第31話 潰すから。
こいつの言葉に関係無く、思わず胸を見つめてしまった。そのせいで要らぬ誤解を招いているようだが、こいつにはまずそのことを自覚してもらわなければ。
「……
「うん」
「お前の胸、わしづかむほど無いのは自覚した方がいい――ぐげっ!?」
「アホッ!! もっかい冷たい床で冷やせ、バカッ!」
一瞬何が起きたのか分からなかったものの、鈍い痛みを感じながら床に倒れ込んでいく最中、亜南の拳が視界に入った。
拳を使われたということは、鈍い痛みの正体はどう考えてもアッパーカット。
格闘技全般を動画で見まくって習得したとはいえ、何でその技の数々を俺に繰り出してくるのか。
それでも今までは基本的に好んでヘッドロックのような絞め技ばかりを使っていただけで、直接俺にダメージを与えるような技は出してこなかった。
つまりそれだけ怒らせてしまったことになる。
「バカ野郎!! 言うな、バカ! もう一度それを言ったら、陽斗の――潰すから」
「ご、ごごごごめん!! ……というか、何を潰すって?」
非常に残酷な現実を言い放ってしまったことは、素直に謝らなければならない。しかし、よく聞こえなかった亜南の言葉があまりに物騒すぎる。
「とりあえず手を出して」
「え? あ、うん……」
「ほい、もう一回チャンスあげるからきちんと立ち上がる。ほら、早く!」
「わ、悪い」
思ったほど怒りで我を忘れている状態じゃなさそうで、倒れた俺に手を差し伸べてくれた。
胸のことは置いといて、亜南に俺の気持ちを伝えよう。
「こ、こほん……え、えーと、亜南に言いたいことがあるんだけど、聞いてもらっても?」
「…………」
「聞いて頂けないでしょうか?」
「よろしい。よぉく耳を傾けて聞いてあげる! 陽斗、次は無いから間違えないようにね?」
目がマジだし、真面目に耳を傾けて顔が近いな。
次も何もあれは俺なりの照れ隠しなのに。
ここで声を張り上げて驚かせるのもアリだが、そんなことしたら次は暗転したまま目を覚まさないかもしれない。
「亜南は、あのー……付き合っている人っていうか、彼氏とかいないのか?」
「――は?」
「い、いやだから、姫野とかとよくつるんでるし、そういう感じになっても変じゃないっていうかー……どうなのかなと」
俺の勘違いじゃ無ければ、亜南と姫野はいい感じに思えた。それなのに、こいつは俺にやたらとちょっかいを出してくる。
不思議に思っていたことははっきりさせておかないと、うかつに気持ちなんて伝えようがない。
俺の言葉に亜南は首を左右に振りながら、何度もため息をついた。下唇を噛みながら、仕方が無い感じでどこかに合図を送る。
「オレが空上と? あんたのその考えは逃げだろ? なぁ、陽斗」
「佐紀ちゃんもそう思う?」
「そうとしか思えないけど」
どこからともなく姫野。というよりここは姫野のバイト先であり、テリトリーみたいなものだからどこから現れても不思議じゃない。
男の娘姿の時と違い、俺より遥かに男っぽいし強そう。
「逃げ……って言われても困る……。そういう姫野は亜南のこと、どう思ってるんだよ?」
「好きだけど? 友達として。それが何か?」
ううむ、俺がはっきり言わなかったせいで変に複雑になっていきそうな。
そう思っていると、
「佐紀ちゃん」
「うん?」
「ここに来たってことは施錠でしょ? ウチは帰るから、明日教室にでも来て?」
「ん、そうする」
――などと、俺の存在を消して話が進んでいる。
施錠と聞こえたが、やはり長いことここにいたってことらしい。
亜南の言葉に姫野は部屋の片づけを始め、亜南は俺に近づき――
「――いだだだっ! あ、亜南……俺をどこに引っ張っていくんだよ?」
「家だけど?」
「み、耳をそんな引っ張ったら伸びるだろ!」
「聞く気が無い耳だし伸ばそうと思って。悪い?」
「いや……あの、せめて腕か手でお願いします」
心をわしづかむどころか、怒らせて拗ねらせてしまったようだ。
「何で答えをはぐらかすのか知らないけどさ、分かってるのに言わないとか言おうとしないのは、マジでムカつくのは分かるよね?」
素直に言うべきだったかもしれない。
だけどそれが正しいのか、正しくてもどこへ向かってしまうのか。
そう思ったら直前でひよってしまった。
わしづかめない胸はともかく、何かを亜南に求めてしまったのかもしれない。
「おっしゃるとおり。でもあのー……」
「何? というか、敬語とかウザ!」
「だから、俺が素直に言えるとしたら、何か勝負で勝たないと何となくー……」
「勝負? 勝ってウチが陽斗に何かあげるってやつ?」
「頭がのぼせてた状態でフェアじゃなかったなぁと……。だから、出来れば格闘じゃない勝負で亜南を見返したいし、見直してもらいたいな、と」
俺の提案に亜南はしばらく考え込んでいたが、頷きながら何か納得したようだ。
「いいよ? 要はさー、陽斗は負けた状態のままで伝えるのが嫌だからすっきりしたいんだよね?」
「そ、そのとおり」
「まーね。陽斗ごときがヘッドロックとかアッパーをしたところでって話だし、そうなるよね。へなちょこ君にはウチがサポートしてあげないと駄目なわけだ!」
何かいちいち気に障る言い方だな。
「とにかく、亜南の得意なのは駄目だからな? たとえば部活……」
部活の種目なら体育でやってるし勝算はある。
「あーはいはい。じゃあそれでよくない? 公平に」
「学校で出来る種目だからな?」
「おっけ。明日学校でやろうよ? 手っ取り早いし」
運動神経は置いといても、格闘要素が無ければ勝てるうえに女子の評判を取り戻すチャンスだ。
「ギャラリーはもちろん女子な」
「……別にいいけどさ、この期に及んで他の女子に声をかけたりかけられたり、間違って何かしようとするなら――潰すよ? 本当に……」
そう言うと亜南は俺の股間に目をやった。
まさかだよな。
「ははは、恐ろしいこと言うなよ……笑えないぞ」
スポーツ勝負は俺なりのけじめだ。
出来れば優勢に立って、そのうえで亜南に告るのが理想的だろう。
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