第33話 丸くて弾むやつ×2

「あああ……何で、どうしてこんなことに……」

「なぁに? 何か文句でもあるのかな? 陽斗くん」

「何にもない……よ?」

「ふぅん? でさー次の休みの日に行きたいところがあるんだー。もちろん付き合ってくれるんだよね?」


 などなど、俺の席の机に座って、いわゆるバカップル的な光景を亜南は見せつけている。俺のクラスではこんな光景は見たことが無いだけに、女子も男子も目を背けているのが現実だ。


 しかも、たかだか数十分の休み時間のたびに繰り広げられるから何も言えない。


「行きたい所ってどこへ?」

「お買い物! 陽斗にかぶらせたいアイテムを買いに行きたいんだよねー。安い買い物じゃないから佐紀ちゃんも誘おうか迷ってるけど、どう思う?」


 亜南が俺にかぶらせたいもの――だと?

 それが何なのか全く見当もつかない。


 そんな俺たちの会話は教室にいるみんなには筒抜けで、何故か教室にいる野郎どもは顔を赤くして気まずそうにしている。


 何か下ネタに通じるものでも言い放ったのだろうか。


「姫野は暇じゃないんじゃないの?」

「んーまあね。やっぱり二人だけで楽しみたいし、お互いに動きあいたいから佐紀ちゃんは次回誘おうよ!」


 二人だけで楽しむとか、動き合うとか――なぞなぞみたいだな。

 

 亜南の言うことに反応している周りは、果たしてが分かってのことなのだろうか。


 ――とまぁ、そんな感じで一方的なバカップルぶりを見せつけた時間は放課後まで続き、俺のモテ期は無事に終了した。


 放課後になり、約束どおり亜南と俺とのスポーツ勝負が始まる。


「あれ? ギャラリーは? 女子とか男子とか……」

「いるじゃん、そこに!」

「いるのは姫野だけだと思うんだけど」

「女子でもあるし、男子でもあるわけだから何も問題無くない?」


 それはそのとおりとはいえ、俺と亜南と姫野の三人だけなのによくもまあテニスコートを貸してくれたものだ。


 通常なら、部活をしている時間帯で許可の無い奴は一切使えないことになっている。それなのに、部員らしき人もいないどころか顧問すら姿を現さない。


「姫野のことは分かったけど、部員でも無いのにテニスコートなんて使っていいの……?」

「問題無くない? だって今って、定期テスト期間だし」

「はぁっ!? え、いや……だったら俺らも勉強しないとやばいだろ」


 そういえば教室のみんなが一斉に帰っていたような。

 夏休みが終わってからやたらと小テストが続いていたのは、そういうことか。


「ウチと佐紀ちゃんは問題無いけど、陽斗はこれ以上勉強しても意味ないし」

「そこまで見捨てるなっての!」

 

 テニスコートどころか、体育館や校庭に至るまで人の気配が無いのはそういうことだった。


 そして亜南が言ってることは半分事実で、俺には勉強の才能が無い。その代わり、格闘要素の無いスポーツなら少しは自信がある――という要素が残っている。


 卒業出来ればいいやくらいしか考えてないこともあって、勉強は二の次だ。


「細かいことは気にすんなよ! 陽斗はまず、ウチに勝ちたいんだろ?」

「当然だ! その為の勝負だからな」

「じゃあいいじゃん! 勉強っていうか、後のことはウチが面倒見てあげるし何も心配しなくてもよくない?」


 後のことの意味が不明だが、多分後で家庭教師をしてくれるに違いない。


「よ、よし。じゃあいいよ、それで」

「じゃ、佐紀ちゃん。審判よろー!」

「……了解」


 気づいたら目の前に男の娘な姫野が立っていて、俺と亜南にラケットを渡してきた。そしてボールは亜南の手に渡った。


「これって、テニスのラケット?」

「……テニスコートにいるのに、それ以外何? 陽斗ってもしかしてそこまでバ――」

「分かってるっての! テニスで勝負だろ?」

「そりゃそうじゃん。そうそう、か弱い陽斗の為に軟式にしといたから!」

「それはどうも……だからって、そのダボTは俺を舐めすぎだろ」


 テニスなら自信がある――のはあくまで軟式テニスの話。


 とてもじゃないが帰宅部の俺には硬式ボールを使うことは出来ないし、痛い目に遭うのは目に見えているからだ。


 しかもスポーツ勝負初日で怪我なんてしたらシャレにならない。


 ということで、俺は真面目にジャージに着替えたのに亜南はダボッとしたTシャツで胸元を開け、かなり油断を見せまくっている。


「じゃ、打つよー」

「……いつでも」

「ほいっと!」

「余裕だな、これは」


 ポーン、ポーン。と弾む軟式ボールに軽めのラケット。これならあまり疲れることも無いし、痛みを伴うものでは無い。


 一応姫野を審判として間に立たせているが、ポンポンと軽いボールの攻防で若干眠そうにしている。


 そうしてしばらくは、何の面白味も無い気楽な勝負が続いていたのだが。


「お遊びもここまでにしとこうかな」

「……ん?」

「ふふふ、陽斗ごときの腕でウチのボールがはね返せるかな?」


 何となくカチンときた。

 

 そして俺は飛んで来たボールを思いきり打ち返し、かなりヒートアップした状態と化した。


「なめんなよ!!」

「あっ――」

「むっ? ボールが消えた? こら、亜南! ボールをどこに隠した? 俺が打ち返したボールが何でお前の近くで消えるんだよ!!」

「し、知らないし」


 この時の俺はかなり興奮状態で、ほぼ周りが見えていなかった。

 

 そして亜南が珍しく控えめな態度になっていたことに気づくはずも無く、お構いなくとある場所へと手を突っ込んでいた。


「陽斗、ちょっ――そこ違う」

「むむ、何か丸くて柔らかいのが二つもあるぞ! しかもすげー弾む。そうか、これか! ここに隠したのか」

「ち、違う、それボールじゃなくて」


 軟式ボールは柔らかいゴムで出来ている。白くてかなり弾力があるし、手で持った時に触り甲斐がかなりあった。


 今俺の視界に映っているのは、まさに白くて丸みを帯びたテニスボール――のつもりで指を動かしまくっていた。


 しかしなかなかボールを手に収めることが出来ず、何度も自分の手を動かしまくったところで、俺の手首は姫野によって動きを止められることになる。


「――陽斗。そこまで。もういいと思うけど、そんなに揉みしだきたかった?」

「何がだよ?」

「何で興奮気味なのか知らないけど、自分の手をどこに突っ込んだのか確かめてみれば?」

「何? 俺の手? どこってボールの行方を……ひっ、ひいいいい!!」


 俺の手は亜南のTシャツの首元から思いきり突っ込んでいて、ボールだと確信していた弾力のある丸いそれをめがけてしっかりと掴んでいた。


 そして間近にある亜南の顔はどう見ても泣き顔。


「ま、まさか……いやいや、わざとじゃなくてボールを探してただけで、つまりそれはその……」

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