第35話 つまり、フセンパイ?

 そんなつもりはこれっぽちも無く――などと言える状況にないことくらい、俺でも理解出来る。


 何より、滅多に関わってこない姫野が俺にぶち切れているのが何よりの。悪気も何も無いのに、どうすればこの危機的状況を乗り越えていけるのか。


「え、えーと……俺はボールを必死に探したかったというかー……間違っても亜南の胸を揉みたいとかそういうやましい気持ちにはなってないのが真実というか、とにかく何が言いたいかというと、スーっ――亜南、ごめんっっ!!」


 この期に及んであれこれ言ったところで、何もかも無駄な足掻き。


「お前さ、この子のことが何にも分かってないのな」


 沈黙する亜南に代わって、姫野が厳しい口調で迫ってくる。

 男の娘の姿のせいか、迫られると妙にドキッとするのは何故だろうか。


「な、何にもって言われても困るけど、一応幼馴染だから姫野よりは知ってるつもりで……」

「ははっ、逃げるなよ! 何だよ、幼馴染って。今までまともに相手にしてこなかったくせによく言うよ」

「いや、あの……それは」


 何も言えないし強気にもなれないのは正論過ぎるからだな、うん。


「お前がスポーツ勝負っていうから彼女は応じたのに、まさかいかがわしいことをするのが目的で勝負するなんて……お前もその辺の奴らと変わんないのな!」


 そんなバカな。


「いや、それを言うなら亜南の格好も不用意っていうか、そんな胸元を開けるようなTシャツで激しい動きをしたらさすがに――」

「つまりお前は悪くなくて、彼女の格好が悪いと。だからボール探しに乗じて触りまくった……そういう意味?」

「そ、そんなわけないだろ」

「どうだか」


 沈黙し続けている亜南の状態も気になるが、姫野のこのキレっぷりはマジなやつだ。どうすれば解決出来るというのか。


「はーっ……。佐紀ちゃん、ウチの為にありがと! 変態が計画していた考えは大体分かったから、あとはやることやってもらおうよ」

「……だな」


 さっきまで頭を下げて泣きじゃくっていたはずの亜南――だったはずなのに、まるで演技だったかのように、生意気な顔に戻っている。


「で、そこの変態くん。ウチに何か言うことがあるんじゃないのかな?」

「ご、ごめんなさいっっ!!!」

「……あーはいはい。それはもう聞いたから、それ以外で」

「えっ? それ以外……」


 まさかと思うが、アレか?

 アレは最終手段の謝り文句なうえに、言った後はもはや逆らえない最終呪文。


 しかしこいつの顔は、それを言えとドヤっている。そしておそらく、それを言わないと永遠に愚痴られて生きることになってしまう。


「――ます」

「はい? 何か言った? はっきりと、ウチの目を見てはきはきとした言葉でもう一度!」

「俺は亜南の言うことを、何でも聞き――ます」


 そう言った直後。

 想定通りと言わんばかりに、口角を上げて笑う亜南の姿が確認出来た。


 どう考えても理不尽過ぎるが仕方ない。


「何でもって言った?」

「……言った」

「じゃあ犬になってもらおうかな」

「それは無理だ。それは魔法でも使わないと無理だぞマジで」


 どういう意味かは分からないがそれはさすがに。


「口答えしない!!」

「え、えーと、わんっ!」

「……却下! それじゃないし」

「だ、だよな。は、ははは……」

「それは後で考えとくとして、とりあえずここの片づけと掃除をやってもらうから」


 何だ、そんなことか。

 

「それならやらせてもらう」


 犬の意味は別らしいが、これはこれで簡単すぎた。

 かと思ったのに。


 俺がコート一面を掃除している間、亜南たちの会話を聞く限り物騒なことに巻き込まれそうな予感が。


「甘すぎない? あいつを甘やかすのは駄目だと思う」

「うん。分かってる。だからさ、明日行く予定の買い物に付き合ってもらうことにする。佐紀ちゃん御用達ので! いいよね、変態くんも同行させて」

「いいけどあいつ、すぐ捕まるんじゃない?」

「それなら平気。ウチがアイテム用意して、本物以上に見せつけるつもりだから」


 俺が捕まるというところだけは、はっきり聞こえた。もしかして犬の意味ってそっちなのか。


 しばらくして、


「掃除終わった……けど、テニスボールが見つからないんだけど、どうすれば?」


 柔らかいゴムボールは、亜南の胸に潜んでいたはずだった。しかし、俺の手に収まっていたのは胸の感触のみ。肝心のボールの行方は不明だ。


「ボール? あぁ、それならウチが持ってるけど?」

「えぇ? え、どこに隠し持って……」


 てっきり地面かどこかに落ちていたものばかり。


「だから、谷間辺りに」

「谷間なんて無いだ――」

「あ?」

「な、何でもない」


 真面目に胸のところに紛れていたらしい。だとしたらあの涙は演技じゃなくて、ショックを受けてのことだったとしたら、やはり言うことを聞くしかないのか。


「そうそう、今日の勝負は陽斗が棄権したってことで、ウチの不戦勝で終わったから!」

「つまり、俺は不戦敗? で、でも、棄権なんてしてない……」

「ウチに対して危険なことはしたじゃん! 違う?」


 キケンの意味が違うと思うけど、頷くしかない。


「――ってことだから、明日、ウチの買い物に付き合うの決定!」

「でもテスト期間……」

「あぁん?」


 Tシャツ姿で斜め下から詰め寄られるだけでも厄介な上に、どうしても視線がそこへたどり着くくらい意識する。


 こうなると反論も文句も言えない。


「行きますとも! 行かせてもらおうかな」

「よしよし。じゃあ、ウチたちの家に帰ろ?」

「い、いえすいえす!」


 いつの間にか姫野の姿は無く、この場には亜南と俺だけになっていた。姫野がいなかっただけなのに、亜南の言葉に妙に緊張したのは気のせいだろうか。


 とにかく家に帰って、翌日の恐ろしさに備えるしかなさそうだ。

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