近くにいた奴が、今はこんなに遠いとか。

 何でこんな状態になってしまったんだ。


「じゃあ、指でも舌でも穴に近づけてみれば?」

「し、舌!?」

「ま、出来ないだろうけど」

「……」


 指なら入れられるが、舌は危険だ。何をされるか恐怖しかない。


「何とか言え! バカ!」


 指と舌のことは置いとくとして、今するべきことはただ一つ。


「ごめん、亜南」

「は?」


 とりあえず謝ろう。


「いや、だから……俺が全面的に悪かったっていうか。亜南をすごく怒らせたっていうか、とにかくそういう意味だよな?」


 こいつがここまで徹底した態度を見せているということは、何もかも俺が悪いはず。ということでここは正直に頭を下げるしかない。


「や、別に怒ってないし」


 なぬ?

 怒りで我を忘れるくらいだから顔も見せてくれないんじゃなかったのか。


「へっ?」

「そもそもウチに謝られても解決しないから、陽斗の謝罪とか無意味~」

「うえええ!?」


 もしかしてからかわれてる?

 壁穴での会話とかも、もしや亜南の新しい趣味の一環なのか。


「じゃ、今からそっちに行っていいんだよな?」

「……壁を破壊して?」

「亜南じゃあるまいし、俺に出来るわけないだろ!!」

「あー!! またそういうこと言う! そういうとこだぞ、バカ!! ……というか、来れるものならくれば? へたれじゃなければだけど」


 壁穴を通しての会話の意味が何だったのかは不明だったが、どうやら今日からご対面を解禁するらしい。

 

「と、とにかく行くからな?」


 教室でも外でも会わなかったのは二日程度だったとはいえ、何だか無性に会いたくなった。とにかく許しが得られた以上、合わせなければ始まらない。


 そうすればきっと――。


「鍵はかけてないから入って来ていいけど、でも陽斗……」

「うん?」

「変なことしたら容赦なくぶん投げるからな?」

「するわけ無いっての!」

「どうだか」


 もしや、する俺に警戒しての意味だったのか。

 それならそんなことは無いということを亜南に証明しよう。


 というより、それしかなさそうだな。

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