第29話 転がしてみる? 

「酷い目に遭わせるつもりなんて無かったんだよ、本当だよ? だから陽斗……目を覚まして?」


 またしても真っ暗闇の中、亜南の声が聞こえてくる。しかし今回はいつもの感じではなく、かなり優しい声のトーンだ。


 油断は出来ないが、俺を湯の中で放置した時よりも落ち込んだような態度に聞こえる。今度は大丈夫なんだろうか。


 そして下半身が露わになっていた感じはすでになく、おそらくバスタオルを強引に巻かれた状態になっている。


「……」


 手足は自由が利くようなので、まずは手を動かして何かを仕掛けてみる。


「あっ……」

「え?」


 手の平で感じた弾みのあるこの感触は、多分亜南の顔で頬の部分に違いない。

 すべすべしていて少しだけ汗っぽいが。


「もしかして、ぶつ? まあ、ぶたれても仕方の無いことしちゃったわけだし、ぶたれてもいいかな……」

「何が!?」

「だから、ウチの頬をその手で思いきりぶつんだよね?」

「するわけないだろ!!」


 体こそ起き上がれないが、目は何とか開けることが出来た。

 

 のぼせた状態からはそう簡単に回復出来ていないようで、どこかの部屋で寝かされた状態になっている。


 俺の頭は亜南の膝の上にあるものの、亜南の膝の感触はいまいち分からない。


「なーんだ……ぶってもいいのに」


 こいつ、もしやそっちの気が?

 そんなわけないけど。


「ぶたないけど、何をしてもいいのかよ?」

「酷いことしたし、いいよ? 許容範囲内なら」

「じゃあ……」


 ――とは言うものの、亜南に何をさせるべきなのか。

 

 今のところ反省してるように見えているが、またいつ反撃してくるか分からないしそれを考えたらキリがない。


 しかもまだ頭がぼぅっとしていて、動くに動けないのは明らか。

 それならば、今の状態のうちに何でも言うことを聞いてもらおう。


「うん、いいよ?」

「いや、まだ何も言って無いんだけど……」

「まずは陽斗の口に入れてあげるね。目を閉じて?」

「えっ、おい!?」


 俺の言葉よりも先に、亜南は顔を近づけて迫ってくる。

 まさかまさかのキスをしてくるつもりなのでは?


 そう思っていたのに、口の中に入れられたのは四角くてかなり冷たいものだった。


「ひょれはなんだ? ひゃにを入れた?」

「……えいっ」

「むごがっ!? ほ、ほいいっ! ほ、ほまえ!!」


 何が起きたのかと思いきや、これは大事件だ。


「陽斗の舌の上に乗ってる氷を転がしてあげるね。喋らない方がいいよ? というか、ウチの指ごと舐めてもいいし! というか、舐め回さないと氷は解けなくない?」


 何をしてくるかと思えば、俺の口の中に氷を入れた挙句に舌の上に固定。そこに向けて亜南の指が入ってきた。


 これでは何も出来ないし、亜南の指も舐めてしまう。

 マジで不味い展開になってしまうじゃないか。


 どうする、どうしよう?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る