第39話 不穏な穴 2

 夢の中かどうかは不明だが、亜南の声が何故か自分の部屋でうざいくらいに聞こえている。しかしそれに反応するよりも眠気の方が勝った俺は、ぐっすりと眠ることが出来た。


「……ふわぁ~」


 などと、何だか久々にあくびをしながら体を起こす。

 そのまま何も考えずに体を動かすと、奴の声が壁から聞こえてくる。


「おはよー」

「……は?」

「は。じゃなくて、おはよう。朝の挨拶、もう忘れた?」

「…………」


 何故かベッド横の壁というか壁に出来た穴から、亜南の声が鮮明に聞こえた。

 

 壁の穴なんて目の錯覚だと思って気にしないでいたし、寝たら消えてると思っていたのに夢じゃなかった件。


「何とか言え! 陽斗!!」

「この、この穴は何だ? い、いつから……」

「んー? 一昨日くらい?」

「いや、何で!? というか、亜南が開けたのか?」


 マンションの壁なんてとてもじゃないけど、素人が開けたり壊したり出来るほど欠陥住宅じゃないだろ。


 壁の穴は現時点で大した大きさじゃないものの、明らかに向こう側にいるであろう亜南の声をきちんと聞こえさせている。


「こう見えてDIY得意なんで!」

「それはちげー!」


 何て奴だ。自分から俺の顔を見たくも無いなどと突き放したくせに。何で壁に穴なんて開けて、面倒くさいちょっかいを出して来るんだこいつは。


「初心に戻ってみた!! どう?」

「はぁ? 何が初心だ、何が!」

「もうお忘れ? 確か隣人の陽斗はるとさまはウチの家から聞こえてくるASMRな音に興奮して、夜な夜なハァハァ言いながら手を一所懸命動かしていたんじゃなかった?」

「断じて違う!! 無理やり聞かせていたのはお前だお前!」


 親がお互いに留守がちだったのをいいことに、こいつは俺に対しかなり挑戦的なことを仕掛けていた。


 そのせいで歴代の彼女候補にあと一歩のところで――


「でも、そのおかげでいい思いすること増えたじゃん?」

「いい思い……俺がフラれまくることがか?」


 少なくとも亜南にとって、さぞ楽しい出来事だったに違いない。


「ノンノン。ウチの胸を揉みしだいたり、密着したり電マしたりとか色々なことを言ってるんだけど?」

「……そ、それは話が違――」

「違いませんけどー? 散々いい思いさせちゃってるんですけどー? そこまでさせてるウチの気持ち、いつまで弄ぶつもりですかー?」


 何だこの言い方は。

 というか、壁穴に向かって声だけで言い合うのは変な感じだ。


「こんなの直接言ってくれれば……」

「顔を見なくても言えばいいだけじゃん。何で陽斗はそんなことも言ってくれないの? ウチはずっと陽斗の言葉を待ってるのにさ」


 くそぅ、穴の向こうにいるから表情が全く読めない。

 何も寝起きにこんなことを言ってこなくてもいいじゃないか。


「きょ、教室で話すから。だから別に壁穴を使わなくても……」

「却下。学校でも陽斗と会話するつもりないし。しばらく顔なんて見たくないってゆったじゃん! 陽斗がウチを見ようとするまで声かけ禁止!!」

 

 何だ?

 何でこんな事態になってるんだ。


 俺が何かしたっけ?


「と、とにかく、もうすぐ朝ご飯だから」

「じゃあ、また夜。逃げんなよ? 陽斗」

「自分の部屋なのに逃げるわけ無いだろ……」

「ふんっ」


 逃げるとしたらネットカフェか、自分の部屋じゃないところに留まるかしかないけど、親が怪しむからどうにも出来ない。


 何にしても亜南の怒りは本物らしいし、しばらくは壁に向かって話す生活になりそうだな。

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