第36話 怪物と犬 

 翌日。


 びくびくしながら家で待っていると、拍子抜けと言わんばかりに奴はさわやかな表情で俺の家に上がり込んでいた。


 これから起こるであろう恐ろしい出来事に気づくはずの無い俺の親と、実に何時間も楽しそうに会話をしている。


「――ということなので、陽斗くんをお借りしまーす!」

「うんうん、好きなだけ借りてね」


 と言いつつ、結局昼になった。


 こんな時間になるまで話好きな奴め。などと心の中で思いつつ、大人しく待つしか出来なかったけど。


 ちなみに亜南の今日の服装は、街に行くだけあって警戒心たっぷりな格好だ。と言っても隠しているのは上半身だけで、生足を見せる無防備なスカート姿をさらけ出している。


「……で、今からどこへ?」

「ショップ」

「そりゃあ街に行くんだからどこかの店に行くだろ」

「……もしかしてもうびびってる?」

「はっはっはー、そんなわけないだろ」


 ビビりまくりでどうしようもない。


「ま、とにかく陽斗は黙ってウチの隣を離れずについて来ればいいから」

「それだけ?」

「デートってそんなもんだし」


 何だ、ただのデートか。


 姫野が絡んでくるっていうから、また何かのイベントでも強制参加させられるかと思っていたぞ。


 そうなると昨日の犬発言も関係なさそうだな。


 昼過ぎでも土曜日なだけあって、近場の繁華街は人混みでごった返している。

 こんな中、亜南が最初に入った店は、


「陽斗は堂々としていること! あまりびびってると捕まるよ?」

「そ、そそそ、そうだな……」

「びびんなよ! たかがランジェリーショップでさー!」


 そう思いつつ、俺に対する視線が痛い。そのほとんどが女性なわけだが、もしやこれがこいつなりの反撃なのだろうか。


 そうだとすると俺には手の打ちようが――。


「あ、そうそう、別にここでしようが陽斗が捕まることは無いから安心していいよ?」

「何って何だよ?」

「のぞきとか、見つめまくるとか、勝手に妄想したりとか」

「しないっての!! むしろすでに見つめられてるのは俺の方だ」

「プッ……自意識過剰で草すぎなんですけど?」


 何故にこんなことを言われねばならないんだ。


「言っとくが、現に周りの人が俺を見てるんだからな?」

「ふーん。そんなに気にするんなら、えいっ!」

「んぶっ!?」


 何の警戒心も持っていなかったところに、不意を突かれたようにして亜南に何かをかぶせられた。何やらモフッとした感触を感じる上、前がよく見えない。


「……うんうん、似合う似合う!」

「は? 何が似合うって?」

「もしかしてサイズが大きくて見えてない感じ? なら、少しずらして視界を調整していいよ」

「んん?」


 よく分からないまま、言われるがままに自分の手で何かを持ち上げてみた。

 すると、モフっとした物の正体は犬っぽい着ぐるみの頭部分ということが判明。


 重さが無いから自分で脱ぐことは簡単なものの、とりあえずこれをかぶったままで亜南の姿を見てやることにする。


「むむむっ? 亜南のそれは猫耳……じゃないよな?」

「見て分かんない? 猫じゃなくて、狼! それもフェンリルなんだけどー?」

「フェンリル……」

「そう。狼の怪物! 強そうだろ~? そんでウチの方が可愛いだろ?」


 悔しいが、フェンリルのかぶりものをした亜南が可愛いと思ってしまった。そして犬にされた俺は、どう考えても弱そう。


 もしや不意打ちのように俺にかぶらせた隙に、フェンリルになった自分を見てもらうのが狙いだったのか。そうだとすれば、こいつのやってることはかなりあざとい。

 

「か、可愛い……けど、何で下着ショップにこんなものが?」

「正確に言うと、ここはコス出来るショップだから。もうすぐハロウィンじゃん? ハロウィンコスとかここで見つけておこうかなって思って来た感じ」

「もうすぐってまだ何ヶ月もあるんだけど……」


 イベントごとに興味も無く、部屋の中でぼっちで引きこもる奴だとばかり思っていたのに、実は活発なタイプだったのか。


 それにしたって先のことすぎるだろ。


「で、俺は何で犬なんだよ?」

「昨日言ったじゃん? 陽斗には犬になってもらうって!」

「それがこの着ぐるみ?」

「コス! 着ぐるみとは別だから。頭だけ犬で、当日に頑張ってもらう予定!」


 当日ということはハロウィンでかぶることになるのか。

 まさかだよな?


「……で、本当の目的は?」

「あーうん、陽斗は緩いのとキツいのとどっちが好み?」

「へ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る