第37話 迫りくるアナミの手

「へぇー……陽斗にしては太いね」

「いや、俺のは大した事ない――」

「まぁそれはともかくさ、勝手に動いたら駄目ってこと、分かるよね……陽斗?」

「う、うん……」


 相変わらず自分勝手な奴だ。俺の状態のことなんてちっとも気にしてもいない。


「今の状態で動かしたらお互いを痛くするわけだし、まさかそんな酷いことしないよね?」

「それは分かるけど、でも……」


 そもそもこんな人前の目立つ場所でこんなことをするとか、それってどうなんだ。

 思わず抵抗したくなるぞ。


「こら! だから、動かしたら駄目ってゆってんじゃん!」

「はひっ」

「キツい? あ、緩めてあげよっか? どーしたほうが満足出来る?」


 くっ……。

 何なんだこれは?

 この状態でどうしたら次にいけるというのか。


「もう少しの辛抱だし、男の子だったら我慢、ね?」

「あああー!! で、出来るか、そんなもん! 今すぐ解放しろ! ください!! 頼むからこれ以上俺を辱めないでくれよー!」


 よりにもよってショップの中、それもそこそこギャラリーがいる最中に、こんなこんな……。


「あー……はいはい、やっぱり陽斗は縄派だったわけか。だと思った! 風紀指導のあの女子の時も素直にやられてたわけだし、しょうがないか」


 縄派って意味が分からない。


 そもそもあの時は、まさか彼女たちが俺を縄で縛るとは思わなかったわけで。


 その時とはシチュエーションも違うし、そもそも手錠まではされなかった。それがまさか、同時にそれらをやられるとか。どうにも出来ないぞこれは。


 というか、何でこんなことをされることになったのか。そもそも犬の着ぐるみの頭だけを被っただけで終わるはずが、まんまとこいつの手に引っかかって、それでこんなことに。


 そのきっかけは亜南に対して、思わず可愛いと口走ったからだ。


 フェンリルという狼の怪物のモフモフな格好をしていた亜南。その姿に素直に可愛いと思えた。ただそれだけだったはずなのに。


 気を良くしたのか、気づけば俺は亜南の手によって好き勝手に弄ばれ、こいつの手により俺は全身をくまなく触られまくった。


 そして気づけば縄で縛られ、俺の手にはキツい手錠がかけられていた。縄こそ緩めだが……。


 あまりに自然に迫られただけに、完全に油断した。


 その結果、犬になった俺をしつけている絵が出来上がり、亜南の許可により盛大な店内撮影会が行われてしまうことに。


 そして今。


「ふ~。で、気が晴れて満足したのか?」

「んー……ウチはやっぱり、手錠派だった! 縄も捨てがたいけど、縄と手錠を同時にしたのは駄目だった。そもそも縄は誰かがやった後だし」


 イベントコスプレ披露改め、何故か亜南による俺の為の公開お仕置きが幕を閉じた。


 お仕置きの内訳は、亜南の胸を揉みしだいた罪だった。


 元々は俺が集中しすぎたせいのオイタとはいえ、人前でこんな辱めを受けるとは聞いていない。


 まだ店内だからいいとしても、外でもやるなんて言い出すのは避けなければ。


 いま自分が出来ることは、亜南の気分を快適にすることだ。つまり、素直になる必要があることを意味する。


「あ、亜南」

「んー? なに?」

「俺のこの格好、これ以上お前以外に見せたくないんだけど、どうすればいい?」

「……ふーん? それって、ウチだけに辱められたいってこと?」


 もちろん違うが、見知らぬ人たちに公開するよりはマシだ。


 それなら嘘でも何でもついてやる。


「もちろんだ! 俺は今後は亜南だけに見られたい」


 普通に手錠かけられて縄で縛られて、外を歩いたら駄目だろ。何の羞恥プレーだよ。


「それってウチだけなんだ? 一生?」


 随分大げさなことを言うやつだな。


「そ、そりゃそうだろ。俺は亜南――」

「……ふーん。じゃあ、とりあえず買い物終了。帰るよ?」

「お、おお」


 この答えは正解のようだ。


 自分の家に帰れば後は何とでもなる。亜南は単純だし、必死におだてりゃ機嫌も良くなるだろ。


 どうなることかと心配したけど、公開処刑的な光景にならずに済みそうだ。


 そう思って安心したせいか、帰り道、俺は無意識に亜南のそばから離れずに歩いていた。


「…………なるほどね、理解」

「え? 何か言った?」

「別に」

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