第38話 不穏な穴 1
ご主人様と犬という名の買い物を済ませ、俺と亜南は自宅に着いた。
そこからは特に何も無いのでそれぞれの家に入ろうとすると、亜南が珍しく真面目な顔で俺を見つめてきた。
「な、何だよ?」
「しばらく会うの、やめようと思うんだ」
「――え」
何を言い出すかと思いきや、どういう企みがあっての発言なのか。
「ウチなりに考えたんだけど、陽斗は甘えが過ぎる! だから、ウチは物理的に厳しくしたい」
「ぶ、物理的?」
何を意味不明なことを言うんだこいつは。
というか、テスト勉強をさせてもくれなかったくせに今になって見捨てるとか、それはあまりにもひどい話だ。
「それって、顔も見たく無いって意味で?」
「ん、そんな感じ」
「何でそんな突然……俺のテスト勉強はどうなるんだよ! このままだとマジでやばい結果になるんだぞ?」
何て無責任な。今さら俺だけではどうにも挽回出来ないというのに。
そんな俺の訴えも虚しく、亜南は「とにかく決めたから」などと言って、そそくさと自分の家に入ってしまった。
犬になったうえに縄に縛られて手錠までかけられたのに、一体何が起きたんだ。
訳も分からないまま、俺も自分の家に戻るしかなかった。
仕方なく自分の部屋に入ると、何やら違和感に気づいた。
「ん? 何だこれ」
亜南と別れてから数分程度。夕飯の時間が近い中、部屋の壁に穴が出来ていた。
壁なんて普段は気にも留めていないが、これはさすがに気付いてしまう。
と言っても、そこまで神経質になるような穴じゃない。
実は俺が気付いていなかっただけで、元々あった可能性だってある。
特に長いこと暮らしているマンションならなおさらだ。
とりあえず親に聞いてみた。
すると、
「いくら年数が経ったからといっても、マンションの頑丈なコンクリ壁に穴が出来るわけないでしょ! ……あ! もしかして……」
「ん? なに? 何か心当たりでも?」
「ううん、まだ決めつけるのは早いから気のせいね、きっと」
――などと、自分で勝手に納得したようだ。
そうかと思えば、
「ところで、どう? 進んでる?」
「何が?」
「もちろん、ナミちゃんとの交際」
何故か亜南との関係を自然に聞いてきた。仲がいいにも程があるだろ。俺の知らないところですでにそういう関係として認めちゃってるのか?
そんな誤解は避けなければ。
「交際……してないけど」
亜南とは付き合ってもいなければ告白もしてない――はず。いや、そもそもあいつからきちんとした言葉を聞いたことがないわけだが。
「またまた〜! 別に隠さなくてもいいじゃない。あなたが言わなくても仲がいいことくらい分かるって!」
「違うってのに……」
「そんなに照れなくてもいいのに」
などなど、親にとってはすでに既成事実となっているらしい。
ご飯を食べ終えて部屋に戻ると、最初に見た時よりもさらに穴が大きくなっているような気もしたが、眠気が強すぎるのでとりあえず気にせず寝ることにした。
「…………陽斗~? ウチの可愛い声、聞こえてる? というか、いる?」
「――?」
「どうせ勉強しないで食べてすぐ横になってんだろー? 起きたら覚悟しとけよー! ふふんー」
どこからともなく奴の囁きが聞こえてくる。
しかも俺にとってあまり良くない気配だ。
いや、あり得ないだろ。
俺の家と亜南の家は隣同士とはいえ、あいつの声が間近に聞こえてくるなんて。
よほど今日の出来事が精神的にキタってことなのだろうか。
気にしても仕方ないし、とにかく思いきり寝まくれば解決するだろ。
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